第4話 満足するまで

「……」


 蓮からキスをされて、陽佳は思わず固まってしまう。

 そんな陽佳のことなど気にもせず、蓮は押し付けるように口づけを交わす――陽佳は蓮を跳ね除けるようにして、


「な、ななな、何してんの!?」


 動揺した様子で言い放つ。そんな陽佳に対して、蓮はいたずらっぽく笑みを浮かべて言う。


「罰ゲーム、でしょ」

「ば、罰ゲームって言ったって……ふ、普通にキス、じゃん」

「だから、キスが罰ゲーム。キスするの嫌じゃない?」

「い、嫌というか、変というか……だって、女の子同士だよ?」

「だから罰ゲームなんじゃない。ほら、続きしよ?」

「ふぇ、まだやるの!?」


 陽佳は思わず、蓮に問い返す。

 今のキスで終わりだと思っていた――けれど、蓮は首を横に振る。


「だって、まだ途中だったじゃない。罰ゲーム」

「と、途中……」


 ごくりと、陽佳は息を飲む。

 確かに、今のキスは途中で陽佳が蓮のことを跳ね除けてしまった。

 まだ罰ゲームは終わっていない――そういうことなのだろう。

 下唇を噛むようにしながら、陽佳は顔の火照りを感じつつ、どうにか別の罰ゲームに持っていこうとする。


「す、好きなお菓子買ってあげるけど」

「また今度ね」

「買わせる気なの!?」

「ふふふっ、じゃあわたしが買ってあげるから。今は罰ゲームの続きしよ?」

「お、お菓子を買うのが罰ゲームだって――」

「負けたんだから、決めるのはわたしだよね?」


 ぐいっと肩を掴まれて、思わず陽佳は押し黙る。

 蓮の表情は笑顔のままだが、どうやら本気で陽佳とキスをすることを望んでいるようだ。

 それが陽佳への罰ゲームだからなのか、あるいは彼女がしたいことなのか――それは陽佳には分からない。

 けれど、少しずつ追い詰められていった陽佳は、ベッドに背中を預けるような形になってしまい、


「あ、う……」

「じゃあ、わたしが満足するまで、ね」


 言い返せないまま、再び口付けをかわした。

 蓮の唇が、そっと陽佳の唇に触れる。

 柔らかくて、瑞々しい感じがする唇の感触は、先ほどよりももっと鮮明だ。

 思わず、陽佳は目を閉じる。

 すぐ目の間には蓮の顔があって、どこか気恥ずかしいからだ。


「んっ、ふぅ……」


 漏れる吐息も、聞かれていると思うと恥ずかしくて、鼓動が早くなる。

 そんな陽佳の胸のところに、蓮の左手が添えられる。

 心臓の鼓動まで聞かれている――そんな気持ちになって、さらにドキドキと高鳴っていくのが分かった。


(どうして、こんなこと……)


 陽佳が感じたのは、そんな疑問。

 いつも通り遊んでいるだけのつもりだったのに、どうして今、蓮とキスをしているのだろう。

 罰ゲームであるという一言で片付けることもできるが、それにしたってやりすぎだ。

 けれど、負けたからにはそれを受け入れなければならない――そんな自分の性格が、今はただただ恨めしかった。

 必死に閉じている唇の隙間に、蓮の舌が入ってくる。

 まさか、舌まで入れる気なのか――抵抗しようとするが、濡れた舌は滑るようにして陽佳の口の中に入ってくる。

 彼女の舌を噛んでしまうのではないか――そう思ってしまい、そのまま蓮の舌を受け入れる形になる。

 舌と舌が当たる感触なんて初めてだった。

 確かめるように動く蓮の舌を、陽佳はどう受け入れたらいいのか分からずに戸惑ってしまう。

 目を開けると、蓮と目が合った。

 優し気に微笑む彼女とは裏腹に、蓮の舌は絡むようにして、陽佳の舌にくっついてくる。


「んっ、んんっ、ふっ、んぐ」

「んっ……んふぅ」


 陽佳の声は自然と漏れてしまっているものだった。

 責めている蓮の方が、落ち着いた雰囲気を感じさせる。

 いつの間にか右手と右手の指が絡み合うようになっていた。

 押し倒されたまま口内を犯されて、このままどうなってしまうのだろう――そう思った時、


「ぷはっ、罰ゲーム終わり!」

「……お、終わり?」


 不意に蓮がそんなことを言って、キスは強制的に終了を迎えた。

 陽佳は呆然とベッドの上で横になり、蓮はそんな陽佳を見下ろしてにこりと微笑むと、


「もっとしてほしかった?」


 指を唇に当てて言う。


「……んなわけ、ないでしょ。このバカ!」

「いたっ、ちょ、怒らないでよ」

「怒るでしょ! あ、あんな、だ、だだ大胆な、キ、キス……」


 思い返してみても、とても友達同士でやるものではなかった。

 何より、陽佳にとっては――


「初めて、だったのに」


 そう、初体験だったのだ。

 別に、女の子同士ならカウントしないと言えば、そうなのかもしれない。

 そうだ、そうすればいい――自分で言って完結しようとしたところで、蓮が少し俯き加減に言う。


「わたしも、初めてだよ? 初めては、陽佳と一緒がよかった」

「え、ええ……? それって――」

「……って、言ったら許してくれる?」

「は……許すわけないでしょ!」

「うわわ、やっぱり怒るじゃない」

「当たり前でしょうが!」


 一瞬でも、『そんな気』にさせたのだから、陽佳だって怒りもする。

 まさか、友達の子とキスをしただけで、その子のことを意識してしまうなんて。

 そんなことはあり得ない――そう言い聞かせて、陽佳はただ怒ったふりを続ける。

 ケーキを今度奢ってもらう約束をして、その日は蓮を許すことにした。

 それが二人の関係に――大きな変化をもたらし始めていることに気付くのは、ほんの少し後のことだ。

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