第3話 罰ゲーム

「オレンジジュースでいい?」

「そこは烏龍茶とかから聞かない?」

「細かいなー、甘い物からっていうサービス精神でしょ。女の子はみんな甘い物が好きなんだし!」

「そういう妄想はいいから。緑茶で」

「よりにもよってないお茶は選ばないでくれる?」

「じゃあ烏龍茶」

「はいよー」


 蓮が一度部屋を出て、下の階に降りていく。

 蓮の部屋にはまだ数えるほどしか来たことがない。

 一緒に遊ぶようになってから、大体陽佳の家の方ばかりに来ているからだ。

 もっとも、まだ付き合いも二月ほどしかないが。


(私も、何で蓮と仲良くなったんだろ)


 不意にそんなことを考える。

 彼女の意外性にあったのだろうか。

 どこか『女神』という言葉と彼女の見た目に釣られて清楚なイメージが先行していたが、特にそういうわけでもない。

 蓮は本当に、陽佳から見て普通の女の子だった。

 そして、一緒にいても嫌悪感がない。

 たまに、むかつくことはあるけれど。


(蓮の家って、なんのゲームがあったっけ)


 不意にそう考えて、陽佳は適当にゲームの入っている棚を開こうとする。

 そこへ、蓮が戻ってきた。


「あー、勝手に中見るの禁止でしょ。デリカシーないなー」

「いつも蓮は勝手に見てるでしょ。何で私はダメなの」

「エッチな本を隠してるから」

「……」

「何か突っ込んでよ! ちょっと恥ずかしいじゃん」

「今なんかエロいこと言った?」

「言ってないし。陽佳サイテー」

「先に言ったのは蓮でしょ」

「あはは、まあそうだけど……」


 苦笑いを浮かべながら、蓮が烏龍茶の入ったペットボトルとコップを置く。

 他に小さなテーブルの上に並べられたのは、棒状のお菓子だった。


「何これ」

「見て分かるでしょ。ポッキーゲームしようよ」

「普通に食べる用じゃないんだ……」


 ポッキーゲームをするためにわざわざ用意してきたという事実に驚く。

 蓮はゲーム好きだが、その幅は広かった。

 陽佳よりも格ゲーは上手いが、経験だけで言えば陽佳の方が圧倒的に長い。

 天性の才能の差なのかもしれない――それはともかくとして、彼女はアナログなゲームも好きな子だった。


「ビビッて逃げた方が負け……そういうゲーム好きだよね?」

「それ好きなのは蓮の方でしょ」

「ふふん、負けず嫌いは陽佳も一緒じゃない。ゲームで負けたら連コしちゃうんだから」

「むっ、またその話……」


 こうして機会があるごとに以前の話を持ち出してくるところが、少し蓮のむかつくところだった。

 陽佳は自らお菓子を手に取ると、口に咥えて指でくいくいっと合図をする。


「お、やる気じゃん」

「いいふぁら」

「ルールは逃げた方が負けね」

「ん」

「じゃあ罰ゲームも決めとく?」

「んぐっ」

「ちょっと、普通に食べないでよ!」

「何本もあるんだからいいでしょ。ルール決めてから咥えればよかった」


 嘆息しながら、陽佳は言う。

 ルールは基本的な、先に逃げた方が負けというものだった。

 罰ゲームは、負けた方が勝った方の言うことを聞く――そんな当たり前のものだ。


(言うことね。どうしようかな……)


 ゲームを始める前から、陽佳は罰ゲームの内容を考えていた。

 口元にお菓子を咥えて、二人で顔を合わせる。

 いつも余裕の笑みを浮かべている蓮は、相変わらず向かい合っても余裕な表情だった。


(この余裕な顔を崩したい……罰ゲームでくすぐってやろうかな)


 そんなことを考えていると、特に合図もなくポッキーゲームはスタートした。

 ポリポリと、お互いに少しずつお菓子を砕きながら食べていく。

 こうして初めて見ると視線を送る場所に悩んだ。

 お菓子を見ていると、その先にある蓮の唇が見えてしまう。

 意識しているつもりはないが、このまま真っすぐ進めばキスしてしまうことになる――


(女の子同士でキスって、なんか変なの)


 また一口、お菓子を食べていく。

 ちらりと視線を上にあげると、真っすぐこちらを見ている蓮と目が合った。

 思わず、口元が力んでしまう――何とか、ギリギリで耐えたが。


(あぶな。くっ、相変わらずゲームになると強いんだから)


 蓮の揺さぶりだ。

 だが、その条件はこちらも同じだ。

 真っすぐ蓮の目を見て、陽佳はお菓子を食べ進めていく。

 一口、また一口を進めていくと、どんどん蓮の顔が近づいていった。


(……というか、これ。どっちが折ったとか分からなくな――)


 ポリッと一口、蓮が食べた時のことだ。

 お互いに譲らなかったゆえに、口元と口元が触れ合った。


「んっ……!?」


 陽佳の方が先に慌てて、お菓子を折ってしまう。

 完全にその自覚があった。

 蓮もまた、勝利を確信した笑みを浮かべてにやりと口角を上げる。


「あはは、わたしの勝ちー」

「だ、だって口元当たってたし……!」

「わたしはそれでも慌てなかったからね。完全勝利っ!」


 二本の指を立ててVサインをする蓮。少しいらっとするが、確かに反論がないくらい彼女の勝利だった。


「じゃあ、罰ゲームしよっか」

「ぐっ、そんなのものあったか……」

「ふふっ、じゃあねぇ……本当にキス、しよっか」

「……ん?」


 不意に、蓮がした提案はそんなものだった。

 陽佳は驚きながらも蓮の顔を見る。

 蓮の表情は、真剣だった。


「……えっと?」

「だって、わたしとキスするのが嫌だから折ったんでしょ? それならキスも罰ゲームになるかなーって」

「な、何それ……。そんな罰ゲームおかしいでしょ」

「でも、負けた方は勝った方の命令を聞かないとだよ。ほら」

「ほらって、私がするの!?」

「嫌がってる方がするのが罰ゲームっぽい」


 ぐぬぬ、と陽佳が顔をしかめる。

 どこまでも陽佳が嫌がると分かっていて、そんな要求を蓮はしているのだ。

 駄々をこねても無駄だということは分かっている。

 それでも待ち構える蓮のことを見ながら、陽佳は無意味な抗議をする。


「蓮ってさ、私のこと好き、なの?」

「好きだよー」

「いや、友達としてというか、ね?」

「なんで? キスを要求してるから?」

「そういうところ」

「これは罰ゲームでしょ。やるの? やらないの?」

「や、やる。やるけどさ……」


 改めてやろうとすると、顔が火照る。

 陽佳は蓮の前に膝立ちになって、視線を泳がせながらも顔を近づける。

 すっかりキスをしてもらう態勢に入った蓮を見て、陽佳はまた顔をしかめる。


(二人っきりでこういうこと、絶対おかしいって……)


 そう思いながらも、一緒にゲームをしてしまっている自分がいることに――陽佳も気付いていた。それでも、迷いに迷って結局陽佳は、


「……ごめん、やっぱり、私からは無理ぃ……」


 へたり込んで、陽佳はそうギブアップ宣言をする。蓮がそんな陽佳を見て笑顔を浮かべる。


「あはは、仕方ないなー、陽佳は」

「だって、要求が過激でしょ」

「それが罰ゲームでしょ。でも特別に……わたしからしてあげる」

「え――んっ……!?」


 不意を突くような、そんな口付けだった。

 ジュースを飲んだわけでもないのに、蓮のキスは少し甘い味がした。

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