第7話 窮地の元勇者

「うぁ……くっ! 止めろ……!」

「おぉ、さすがは勇者だな。一発では魅了が効かぬか……」


 痺れ薬を飲まされ、さらには魅了の魔法を使われてしまったマルク。


 その犯人であるシャーロットにお姫様のように抱えられ、部屋に備え付けられていたベッドの上に寝かされていた。さらにマルクの上には、騎士服の上着を脱いだ彼女が跨っている状態だ。



「んっ? 少しばかり汗臭いな。キチンと風呂には入っているのか?」

「んなあっ!?」


 首元をクンクンと嗅がれ、マルクの口から変な声が出てしまった。


 しかも相手が魔族とはいえ、体臭のことを指摘されたことでマルクの顔は乙女のように真っ赤になっていた。



「だが、これが男の匂いというものなのか……ふふ、悪くない。なんだかこう、脳が痺れる感覚になるな」

「身体の匂いを嗅ぐなっ! 変態なのかお前は!!」


 シャーロットはマルクの匂いを嫌がるそぶりがない。むしろ興味深そうに他の部位の匂いまで嗅ぎだした。



「は、離せ……!」

「それはできない相談だな。……ほら、分かるか?」


 シャーロットはマルクの手を取ると、騎士服の上から自分の胸に当てた。



「お、おまっ!? 何をしているんだ!」

「ドキドキしているだろう? いや、戦場では勇猛果敢なこの私が、知り合ったばかりの男に興奮しているのだ……ここだけの話、実は私は処女でな」

「いや今はそんな個人情報なんか聞いてないし!?……や、やめろぉ!?」


 手の平の中に、ふにふにと柔らかい感触が広がっている。


 痺れ薬のせいで自分の意思では動かせないため、マルクは人形のように弄ばれていた。



「アイナ様ほどではないが、私も大きいんだ。それとも服の上からでは物足りぬか?」

「なにを……馬鹿な……」

「なぁに、遠慮はするな。ほれほれ、シャロママのおっぱいですよ~」

「誰がママだ!! それに俺にはアイナという妻が……!!」



 そもそもマルクはアイナと結婚したとはいえ、まだ童貞である。新妻を差し置いて他の女で筆おろしをするなんて、できるわけがない。


 初心なマルクでさえ、浮気は駄目なことだと分かっていた。



「ほう、遂に夫の自覚が芽生えたか。――だが、今ここでマルク殿を逃すわけにはいかん。私たちはサキュバス。この城では人族の常識は通用しないのでな」

「なっ……!?」

「サキュバスは一人の雄を分け合って貪る種族なのだ。アイナ様もその点は最初から承知のはずだぞ? だから私が貴殿と寝ても、人族のような浮気にはならない」


 あまりにも人族とかけ離れた価値観に、マルクは魚のように口をパクパクと開けて驚いている。



「クソっ!! まさか、魔族がこんな変態種族だったなんて……」

「はははっ! 今さら魔族の恐ろしさを味わったのか? 安心しろ、初めては優しく喰ってやる」


 今までどんな的にも恐れを抱かなかったマルクが、ベッドの上でヒッと悲鳴を上げた。


 もう逃げられない。このまま貞操を奪われてしまうのか……と絶望に襲われる。


 と、そこでマルクはある事に気付いた。


「おい、シャーロット。たしかこの城って……」

「あぁ。この魔王城には二百人近くのサキュバスがいるな。みんなパートナーがおらず、男に飢えている。……つまり、ほぼ二百名全員がお前を狙っていると思った方が良いだろう」

「な、なんだって……!?」

「中には、戦争のことで貴殿に恨みを抱いている奴もいるだろうが……それよりも我らは子孫を残す方が大事なのだ。貴殿のような強い男は間違いなく、奪い合いになるぞ?」


 二百人の飢えた獣が集う檻の中に、か弱い餌が投入されていた。そしてその餌とは当然、マルクのことである。


 マルクは今初めて、自分の置かれた状況を正しく理解した。いや、理解の処理能力はとっくに超えており、白目を剥いて気絶寸前だった。



 マルクがこんな調子では、味見をするどころではない。

 シャーロットは「仕方ない、最終手段だ」と言って、ベッドの脇に置いてあった小瓶を取った。


 その瓶はガラス製で、中では黄金色の液体がキラキラと輝いている。彼女は瓶の上部にあるボタンを押し、香水のようにシュッシュッと中の液体を空間に振り撒き始めた。



「うぶっ!? こ、今度は何だ……?」

「ふふ。これは私の部下に作らせた、特製の“媚薬”だ。強制的に対象を発情させる効果がある」

「はつじょっ……!?」

「しかもこれはアイナ様の体液を使用して作った、超強力な媚薬なのだ! たとえどんなに萎れ果てたジジイでも、残りの命を削ってぶっ立たせるほどのな!!」

「超危険物じゃねぇかソレ!? ……ああっ!?」


 そんな会話を交わしている間にも、マルクの脳内では性欲が爆発しそうになっていた。


(こ、こうなったら……っ!)


 これまでの人生で鍛え上げられてきた理性をフル動員して、必死に抵抗する。


 自分を勇者に仕立て上げた、教会のクソムカつくジジイ共の顔。

 生意気で可愛げのない後輩勇者の顔。

 そしてずっと殺したいと思っていた、仇敵のアイナの顔。


 だがどれを思い浮かべても、この魅了には抗えない。むしろアイナの顔が浮かんだ瞬間、性欲が爆発的に高まった。


 シャーロットはマルクに抱きつき、耳元で「好きだ。抱かせてくれ」と囁く。


 その言葉がスイッチとなり、マルクの理性が本能に塗りつぶされた。




――――――――――――――

次回は明日の19時過ぎに投稿予定です。

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