第6話 勇者と魔族の優雅なお茶会
魔王城はマルクが想像していたよりも広かった。
「なんだ、その意外そうな顔は」
「いや、魔族の城はもっとおどろおどろしい場所なのかと思ってな……」
手に持っていたティーカップをテーブルにカチャリと置くと、マルクはシャーロットに案内された部屋をグルリと見渡した。
12畳ほどの部屋には、木製のシックな家具や風景画の掛かれた油絵などがあり、非常に落ち着いた空間となっている。
マルクは一度だけ人族の王城へ行ったことがあるが、そちらに見劣りしない装飾の数々だ。むしろギラギラとした宝石類の派手さが無い分、魔王城の方が気が休まるかもしれない。
しかし彼が驚いたのは、この部屋だけではない。城全体がとても過ごしやすいのだ。てっきり魔族とは戦うことばかりで、芸術的な観点に欠けていると思っていたが……。
(たしかこの城の主であるアイナは、ここにはサキュバスしかいないと言っていたよな? 種族自体がお洒落好きなのか?」)
ちなみに今飲んでいるお茶も、目の前にいるシャーロットが自身の手で淹れてくれたものだ。マルクはまるで貴族の客人にでもなったような、優雅な気分を味わっていた。
「ふむ……まぁ意外に思うのも仕方あるまい。人族の国では、魔族は悪しき存在とされているからな。だが、我らだって人族のように生活がある。落ち着いた空間で暮らしたいと思うのは当たり前だ」
「な、なるほどな」
「それにしても……お前、本当に何も知らないのだな」
半目になったシャーロットが呆れたように言うと、マルクは不機嫌そうにする。
「仕方ないだろう。俺は勇者として造られてすぐに、戦争へ駆り出され続けてきたんだ。俺にとっての世界は、戦場だけだ」
勇者として生まれ、勇者として育てられ、勇者になるために訓練を積み、勇者になるために戦った。
それしか知らずに育った。平和を知らない。
平和とはなんなのか知らない。
平和を願ったことすらない。
勇者にとって、生きるというのは殺し合うこと。だから戦争が終わった後のことなんて、マルクは一度も考えたことがなかった。
「だが、勇者はもう廃業さ。人族は負けた……あの魔王には絶対に勝てない。どうやったって無理だ。アイナは強い。お前らも強いが、あれはあまりにも別格すぎる」
「そうか……たしかにな。それが賢明だろう」
シャーロットはどこか哀れみを込めた視線を送っている。彼に同情でもしているのだろうか。
「ところで、どうして俺たちはお茶を?」
おそらく案内は終わったのだろう。それならマルクは、さっさと自分の部屋に帰りたかった。
「まぁいいじゃないか。せっかくこうして私達は和解したのだ。お茶ぐらい付き合ってくれ」
「っていってもなぁ……あぁ、もしかしてアイナがここへ来る予定なのか?」
今日は公務で忙しいと言っていたアイナ。もう夕方に近い時間であるし、仕事が終わった後にマルクを迎えに来るのかもしれない。
「いや、悪いがそれはない。というより、貴殿をアイナ様と会わせるわけにはいかんのだ」
「は?」
予想外の返答に、マルクの口から素っ頓狂な声が出た。
一方のシャーロットはカップに注がれたハーブティーの刺激的な匂いを嗅ぎながら、冷静に答えた。
「アイナ様はここへは来れないんだよ。私の部下に、なるべく仕事を長引かせるよう指示しておいたからな」
「はぁ? どうしてそんなことを!?」
「……悪いが、貴殿にはこの部屋で私と居てもらおう」
「まさかお前、俺をまだ疑って……な、んだ……身体が痺れて……」
喋っているうちに、マルクの舌が回らなくなった。いや、舌だけではない。手や足も力が入らない。
「俺に……何をしやがった……!」
「すまないな。お茶に痺れ薬を入れておいた。安心してくれ、死にはしない」
そういえば彼女は、お茶に一切口を付けていなかった。
「ああ、誤解しないでくれ。私は先ほどのやり取りで、マルク殿を信用することにした」
「なら、どうして……」
「……だが、貴殿がアイナ様の伴侶として相応しいかどうかは別問題だ」
「意味が、分からねぇぞ……」
「我らはサキュバス。ありとあらゆる欲を糧とする。つまり優秀な欲を持つ者こそが、王の伴侶に相応しい――」
シャーロットは、椅子の上で動けなくなってしまったマルクの背後に移動する。
そして妖艶な笑みを浮かべると、唾液で濡れた真っ赤な舌で彼の耳をジュルリと舐めた。
「騎士団長である私が敬愛するアイナ様に代わり、貴殿の欲が如何ほどか味見させてもらおう」
「な、なにを……」
「ふふふ、天井を見ていればすぐに終わるさ――
――――――――――――――
次回は明日の19時過ぎに投稿予定です。
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