第5話 ヤンデレ騎士団長
昨夜、マルクは魔王アイナと
『マルクが今すぐに妾を愛せない、というのも理解している。だが表向きだけでも、この婚姻に協力してほしいのじゃ。そうすれば、お主の胸の爆弾はどうにかしてやる』
ベッドの中で、アイナはマルクにそう説明していた。
彼女にも何か目的があって、勇者との婚姻という突拍子もない行動をしているようだ。
『分かった。ただし、俺は演技が下手だからな。フォローはしろよな』
マルクは馬鹿だが、約束は守る男だ。
その為には、己のプライドも捨てることができる。単に相手を騙せるほどの知略が無いとも言えるが、少なくとも自身を助けてくれる相手を裏切るつもりはない。
(仕方ない――許容範囲内のことは従ってやろう)
そうして仮初の夫婦関係ながらも、僅かな信頼感が生まれつつあった。
「どうした? 私を殺すのではなかったのか?」
ニヤニヤとした顔のシャーロットに煽られながらも、マルクは握っていた拳をほどく。そして首元にある結婚首輪を撫でた。
「……んなわけ、ねーだろうが」
理性を失いかけていたマルクだったが、殴りかかる寸前にアイナとの契約を思い出していた。幸いにも朝に魔力を吸ってもらっていたお陰で、殺しの衝動はギリギリで抑えることができた。
「……ふっ。まずは合格というところか」
挑発に失敗したと判断したシャーロットは、小さく溜め息をひとつこぼした。
「勇者マルク。今のところ貴殿には、我が王を裏切る気は無いようだな」
真っ直ぐに、澄んだ瞳でマルクを見つめるシャーロット。その視線に
(なるほどな……)
マルクは彼女の言葉を聞いて、納得がいった。
シャーロットはあらゆる敵から王を護る騎士団長として、ただ職務をまっとうしようとしているだけなのだと。
最初からフレンドリーに接したところで、マルクの本性なぞ分かりはしない。
底の見えない水溜まりの深さを知るためには、いったいどうする?
答えは簡単、小石を投げてやればいい。
敢えて挑発することで、彼女は彼の人となりを確かめようとしたのだ。
「アイナの言った通りだったな」
「ん? それはどういうことだ?」
「なんも。言葉の通りだよ」
シャーロットは忠義に厚く、そして優しい。
本当にマルクを心底嫌っているのならば、適当に案内をして終わりだ。
こんな回りくどいことをしているということは、多少なりとも知ろうとしてくれている。それがたとえ魔王の指示に反し、自分が悪者になろうとも。
マルクは彼女を見直し始めていた。
少なくとも自分を造り、命令してきた人族のあの連中よりもよっぽど良い奴だ。
「……信じてもらえるかは分からないが」
だからマルクは正直に話すことにした。
胸に埋め込まれた“正義の心”の影響で、今まで魔族を殺すことしか考えられなかったこと。
アイナのおかげで、現在はその衝動もある程度は抑えられているということ。夫として、魔王軍としての自覚はまだ分からないということも。
己の穢れた部分を話すことは、彼にとっては非常に勇気の要る行為だった。
人間の国に居た時のように、恐怖に染まった瞳で見られるかもしれない。
彼の空っぽの心は、とても脆かった。
「だが俺は、この貰ったチャンスを活かしたい。俺はまだ、あまりにもこの世界のことを知らない。魔族のことも、誰かを愛するということも。少なくともその機会を与えてくれたアイナには、報いたいと思っている」
シャーロットがそうしたように、マルクも彼女を真っ直ぐに見つめ返した。
「…………」
「…………」
そうしてしばらくの間、無言の時が流れた。
「……仕方がない。愛するアイナ様がマルク殿を認めたというのなら、私はその決定に従うのみだ」
「ありがとう、シャーロット」
「だが、私はマルク殿をまだ完全に信用したわけではない。もし貴殿がアイナ様を裏切った時は――」
シャーロットは腰元の剣を抜くと、マルクの首元にあてた。
「私が直々に、その首輪から解放してやろう。この世界からもな」
ギラギラと光る剣は、いつでもその命を奪えると主張している。だがマルクは「望むところだ」と笑い返した。
「……しかし、今ここで適当な理由をつけて首を掻き切ってやれば、私がアイナ様の首輪を手に入れられるってことだよな」
「……はっ?」
「やはりアイナ様の伴侶に最も相応しい私が、あの愛の証を身に付けるべきなのでは……」
なんだか不穏なことを言い始めたシャーロットに、マルクは思わず数歩後退った。
「お、おい!?」
「ふふふ、冗談だ」
(冗談に聞こえなかったぞ……)
ハハハ、と笑うシャーロットの横で、やっぱりコイツとは仲良くなれそうもないなと思うマルクなのであった。
――――――――――――――
次回は明日の19時過ぎに投稿予定です。
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