第4話 楽しい魔王城見学ツアー


 マルクが地下牢より解放された、次の日の朝。魔王城にある王の間にて、御前会議が開かれていた。


 魔王アイナは定位置である玉座に。

 そして今日からその隣には、新たに椅子が用意されている。王配――魔王の夫となったマルクは、そこで居心地悪そうに座っていた。



「見ての通り、勇者マルクはわらわの伴侶となった。以後、彼を妾と同等に扱うようにせよ」


 玉座の間に集められた大臣や騎士たちは、魔王の言葉に一斉に頭を下げた。彼女らはみな、配下であるサキュバスである。誰もが美しい見た目をしており、露出度の高い鎧を身に付けている。マルクは彼女らを直視することができず、ずっと宙を見つめていた。



「魔王様のお考えには我々一同、賛同しております」

「魔王陛下と、王配殿下に忠誠を誓います」


 皆、口々に誓いを立てる。

 彼女達が内心でどう思っているにしろ、魔王の命令には忠実に従う。非常に統率のとれた組織であり、魔王も配下たちの様子に満足そうに頷いた。



「よし。では本日は騎士団長であるシャーロットに、我が夫マルクの案内を任せよう。頼んだぞ」

「はっ……かしこまりました」


 玉座の前に跪いている配下たちの中でも、最前列にいた赤髪の女性が了承の意を返した。



「なぁ、アイナ。本当に大丈夫なのか……?」


 いくつかの報告や指示が終わり、御前会議はお開きとなった。配下たちがぞろぞろと退室していく中、マルクは隣にいる人物に不安を漏らしていた。


 ちなみに魔王の名は昨晩、ベッドの上でそう聞いた。自己紹介するのがあまりにも遅い気もするが、マルクはもう気にしないことにした。(諦めたともいう)



「心配はいらぬぞ。シャロは妾がもっとも信を置いている人物じゃ。誰よりも誇り高く、忠義に厚い」


 新妻となったアイナは「あの子は出来の良い妹分でな」と自慢げに笑った。

 あいにくと今日は公務が多忙で、マルクの相手をすることができないらしい。そんな自分の代わりを務めるのは、信頼できるシャーロットが一番適任だという。


 マルクは「だから心配なのだが……」と思ったのだが、口には出せなかった。

 なにしろ自分は、シャーロットが忠誠を誓っている相手を殺すためにやってきた人間だ。現在は魔王を害するつもりはないが、彼女の配下たちがそれを分かってくれるとは思えない。


「何事も起きないと良いのだが……」


 しかしマリクのその不安は、のちに的中することになる。



「私の後について来い。こちらから指示されたこと以外はするな、なにも喋るな。……分かったか?」


 マリクの前に現れたシャーロットはそれだけ伝えると、謁見の間を出ていってしまった。



「アイナは自分と同じ扱いをしろって言っていたけど、あれは完全に下に見てるよな……」


 真面目そうだが……かなりの堅物だ。しかも騎士団長なだけあって、相当に腕がたつ。まがいなりにも勇者であるマルクには、彼女の立ち振る舞いだけで分かってしまった。


 なんだか下手なことをすれば、腰にあった剣で真っ二つにされそうだ。自分の前を歩く高身長の女性を見つめながら、彼は内心で溜め息を吐いた。


 こうしている間にも、彼女との距離はどんどんと離れていく。



「おい、なにをしている。まさか私を撒いて、城から逃げ出すつもりか!?」

「逃げ出さねぇよ! だいたい魔法封じの首輪をつけたまま、この城から逃げられるわけがないだろ!」


 今度は見下ろされるようにギロリと睨まれた。勇者であるマルクでさえ、一歩後退んでしまいそうになったほどの威圧感だ。



「そもそも、首輪が結婚指輪の代わりって何なんだよ! これじゃまるでペットじゃねぇか」


 首に嵌められた金属製のプレートを指差しながらマルクは叫ぶ。ただの部下である彼女に文句を言うのは見当違いかもしれないが、言わずにはいられなかったのだ。


「――羨ましい」

「え?」


 一瞬だけ、熱の篭もった視線を首元に向けられた気がした。


 だがすぐにシャーロットは元の苦々しげな表情に戻った。



「ふん。アイナ様のお気持ちも分からぬようでは、やはり伴侶として相応しくないようだな」

「相応しくないって、当たり前だろ! 俺は――――いや、その……」

「所詮は野蛮な人族の勇者というわけだ。いや、貴殿はただの操り人形だったか? 自分では何の意思も持てない、カラッポの勇者よ」

「き、さま……言わせておけば!!」


 シャーロットの挑発を聞いたマルクは、胸の中で“正義の心”が熱く燃え上がるのを感じた。


 腰元に手が伸びるが、剣が無い。

 ならば四肢を引き千切って犯してやろうか。それとも泣き叫ぶコイツを他の魔族に見せながら、首をへし折ってやろうか――


 マルクは口元に笑みを浮かべ、拳に力を込めた。



――――――――――――――

次回は明日の19時過ぎに投稿予定です。

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