第2話 サキュバスの女王

 少年の名はマルクといった。

 人族の英雄、勇者マルクである。


 年齢は15歳。

 整った顔立ちをしているが、まだあどけなさが残っている。細身だが引き締まった身体つきをしていた。


 そしておびただしい数の傷痕。彼が今まで平和な人生を送ってこなかったことが、容易に想像できる。


 決して本人がそう望んだわけではない。本来の彼は争いを好まない、優しい少年だった。



 そんな彼を、機関が魔族と戦わせるために改造し、人造勇者へと変えた。


 勇者製造ナンバーB-09。通称マルク。

 胸の中に埋め込まれた“正義の心”は、彼の戦闘本能を強制的に駆り立てる。


 ――戦いたくないのに、戦わずして生きてはいけない。


 マルクはそんな悲しい宿命を背負っていた。だが今、どういうわけか彼は、ラスボスである魔王に求婚プロポーズをされていた。



「お、夫ってどういうことだよ!!」


 鎖に繋がれたまま、しばらく思考がフリーズしていたマルク。

 ようやく我を取り戻し、慌てて反論することに成功した。ちなみにだが、今の彼の顔は魔王と同じく、真っ赤に染まっている。



「そんなに怒鳴るでない。安心せい、わらわのダーリンになったら、全力でお主を幸せにしてやるのじゃ」

「そういう問題じゃ……ってダーリン!?」


 思わずのけ反る勇者。四肢に付けられた鎖がガシャガシャと鳴った。

 今まで英雄や勇者などと様々な称号で呼ばれたことはあるが、『ダーリン』と言われたのは彼の人生で初めてだった。


 マルクが慌てふためく態度を取っていると、魔王はうつむいたまま、両手の人差し指をツンツンとし始めた。



「……やっぱり妾と結婚をするは嫌なのか?」

「考えるまでもないだろうが!! ノーだよ、ノー!! 俺はお前を殺しに来た勇者なんだぞ!?」


 マルクは自身の胸へ埋め込まれた“正義の心”によって、魔族に対して強制的に敵意を持つよう改造されている。よって、魔族の王である魔王に対しても、殺意や怒りといった負の感情しか抱いたことがなかった。



「だいたいお前の狙いは何だ!? どうしてお前は俺を夫にしたいんだよ!?」

「そ、それは……」


 マルクがジィと睨むと、彼女は視線を横に逸らしながら言葉を続けた。



「……一目惚れしちゃったのじゃ」

「いや一目惚れって……。それこそ意味が分からん! そもそもお前も魔族の王なら、男なんて他にいくらでもいるだろうが!」


 魔族における恋愛事情は知らないが、王なんだから相手なんて選び放題だろう。


 少なくとも人間族ではそうだった。自分に魔族を殺して来いと命令してきた王族や貴族連中は、女に不自由していなさそうだったし。



「というよりお前……百年以上も生きているのに、ずっと独り身だったのか?」

「……過去にはおったが、結ばれる前にソヤツはこの世を去っておる」

「う、くっ……。すまん……」


 予想外の返答に、マルクはバツの悪さを感じた。


 もしかしたら戦争で亡くしたのかもしれない。マルクはこれまで、何人もの魔族を殺してきた。魔王の想い人に手を掛けたのが自分である可能性だって、まったく無いとは言い切れない。



「別にマルクが謝ることではない。それよりも、さっきの返事を聞かせてくれるかの?」


「……こ、断る!」


「ぐっ、中々に頑固な男なのじゃ……!」


「当たり前だ! お前みたいな化け物の夫になるくらいなら、牢屋で死んだほうがマシだ!」


「化け物って……ず、随分と酷い言われようじゃのぅ……」


 それまでの余裕が剥がれ落ち、本気でショックを受けたような表情を浮かべる魔王。

 感情の表れなのか、羽根までしょんぼりと項垂うなだれてしまっている。



「たしかに魔族と人族が結婚するなんて、前代未聞じゃしのぅ……だが別にしてはならぬ、というわけでもあるまい? 実際に子を為せぬかは、試してみんと分からぬしな」


「そうか、なら試して……って違うわ! 俺とお前は敵同士だって言ってんの!!」


「しかし戦争はもう終わったであろう? 今の妾とお主は、勝者と敗者の関係……とにかく。このままじゃお主、妾が手を下すまでもなく死ぬぞ?」


「……どうしてそのことを」


「その胸に埋め込まれた“正義の心”。それは絶大な魔力を与える代わりに、破壊と殺人の衝動も植え付ける……それが限界を迎えそうなのであろう?」


 マルクは黙り込む。

 魔王の言う通り、忌々しい“正義の心”によって、理性も身体も崩壊寸前だった。


 殺したい。目の前にいる美しい少女を犯し、グチャグチャに壊したい。

 恐ろしいまでの暴力性が何度も顔を出し、今すぐ解放しろと叫んでいる。


 己の中で荒れ狂う暴力が『それこそが正義だ』と主張する。



「怖いであろうなぁ? 増え続ける魔力を人殺しに使わないと、自分が死んでしまうなんて。憎悪に呑まれた勇者なんて、ただのケダモノなのじゃ」

「う、うるせぇ……」

「ふふ。のう、今の妾をどう思う? すぐにでも襲い掛かりたいか??」

「ぐ……や、めろ……」


 魔王に胸元をツツーと指でなぞられ、マルクはくぐもった息を吐いてもだえた。

 心臓がバクバクと跳ね、必死に抑えていた感情が爆発しそうになる。


 強制的にそう仕向けられているマルクは、その感情に抗うことができない。



「お主が“正義の執行”を我慢できる限界タイムリミットは良くて数日じゃろう。そして拘束してから、今日で三日が経過しておる。早くその魔力を発散させなければ、衝動に支配されてお主の魂が崩壊するぞ?」


 魔王の言うとおりだった。

 もはや耐えられる気がしない。

 壊したい、犯したい、殺したい。


 残り少ない理性で、マルクは苦しそうに声を絞り出す。



「俺は……勇者として生きられないなら、もうどうなってもいい。勇者以外に俺の価値なんて、ないんだからな……」


 正直言って、もう疲れてしまったのだ。

 汚い衝動に支配されるくらいなら、このまま魔王城で朽ち果てるのもありかもしれない。


 そう、思っていたのに……



「そう悲観するな。妾ならお主を救える」


「は? そんなのどうやって……」


「なにせ妾は、ありとあらゆる欲望を糧とする強欲な淫魔サキュバスの王。ならばお主の果てぬ欲望、妾が




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る