第6話 見習い陰陽師のレッスン2:『人を助ける方法』
◇
……そして二時間後。
私は爻に連れられて、ローカル線の電車で見知らぬ町へ向かっていた。
窓の外を眺めれば海を一望。そして見える綺麗な水平線とマリンブルー。だがしかし、そんな景色を楽しむ余裕は私にはなかった。
爻さん曰く、霊力操作の感覚を掴むためには実戦で学ぶのが一番なのだそうだ。しかし私は思う。だからって──『切り裂き魔』なんて物騒なのを相手にさせられるのは順番を間違っていませんか? と。
でも。
(あ……爻さん、あんなに私に期待してる……だったらもう少しだけ、が、頑張ってみようかな……? でも死ぬのは流石に嫌だから、電車の中だけでも必死に練習しないと……)
爻さんの『あの眼差し』の前では、とても何も言い出せなかった。
という訳で私はフォークを握り締め、先端のギザギザに一点集中……集中……!
………………
…………
……
(……駄目だ。全然出来ませんっ……)
──そして霊力の自主練が全く効果ゼロで、私が絶望し始めてきた頃。
「これから行くのは
爻さんの説明だ。私は自主練の手を止めると、無言で耳を傾ける。
「……だが現在、その町は二体の悪霊の根城になっている。お前にはその内の一体……『切り裂き魔』を祓って貰う。ちなみに討祓対象の位階は七位~八位相当だ。どうだ、簡単な話だろう?」
そう言って爻さんは私の方をチラッと見てくる。
……ううっ、またあの『期待の眼差し』です。
「そ、その……数字で言われても、あまりピンと来ないっていうか……」
「そうだな……難易度的には、そのまま『通り魔を一人取り押さえる』程度だろうか」
「それならギリギリっ! ギリギリ行けると思いますっ……!」
私は思わず勢いでそう言ってしまいましたが。
よくよく考えたら。
……それって本当にギリギリでしょうか?
戦力『子供並み』から一足飛びで『通り魔』にまでランクアップ。
なんだかあまりに急過ぎるというか、余裕で新米のキャパを越えている気がするのですが……。
(ううっ……わ、分かりました。これぐらいできないと、あの『立烏帽子』を氏神様にはできないということですね……!)
つまりはそういうことだ。
それだけ大それた目標を掲げてしまったのだ、私は。
とにかく……早く霊力の感覚を掴まないと。
そして私は再びフォークを握り締めると一点集中、霊力の感覚を掴むための自主練を再開するのだった。
◇
猫神町に到着して爻さんと最初にしたことは、地元住民への聞き込み調査だった。
──『猫神町の連続切り裂き魔』。
発端となったのは、夜道に一人で歩いていた高校生が後ろから"刃物のようなもの"で斬りつけられるという事件だった。
被害者は奇跡的に一命を取り留めたが、その後も同様の事件が頻発。
警察により同一犯の犯行として捜査が進められるも、犯人は一向に捕まらず……それどころか、犯人の目撃情報すら一切掴めなかったそうだ。
「みゃあお」
そんな鳴き声と共に、町を歩き回る私たちの前を、一匹の黒猫が横切る。あ、可愛い。野良猫だろうか。
「あれはこの町の名物猫さあ。ここは猫で有名でね……沢山の地域猫がいたんだ」
そうしみじみと呟くのは、親切で町を案内してくれている地元のお爺ちゃんだった。「おう、この町のことは何でも聞いてくれ!」と豪語するこの御老人は、この町一筋八十年、釣り帽子がトレードマークの元気なお爺ちゃんだ。
一番の長所は、この町について物知りなこと……ではなく、ちょうどよく耳が遠いことだ。私たちにとっては、だけど。
「沢山の地域猫がいた、か。その割には、今は一匹しかいないようだが」
怪訝そうな顔で爻が訊ねる。
一瞬の沈黙。老人はバツが悪そうに、深々と釣り帽子を傾ける。
「……ああ。これは話してて気分のいい話じゃねえんだが……事件があったのさ。"やった"のは近所の高校生で、近々受験を控えていた。それで相当ストレスを溜め込んでたらしくてな……」
──殺っちまったのさ。この町の猫、百数匹を。
それはもう酷い有り様だった。首からかっ捌いて、そこら中血まみれだった。そんで、生き残ったのはあの黒猫……『クロちゃん』だけだ。
…………。
いつの間にか黒猫は、リボンを付けた女の子に可愛がられていた。どうやら普段からあの女の子に世話をして貰っているらしい。
「あの子も不憫な子でな……少し前まで両親に虐待されてたんだ。助けられたときには、もう大分危ない所だったらしい。それ以来、いつも無表情さ。だがクロちゃんの世話をする時だけは、ああやって笑顔なんだ」
爻は再びリボンの女の子の方に視線を向ける。
すると茜が女の子の隣にしゃがみ込んで、何やら話し込んでいた。茜が手にしているのは、『ねこじゃらし』と『マタタビ』だ。
……それから、しばらくして。
「バイバイ、お姉ちゃん!」
元気に手を振るサチちゃんに向かって、私は笑顔で手を振り返す。
「おめえさんすげえな、あっという間にあの子と打ち解けちまった」
「あ……は、はい。別に大したことは……あの、サチちゃんって、いい子ですね」
目を丸くする釣り帽子の老人に対し、私は俯きながらそう答える。
……大したことなんて、してません。本当に、何も。
◇
「なるほどな。『切り裂き魔』の行動パターンは大体掴めた。後は……もう一匹の方だな。俺はもう少し調査を続ける。茜、お前はその間ここで待機していてくれ。……すぐ戻る」
小さなホテルの一室を借りると、爻さんは荷物を置いて、再び町へ悪霊の調査へ向かった。
……この町にはもう一体、目立つ『切り裂き魔』の影に隠れて、暗躍している悪霊がいる。
どちらかと言えばこっちが大ボスだな、とは爻の言葉だ。強さの面でも、悪質さの面でも。話を聞いて、私もそう思う。
『元々、そんなことをする人じゃなかった』
この町で口々に聞いた言葉だ。
人は一度に多くの霊力を吸われてしまうと精神的に不安定になり、心をネガティブな感情に支配されてしまう。虐待や猫殺し……事件を起こした人間も、元々は他の人間と同じ、温和な人間だったのだ。
狡猾な悪霊だ。失踪者が出ないように敢えて命を落とすギリギリのラインで霊力を吸い上げるのを止めている。
全ての悪霊が必ずしも人間に害をもたらすとは限らない。だが……この悪霊のやり方は、どう見ても悪質だった。
そして私は、公園で出会ったサチちゃんの言葉を思い出す。
”サチのパパとママね、悪魔に憑りつかれちゃったの……”
”帰ってきて欲しいな……優しいパパとママ……”
きっとサチちゃんのお父さんもお母さんも、元々は悪い人じゃなかったはずだ。悪霊に霊力を吸われてネガティブな感情に支配されてしまっただけの、ただの人、のはず。なのに……。
「私がもし強くなれたなら……たくさんの人を助けられるのかな……」
私はふと、フォークを握り締める。
霊力の感覚も、その匂いも……何も感じない。
今の私は明らかに力不足だ。それがすごく、もどかしい。
……ドンドン、ドンドン。
突然の物音に、私は思わずビクッと反応してしまった。
カーテンが固く閉じられた窓の方から、何やら物音が聞こえてくる。何だろう、窓を叩く音のようにも聞こえる……けど。
「え? え? 窓の外から? ここ三階……ですよね……まさか、例の悪霊でしょうか……?」
私は破れかぶれで立ち上がると、ゆっくりとカーテンを開く。
果たして、そこにいたのは……
「え……? クロちゃん……?」
意外も意外、それは黒猫の『クロちゃん』だった。
クロちゃんは口に何かを咥えて、私にメッセージでも伝えるかのように必死に窓を叩いている。
私は窓を開けて、急いでクロちゃんを部屋の中へ上げる。
「これ……サチちゃんのリボン……!」
さらによく見てみると、リボンには鋭利な刃物で切り裂かれたような跡があった。そして──微かに香る、霊力の匂い。
クロちゃんは再び窓の外に飛び降りると、地上で私のことをジッと見つめている。
(もしかして、サチちゃんは生きていて、今も『切り裂き魔』に追われているってこと……? そしてクロちゃんは、その場所を知っている……)
……私は唐突に、選択肢を突き付けられてしまった。
もしこの先に『切り裂き魔』がいるとしたら……先に爻さんと合流するのが一番確実な選択だろう。
でも……もし現在進行形でサチちゃんが襲われているとしたら。合流の為の僅かなタイムロスが、サチちゃんの命を左右するかもしれない。
もちろん、サチちゃんの命を助けるのが第一だ。
ただ……そのためには、私一人で『切り裂き魔』を祓わなければならない。そして──祓える保証は、正直言ってゼロだ。
「もしもし、爻さんですか!? 緊急事態ですっ! クロちゃんがサチちゃんのリボンを咥えてきて……『切り裂き魔』の仕業かも知れません! 私は今クロちゃんに案内してもらって、サチちゃんの元に向かっているところです!」
私はスマホで爻さんの番号に連絡すると、早口で用件を伝える。
「……分かった。俺は今駅前にいる。茜は今どこだ?」
「正反対の方向です! たぶんこのまま進めば……森の方に着くと思います!」
「そうか、ならばそのまま猫を連れて、そこで待機できるか? おそらく十分もあれば合流できると思う」
……ここが、分岐点だ。
サチちゃんの命、そして私の命。その二つが今天秤に掛けられる。
そして、私が出した結論は──
「……嫌、です。合流してからだと、サチちゃんが間に合わないかも知れません。私はこのままサチちゃんの所へ向かいます!」
──私は、どうしてもサチちゃんの命を助けたい。
そんな私の言葉を聞いて、爻さんは頭ごなしに否定することはしなかった。その代わり、確かめるだけだ。私の意志を。
「いいかよく聞け。『切り裂き魔』の力は想定以上かもしれない。その場合、対峙すればお前は何もできず死ぬことになる。それどころか、サチという女の子も既に亡くなっているかもしれない。……それでも行くんだな?」
「……はい。行きます。でも意外です。今回は否定しないんですね」
「そんなことするものか。ここで助けに行くような奴だから、俺はお前を気に入っているんだ」
そして一呼吸間をおくと、私に向かって静かに語る。
「これは先達としての忠告だ。お前は人を助けることに拘っているようだが……仮にお前が誰かを助けても、その結果お前が死んだら『助けた』ことにはならない。それはただ『身代わり』になっただけだ。いいか、お前が生きて帰って初めて人を助けたことになる。その事を忘れるな」
伝えたいことだけ伝え終わると、爻さんは通話を切ってしまった。
──『生きて帰って初めて人を助けたことになる』
(……私は思い違いをしていたのかもしれません。天秤なんて、初めからなかったんです。サチちゃんも助けて、私も生き残る……)
──それが、本当の人助け。
「……わ、分かりました、爻さん……まだまだ力不足かもしれないですけど……絶対に霊力の感覚を掴んで、サチちゃんを助けます!」
祓星のステラ★スタディーズ : ~天才陰陽師♀、"血まみれ聖女"を嫁(弟子)にする。どうやらこの聖女、「陰陽師の才能」があり過ぎるようです~ 桜川ろに @Sakura_kuronikuru
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