第5話 見習い陰陽師のレッスン1:『悪霊を祓う方法』
◇
私が目覚めると、目の前には見知らぬ天井があった。
「……そうだ私、昨日から『あの人』の家に住むことになったんだ……」
寝巻き姿のまま和室の部屋を出ると、私は廊下の真ん中で早速出くわす。
「あっ。爻……さん。お、おはようございます……」
「…………」
初めて会った時と同じだ。一見すると人を突き放しがちな暗い美青年にしか見えないその姿。
だが私は知っている。その澄まし顔に隠れた、彼(彼女)の意外な一面を……。
爻の方も昨夜のことを思い出したのだろう、私の姿を見て、深紅の瞳に動揺の色が走った。
そして私のことを壁際に追い詰めると、『壁ドン』しながら必死に弁解してくる。
「いいか、昨夜俺が言ったことは全て忘れろ。俺のことは『爻さん』で構わない。いや、むしろ呼び捨てにするな。とにかく……昨夜の俺はどうかしていた。は、恥ずかしい。なぜ俺はあんなことを言ってしまったんだ……」
改めて間近で見つめる、綺麗な顔。
そんなシチュエーションにドキドキしながら、私は心の中でツッコミを入れる。
……多分酔いやすいんだと思いますよ、爻さん。
そして、それから数十分後。
「これも自分で作ったんですか?」
「ああ」
私は口に運ぶ。……美味しい。
──なんという、家庭的な陰陽師……!
目の前の卓に並んでいるのは、手作りのお団子やお萩餅などだ。そして緑茶も淹れてある。
「さてと。まずは説明からだ。敢えて聞くが、茜、お前は悪霊について何も知らないんだな?」
「もぐもぐ……は、はいっ! な、なんとなく、『そういうものがいる』ってぐらいしか……」
「……そうか。ならば、一から説明するとしよう。食べながら聞いて貰って構わない」
「ふ、ふぁい! ありがとうござひまふっ!」
「…………」
……もぐもぐ。爻から向けられるジト目が痛い。
あ、あの! 別に私は大食いって訳じゃないんですよ? でもなぜか、体が軽くなってから、食欲が湧いてきてしまって……。ごめんなさいっ、でもちゃんとお話は聞いていますからっ!
「まずはそもそもの話だが……悪霊の『悪』とはどういう意味だか分かるか?」
「……え、『悪い霊』って意味じゃないんですか?」
「違うな。それは後世の価値観にすぎない。『悪』という言葉に善悪の意味は本来含まれないものなんだ。少なくとも、我々の陰陽術が成立した頃はな。ここで言う『悪』とは、本来の意味……『力あるもの』を指す」
そして、と爻は続ける。
一方で『霊』とは、『実体を持たない超自然的な存在』を意味する。すなわち『悪霊』とは、『実体を持たない力あるもの』のことだ。そこには善悪の有無は一切問わない。力の有無。それが唯一の判断基準なのである。
「そしてその悪霊の力の源、それが『霊力』だ。基本的に、悪霊は自分で霊力を生成することはできない。なぜなら……霊力が『人間の生命活動から産み出される霊的エネルギー』だからだ。故に悪霊は、人に取り憑いて霊力を奪おうとする」
悪霊がすぐに人を喰い殺さないのは、可能な限り人の霊力を搾り取ろうとするためだ。やがて衰弱して霊力を産み出す見込みがなくなったその時……
悪霊は、人を喰らう。無慈悲に、跡形もなく。
「……ここまでが基礎編だ。理解できたか?」
「ふぁい! わかりまひたっ!」
(本当にずっと食べてるな……可愛い)
ここからは応用編だ。悪霊は人間の霊力を餌として活動を行う。ここで注意すべきなのは、悪霊は霊力を取り込む毎に力を増していくということだ。
もちろん、際限なく強くなり続ける訳ではない。悪霊ごとに成長上限が存在する。
そして──悪霊にはその成長上限に則って、『位』が付けられるのだ。
最下層には位すらつかない最下級悪霊。
位としては一番下の『初位』。
そしてその上に、『八位』、『七位』、『六位』……と続き。
もっとも位の高いのが『一位』である。
「お前が契約した『立烏帽子』は位で言えば正三位。到底、陰陽師見習いが御せるものではない。そこで、まずはこれから悪霊の力を借りずに戦う力を身に着けてもらう」
「あの……質問があります。私が死んだら契約した悪霊はどうなるんですか?」
「契約が失効して、再び野放しになるだろう。そして陰陽局によって、都合のいい生贄があてがわれる。……お前のようにな。だがお前が調伏することができたなら話は別だ。調伏された悪霊は氏神となり、お前を末代まで守護する。つまり、再び人に取り憑くことはなくなる」
しん、と二人の間に静寂が走る。
悪霊の調伏。それは悪霊の暴走を押さえ込み自分の支配下に置くことだ。悪霊に自分の命令を従わせたそのとき、初めて悪霊を調伏したと見なされる。
通常、陰陽師が悪霊と契約を結ぶ際、調伏の過程を経ることはほぼないと言っていい。なぜなら陰陽師と契約する悪霊は、各家がそれぞれ抱えている氏神の中から選ばれるからだ。故に氏神は陰陽師家にとっての資産とされている。
過去の実力者が脈々と調伏してきた歴史……それが家の『格』を決めるのである。
……そんな爻の説明を聞いてなお、茜は物怖じせずに、真っ直ぐ爻の瞳を見つめる。
「決めました。私の目標……『立烏帽子』を氏神様にします」
「……そうか。だが、正三位の悪霊を調伏するのは並大抵のことではないぞ?」
「やります。やらなきゃいけないんです。じゃないと……また誰かが犠牲になる。それだけは絶対、見過ごせませんから……!」
……ところで。
「……そもそも悪霊って、どうやって調伏できるんですか?」
「ふふっ、茜らしいな。そういうのは、普通は先に聞くものだぞ?」
悪霊の調伏方法。それには様々な手段があるが、その全てに共通することは、悪霊に自分の『格』を認めさせることだ。そして、その手っ取り早い方法は──
「悪霊を祓い続けること、だ。位の高い悪霊ほど、新米陰陽師に従うのを嫌う傾向がある。理想は『立烏帽子』を祓えるぐらい強くなるのが理想なんだが……」
「それは流石に無理……ですよね? 爻さんですら祓えないのに……」
「ま、そういうことだ。だが本気で調伏するつもりなら、俺程度はあっさり乗り越えてもらわなければ困るんだがな?」
「……が、頑張ります……」
……というわけで。
早速私は今、悪霊の前に引っ張り出されています。
!?
「今回はチュートリアルだ。最低ランクの『初位』を祓って貰う。悪霊は負の霊力の集合体。よって正の霊力をぶつけることで中和──祓うことができる。これが陽霊術の基本、『零』だ! まずは霊力のアウトプットを学べ、茜!」
「その……戦うのに武器とかはないんですか?」
「そうだな……なら、この『フォーク』で戦ってもらおうか」
そう言って爻から手渡されたのは、ナイフとフォークのフォークの方だった。
……え、フォークリフトの略とかじゃないんですか?
「しょ、食器でどうやって戦えばいいんですか!?」
「当然、ただフォークで斬りつけても悪霊は殺せないぞ。祓うなら『零』を使え」
「その『使い方』が分からないんですってばぁっ!」
目の前にいるのは、体長7、80センチほどの小鬼のような悪霊だった。身体能力も人間の子供並みで、一見したところ恐ろしい感じはしない。
……だけれども。
「っ……! また引っ掻かれた……」
体は子供並みでも、引っ掻かれると地味に痛い!
一方で私は手に持ったフォークで突っつき返すが、向こうは全然平気な顔をしている。ズルい!
「何かコツみたいなものはないんですかっ、『零』のっ!?」
「悪いが、こればっかりは感覚で掴んで貰うしかない。……いや、強いて言うなら『フォークを武器として扱うな、フォークとして扱え!』といったところか……」
「……すみません、全然さっぱりですっ!」
もちろん、フォークで戦うには理由がある。
食器は日常的に食べ物を体内へ運ぶ特別な器具である。身体ではないが、身体に一番近い。故に体内の霊力を操作し、体外にアウトプットするための感覚を掴むために有用なのだ。
しかし目を見張るのは、茜の『治癒術』である。
悪霊に傷つけられる度に、傷が癒えていく。八位……いや、七位相当か。七位の陰陽師が扱うような『治癒術』を、茜は無自覚に発動しているのだ。
これは明らかにただの素人が扱える範疇ではない。反復練習が大事なのは霊術も同様。つまり……茜は今まで、『治癒術』を使わざるを得ない傷を受け続けたということを意味していた。
「なるほどな……どうやらお前を追い込むには、初位の悪霊程度では役者不足だったらしい」
そう言って後方腕組みを続けていた爻が前に出ると、悪霊に手をかざす。すると一瞬で悪霊が消滅した。
人が一番必死になるのは、追い込まれた時だ。どうやら俺は、茜の実力を低く見積りすぎていたらしい。
「──敵の位を上げる。『切り裂き魔』の退治だ」
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