第4話 同棲生活1日目。 ~風呂上がりの天才陰陽師~
◇
──ザアァァァ。
そこは、湯けむりが立ち上る浴室の中。
生まれたばかりの姿の爻の裸体に、打ち付けるシャワーの水がなぞるように滴り落ちる。
水も滴る……とはよく言ったもので。
しっとりとした濡れ髪、水に濡れて照り輝く玉肌……湯浴みをするその姿は、いつもより殊更"色っぽく"見えるのだった。
身体が熱を帯びる。やはりシャワーは熱い方が気持ちがいい。
そして爻は、物思いに耽る。
こんなのは初めてのことだ。いま俺の心には、一人の人間が居座って離れようとしない。
『どうして、って……そんなの、理由がいるんですか? 助けたかったから助けただけです。……助けられるかもしれないのに見殺しにするなんて、そんなの自分が殺したようなものじゃないですか!』
普段はおどおどしている癖に、アイツはこの俺にも物怖じせず言い返してきた。
……真っすぐな眼だった。真っすぐな言葉だった。見ている俺の方が、恥ずかしくなるぐらいに。
「ふふっ……
自身の生存すら省みず行われる善性は、もはや狂気に近い。要は純粋過ぎるのだ、アイツは。
この世に悪が栄えるのにも理由がある。
──適者生存。『ダーウィンの進化論』が説明している通り、生き残り広がるのは生存競争に勝利した個体だけだ。
他者を生かそうとする人間が、自身の生存のためならば何をするのも厭わない人間に敵う道理はない。
気高き理想の花は、時としていとも容易く手折られるものだ。
……だからこそ。
「お前のことは絶対に死なせないぞ、茜……! お前の言葉がこの俺の心を動かしてしまったのだからな。ふふふっ……茜、お前はこの俺が責任を持って鍛え上げてやる……!」
◇
──そして、一方その頃。
茜は畳敷きの和室の隅っこで、ちょこんと体育座りをしていた。
……私は今、猛烈に緊張しています。
確か私が小学校4年生ぐらいの時でしょうか。その時の一度きりなんです、私が誰かの家に招かれたのは。それもクラスメイトが何人も来ている中の、その他大勢の一人でした。
それがどういう事でしょうか、同じ屋根の下にイケメンさんと二人きりの同棲生活が始まってしまいました。明日からこの部屋が私の自室なのだそうです。あまりの温度差に風邪を引きそうです。誰か助けてください。
「風呂が沸いたぞ。俺は先に入らせてもらった。お前も入るといい。……なんだ、そんな隅で体育座りして」
茜の部屋の襖が開くと、噂のイケメンさんが顔を出す。彼の名前は『仄宮 爻』……私の"旦那さん"らしい。
彼はお風呂上がりで浴衣を羽織っていたが、肩がはだけていて無防備な姿を見せている。スラリとした長身に輝くような白い肌は、風呂上がりで湯気がほのかに立ち上っていた。
「あ、これはその……隅っこの方が落ち着くからで……って、ええっ!?」
私は思わず声を上げる。
爻の胸元──そこには『見事な谷間』があった。
それは男性ではあり得ない女性の象徴。はだけた浴衣から覗く胸の谷間はたわわに膨らんでいて、妖艶で実に艶めかしい。そんな姿を晒しながら、爻は茜の傍に近寄ってくるのだった。
「あ、あの……っ! 爻さんって……女性、だったんですか……!?」
衝撃の事実です。殿方だと思っていた人が、実は女性でした。しかも色っぽいです。私の十倍ぐらい。
「ん? ああ、そういうことか。別に隠していたつもりではないんだが……」
爻は髪をかき上げると(色っぽい)、さらりとそんなことを言ってのける。
いやいや! 確かに、爻さんは自分から男だと言ったことはなかったですけど……でも、あれだけのイケメンさんだったら、男に間違われても仕方がないと思います!
しかし間近で見るとやはり大きい……色々な意味で。
「俺の生まれた家は少々特殊でな。陰陽師としての素質がある人間は、男の服を着せられ、性別に関係なく男として育てられる。全く、古臭い因習だろう?」
「そ、そうですね……ちょっとびっくりしました……」
今時そんな『漫画みたいな風習』があるなんて正直驚きです。でも、少し納得できました。爻さんが外見だけでなく立ち振る舞いまで男性的なのには、そういう理由があったんですね。
……でもやっぱり頭が理解を拒否してしまいます。まさか爻さんがイケメンさんでなく、クールな美女さんだったなんて……。
「ふん、男でなくてガッカリしたか?」
「い、いえ! 全然そんなことはっ! たいへん魅力的です、はいっ!」
「……俺はお前のことが気に入っている。正味な話、こんな感情は初めてで戸惑っているぐらいだ。他人のことなど、どうでもいいと思っていたのだがな……」
そう言って爻は茜に向かってにじり寄ってくる。そして、ほんのりと鼻に香るお酒の匂い。目の前に迫る美女の顔は赤らんでいた。
……えーっと、爻さん? もしかしてですけど、お酒で酔っ払っていませんか……?
「つくづくお前は不思議なやつだ。お前を見ていると……はぁ、はぁ……」
「ちょっ……爻さん!?」
「爻、と呼んでくれ。茜……」
そして茜はあっという間に壁際に追い込まれてしまった。真紅の瞳が切なそうに見つめてくる。ドクンドクンと自分でも分かるぐらい心臓の鼓動が高鳴る。
ギャップが凄すぎます。ズルいです、こんなの。わわわっ、私は一体、どうすれば……!
「わ、分かりましたっ! ……こ、爻さんっ!」
「っ……やはり俺が男じゃないから、呼んでくれないのか……」
爻がシュンとする。まるで捨てられた子犬のような、母性をくすぐる少年のような仕草だった。
ごめんなさい、ごめんなさいっ。だから、そ、そんな眼で見ないでくださいぃっ……!
「そ、そういう訳じゃないんですっ! 人のことを呼び捨てで呼んだことがないから、恥ずかしくて……!」
「むぅ……そうか、そうなんだな。茜がそう言うのなら、本当なのだろう。……ふふっ、つまりはそういう楽しみが増えた訳だ」
今度は一転して、ホッとしたような顔を見せる爻。そして余裕を取り戻したように、悪戯っぽい笑みを浮かべる。そして……爻の指が茜の顔に触れた。それはまさに、ロマンチックの塊。
これって……あ、『顎クイ』ですよねっ!? あ、あわわわっ……
思わず昇天しかける茜に対し、爻はガチ恋距離で囁くように言う。
「いいか茜、お前のその『ハジメテ』を貰うのは俺だ。俺のことを呼び捨てで呼べるようになるまで、絶対に他の奴を呼び捨てで呼んだりするな。……はぁ、はぁ……俺は絶対にお前に『爻』と呼ばせてみせるからな……!」
………………。
それから少しして。
満足したように私の部屋を後にする爻の背中を見送った後、私はぐったりしたように畳の上にへたり込むのだった。
その顔は、酔っ払った爻にも負けず劣らずの真っ赤に染まっている。
……どうしましょう。私の情緒はもうめちゃくちゃです。
私の結婚生活、一日目でこれだとしたら……これから先、一体どうなってしまうのでしょうか……?
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