僕の方が大好きだ

ういのみ

全ての始まり

宗太郎しゅうたろうー! もうアンタだけよ、早く乗りなさーい」

「ハァ~~~イ」

 玄関から母さんの急かす声が聞こえると、僕はスクールバッグを手に取り一階の玄関へと急いだ。

 僕、成瀬宗太郎なるせしゅうたろうはこの春、また香川県へと帰ることになった。



 『帰る』というのは僕が元々香川県で生まれ、小学校、中学校と香川県で学んできたためだ。

 そして中学2年の夏、父さんの仕事の都合で東京に引っ越した。そこでは1年半ほど住み、中学を卒業した今、また香川県に帰ってきたというわけだ。


 香川に帰ることになったのも父さんの仕事の関係ではあるが、中学を卒業し高校に入学するまでのこの丁度暇な期間で本当によかった。

 中2の時東京に引っ越し、転校という形で新たな中学校に行かなければいけなかったのは本当に辛かった。ただでさえ地元の友達とキッパリ関係を断たなきゃいけないのに、知人もいない新天地で交友関係がすでに深まっている学校に入れられるのはもう勘弁してほしいものだ。


 今回の引っ越しは新しく高校生活を始められるからまだ気楽だ。

 そんなことを考えつつ車に揺られ、14年住んだ懐かしの家にまた帰って来た。


「あれ? もしかして、しゅうちゃん?」

 家に着き自分の手荷物を運んでいたところ、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

「ん? あ、ありす!?」

「いやそれこっちのセリフなんですけどぉ?」

 今回また帰って来ることは地元の友達誰にも言ってなかったため、驚かれるのも当然のことだった。

「よかったぁ……また帰ってきてくれて」

 

 今話しているのは家が隣であり、幼馴染の福原ふくはらありすだ。

 ありすとは家が隣同士なため、小さいころからご飯を一緒に食べたり学校終わりにはよくゲームをしたりした。時々めんどくさい悩み相談も聞かされていた……過去もある。

「あれ? 髪切ったんだね。結構似合ってるよ!」

「えぇ……ありがと。じゃなくて! なんで帰って来ること言ってくれなかったの!」


 幼稚園から中学校までロングだったありすだが、久々に見るとショートヘアになっていた……なんてことは今どうでもよくて、なぜ連絡をしなかったんだとありすは怒っている。

 ありすからはよくこっちでの出来事をよく連絡してもらっていたのだが、よく知らない東京の話なんかしても面白くないだろうと思い、僕からは全く連絡していなかった。


「アーハハー……忘れてた」

「もー突然帰って来るんだからびっくりするじゃなーい。でも、帰ってきてくれて嬉しい……おかえりなさい!」


 そう言って迎えてくれるありすの目からは少しだけ涙が溢れていた。

 僕は、いやそこまで!?と内心思ったが、ありすの涙を無碍にはできないので「ただいま!」と笑顔で返事をした。


 香川に着いてから1時間、僕の部屋の荷物は大体片付いたので、高校から事前に出されている課題を持ち自転車で家を飛び出した。

 荷物の整理などで家はまだうるさいためどこか静かな場所で課題を片付けたいのと、一応初めて行く高校の道の確認が目的だ。


 今年から通う高校は、今まで通っていた小学校や中学校とは反対方向にあるため実はこっちの道はあまり詳しくない。家から高校までは自転車で約20分ほど。

 なにか飲食店やコンビニなどあったらいいなと思い自転車を漕ぐが、相変わらず田舎のため周囲に目立ったお店は何ひとつない。

 東京にいたころは家から徒歩1分でコンビニがあったり飲食店があったためこっちは不便と感じることもあるが、自然が豊かだったり人通りも少なく静かなため、僕は香川の方が好きだった。


 15分ほど漕いだ時、たくさんの木に囲まれている、比較的大きめな神社が見えた。建物を見る感じかなり年月が経ってそうだったが、掃除が行き届いてるのか建物も庭もピカピカな状態だった。

 (こんなとこに神社あったんだ)

 そうして通り過ぎようと思ったのだが、よく見ると神社の隣に小さな建物が建っている。

 数人が出入りしていたため気になり自転車を止め、その建物の方へ向かったところそこには喫茶店と書かれた看板が置かれていた。

 お世辞にも綺麗な外装とは言いきれなかったが、課題のためにもここの喫茶店に入ることにした。

「いらっしゃいませ」


 入るとそこにはクマのようにデカい図体をした男性と、中学生くらい?な少女に迎え入れられた。

 内装は意外としっかりしており、ダークな雰囲気と清潔感が非常に漂っていた。

 注文内容が決まったので机を見渡し呼び出しボタンを探してみたが見当たらず、手を挙げて店員さんを呼んだ。おそらく、一瞬で見渡せるほどの広さなのとお客さんも少ないなでなので呼び出しボタンは搭載していないのだろう。


 そして僕はメロンソーダを注文し、高校からの課題を始めた。その後、メロンソーダは2分ほどで少女の店員さんが運んできてくれた。

「お待たせいたしました。こちらメロンソー……ダになりまふ!」


 どうしたものか、少女の店員さんは僕の机を見るとほっぺを赤くしすぐに厨房の方へ走って行った。

 (えっ、もしかして、コイツ喫茶店に1人でくるなんて〜クスクスwとか思われてるぅ〜???)


 その後なんやかんやで課題を終え、高校への道も確認し、僕の長い1日は終わった。


—3日後—

「今日はついに入学式っだぁぁぁ!!」

「宗ちゃん東京行ってもちっとも変わってないね」

 昨日ありすと話しているとまさかの同じ高校ということが分かった。そして今日は珍しく誘われて一緒に自転車を漕いでいる。こうやって約束して学校へ行くのは小学生ぶりだった。


「いい? 高校は初日がいっっっちばん重要なんだからね! 変なことしちゃだめだよ!」

「僕のことなんだと思ってるの……」


 基本的に僕は明るい性格であるため小中ともに友達も多かったのだが、高校でもうまくやっていけるのかは流石に不安なところもあった。ありすによると小中で友達だった奴らも数人同じ高校とのことだ。知っている人が周りにいるということで少し気持ちも楽になった。


 校門を通り抜けるとガヤガヤと騒ぐ新入生で溢れかえっていた。なぜならクラス分けの紙が貼り出されていたからだ。

 人が溢れかえる中なんとか自分の名前を見つけすぐさま校内へ入った。


「やった! 宗ちゃんと同じクラス!」

「話せる人いてよかったよ」


 どうやらありすとも同じクラスみたいだ。なぜかテンションが上がっているありすと雑談しつつ、自分達の1-Bの教室の扉を開けるとそこには見覚えのある横顔があった。


「あれ! たっちゃんじゃん!」

「ん? なんだ宗太郎、こっち帰ってきてたのか」


 今咄嗟に声を掛けたのは武藤達輝むとうたつき

 本人曰く1人で居たいタイプらしいのだが、中学1年の頃無理矢理話し続けて友達になったのだ。

 普段はクールであんまり喋らないけど、なんやかんやで遊びにもついてきてくれるし、相談事もめんどくさがりながら聞いてくれるとてもいい奴だ。

 僕にとってはたっちゃんが1番の親友となっている。


「え〜なんかたっちゃん反応薄くない!? 東京から帰ってきたんだよ! サプライズなんだよ!」

「また変な相談されると想像したらサプライズでもなんでもなーい」


 そんなこんなで親友とも再会を果たし、高校生活初日は完璧と言えるだろう。

 やはり初日だからか、周りの生徒のほとんどが友達作りに励んでいる。


「アハハハハ!! 俺ら友達になろうぜ!」

「ウチら、もう友達だよね???」


 初日は自己紹介と入学式のみで、午前にはすでに開放された。

 自己紹介も悪くない出来だったし、最高の出だしで僕の高校生活が始まった。


—1週間後—

「宗ちゃん、今日一緒に帰ろ!」

「うん、大丈夫だよ」

 入学から1週間が経ち、周りも大体の仲良しグループが決まってきた状態だった。

 そんなある日の放課後、前の方から机が叩かれる大きな音が聞こえてきた。

『"バァァァァン"』

 賑やかだった教室が咄嗟に静まり返る。

 そして教室にいた全員の視線がある女子に向けられた。


「は??? ウチら友達だよね。なのになんで1回も遊びに来ないんだよ。入学式の時あんたが1人だったからしょうがなく友達になってやったっていうのに」


 そうやって大声で1人の女の子に怒りを発してるのは同じクラスの近藤心愛こんどうここあだ。

 自己紹介の時に1人だけちょけた態度だったので覚えていた。いわゆるギャルというやつだ。

 近藤の後ろには家来なのか2人の女子が立っており、その2人もおとなしそうな1人の女の子にガンを飛ばしている。


「べ、べつに、友達になってとか……言ってないんですけ……」

「アァァ?」


 近藤は大きな声で威嚇し、女の子の言葉を封じ込めた。

 高校では面倒なことに巻き込まれたくなかったのだが、クラスの輪を守るためにも致し方あるまい。


「あのー……この子、嫌がってるのでその辺にしといた方がいいかと……周りの生徒も少し引いてますので……」


 助けようとは思ったものの、ちょっと怖いので僕は逃げ腰になりながら作り笑顔で対応した。


「フンッ。なんだよ、いこうぜ」


 流石のギャルでも周りの視線は感じたのだろう。

 2人の家来にそう言葉を発すると、不貞腐れながらドカドカと足音を立て教室を出て行った。


 ……そして今、なぜか僕は助けた女の子と一緒に下校している。

 彼女は家が近いらしく歩きなので、僕は自転車を押しながらだ。

「……あ、あの、先ほどは助けていただき、ありがとうございました」

「いやいや、助けたというか、なんというか……」

「あの、間違ってたらすみません。もしかして高校入学3日前くらいに、うちの喫茶店に来てくださりましたか?」


 『うちの』という言葉はよく分からなかったが、確かに神社に横たわる小さな喫茶店には入った。そのことを彼女に伝えると、曇った表情から初めて笑顔を見せてくれた。


「やっぱり! 同じ高校の課題してたし、もしかしたらって思ってたんです!」


 課題……僕は必死に喫茶店での記憶を思い出した。


「あっ! あの時の店員さん!」


 今になって気づいた。黒髪でよく整えられた綺麗なショートヘア。よく見てみると、あの時走って厨房に入っていった子だ。喫茶店の制服と学校の制服の印象が違くて気づかなかったみたいだ。

 とはいっても、高校入学前にバイトをしていたのは不自然だ。なにか事情があるのだろうか。


「私、明内小雪あけうちこゆきです」

「僕は……」

「成瀬宗太郎さんですよね。自己紹介の時から気にかけていました」


 その後、歩きながら明内さんと話し分かったことは、近藤とは入学初日に話しかけられ友達になり、友達という口実で売店でパンを買わされたり、自動販売機でジュースを買わされていたそうだ。

 明内さんは友達が少ないらしく、そんな近藤でも話しかけてくれる大切な友達だと話していた。


 近藤はあまりにもひどい奴だ。大人しく、反論も出来なさそうな子をターゲットにし、金銭的利益を図ろうとしたのだ。

 そして近藤と明内さんが教室で話しているところはほとんど見たことがない。やはりお金が発生する場でしか友達扱いしていないようだった。


 ただ、そんなことを明内さんの前で口にできることもなく、10分程度歩いたところで明内さんの家に着いた。


「え? ここって……」

「えっと、私のお家です」


 僕がバカだった。『うちの喫茶店』というのはバイトではなく明内さんの家だったそうだ。

 ということは神社も関係があるのだろうか、なんて考えながら、なにか今日のお礼がしたいと明内さんは喫茶店へと迎え入れてくれた。


「お邪魔します」


 入った先にはこの前と同じクマのようにデカい図体をした男性が笑顔でいらっしゃいませと言ってきた。

 流石の僕も分かった。つまりそういうことだろう。

「私の父です……」


 明内さんは恥ずかしそうに店長さんを紹介してくれた。そして店長さんは状況を理解したのか、僕にパンケーキを焼いてくれた。

 あいにくお客さんは僕だけだったので、店長さんとの会話も捗った。


「小雪が連れてきたってことは、多分だけど人間関係で助けてくれたかな。ありがとう」

「いえいえ! ホントに対したことはしてないので!」


 店長さんと話していくうちに分かったのは、明内家は代々神社の経営をしてきたそうた。ここの喫茶店は亡き明内さんの祖母が残した店だとか。もちろんその分経営も大変になるが、続けていきたいそうだ。

 そして明内さんの母親は体が弱く、神社や喫茶店の仕事がままならないこともしばしば、そして明内さんは小学生の頃から朝は早く起きて神社の掃除、放課後は喫茶店のお手伝いをしてきたそうだ。もちろんお手伝いであってお金などは発生しない。


「昔から小雪には負担をかけっぱなしだ。嫁は現在入院中でさらに仕事が増えてるっていうのに手伝ってくれてね。そのせいか友達と放課後や休みの日に遊んだこともほとんどなく、付き合いが悪いと友達も少ないそうなんだ。小雪には本当に申し訳ないと思っている……」


「そんなことが、あったんですね……」

 

 あの時近藤は『なんで遊びにこないんだよ』と言っていた。おそらく明内さんを遊びに誘い、またなにか理由をつけて買わせるつもりだったのだろう。それで明内さんは家のこともあり、何回か遊びを断って近藤はついに爆発した。おそらくこんなところだろう。


「そうだ! 成瀬くん、小雪と遊んでやってはくれなか」

「お、お父さん!?」


 近くにいた明内さんがすぐさま反応した。


「僕はいいですけど、明内さんが大丈夫かどうか……」

「……私も、遊びたい、けど……」

 おそらく神社、喫茶店の経営の心配をしているのだろう。


「フフ、いってきな、小雪!」

「……え、お姉ちゃん……」


 スッとドアから入ってきたのは大学生ぐらいだろうか、金髪ロングの美女。そして実の明内さんのお姉さんだった。


「フフン! ちょうど帰ってきたよ。喫茶店は私が見てるから、小雪は遊んでおいで。ちらっと聞いたけど成瀬くんだっけ、小雪をよろしくね!」


「は、はいっ!」


 あんまり状況は掴めていないが、明内さんは小学生からまともに遊べず大変だっただろう。もし僕なら今頃家出でもしてるかもしれない。

 その優しく、純粋な性格だからこそ今回の事件は起こったのだろう。


 そして僕と明内さんは外に出かけ、一緒に遊ぶことになった。

 まずは明内さんが好きだという漫画原作の恋愛映画を映画館で鑑賞した。

 明内さんは甘いものが好きらしく、キャラメルポップコーンを注文していたが、僕は今月のお小遣いがあと少しだったため泣く泣く我慢した。

 それに気づいた明内さんは映画館の中で少しポップコーンを分けてくれた。


 映画を見終わった後、明内さんと話していたところまだタピオカミルクティーを飲んだことがないとのことなので一緒に買いに行った。

 タピオカなど5年くらい前にブームになって今はその名をあまり聞くことがなくなったが、その間甘いもの好きの明内さんが飲んだことないということはやはり相当忙しく遊ぶ暇がなかったのだろう。

 僕は残りの全財産を費やしやっとの思いでタピオカミルクティーを購入した。


「ん〜おいひぃ」


 映画の後から明らかに明内さんの口角は上がり、楽しい思いでに繋がってくれてるのが僕はとっても嬉しかった。


「……今日は久しぶりに遊べてすっごく楽しかったです。……成瀬くん、ありがとうございました」

「うん、僕も楽しかったよ。じゃあまた明日学校で」


 放課後のほんの短い間だったが、このお出かけで僕と明内さんの距離は少し縮まった気がした。


 後日、神社で待ち合わせて明内さんと学校に向かった。

 そして雑談を交わしながら教室のドアを開けた瞬間、明内さんは「えっ……」と小さく言葉を溢した。

 明内さんの机が荒らされていたのだ。机の中の教科書などが机の上に雑に積まれており、机の方向も黒板側ではなく、左の窓の方へ傾いている。


「あっ、ごっめん明内。私、現国の教科書忘れちゃったからちょっと貸してよ。友達なんだからいいよね???」


 昨日散々聞いた近藤の声だ。そうやって明内さんを煽る近藤はどこか目の奥が殺気に溢れているように感じた。

 教室が沈黙になっていく中、1人の声が聞こえた。


「はあ? いいわけないでしょ。友達だからとか関係ない。忘れたものは自分でなんとかしなさいよ」


 その聞き慣れた声はありすのものだった。

 ありすはその活発な性格からこのクラスの委員長になった。ありすなりにクラスを変えようと頑張っているのだろう。ちょっと口調強すぎる気もするけど……。


「なんだよお前には関係ないだろ!」

「委員長なんだからクラスのことは関係ありますぅ」


 完全に自分の立場が悪いと分かったのか、近藤はまたもや「チッ」という舌打ちを残し教室を出ていった。


 それから3日経ったが、近藤による明内さんへの嫌がらせは続いている。

 ある日は明内さんの筆箱を隠したり、ある日は明内さんの机でつまづくフリをし机をずらしたりなど、様々な手で嫌がらせをしている。

 そしてその度にあがるのがありすの声だ。ありすは嫌がらせの度に何度も近藤を注意しているが全く効果がない。


「んもうっ! あの近藤ってやつすごくムカつくんだけど!」

「そうだね、明内さんのためにも早くなんとかしないと」

「そうだ、宗ちゃん明内さんと結構仲よかったっけ? ちょっと呼んできてくれる? 話があるわ」


 ありすは委員長なりにこのクラスをいい方向へと変えようとしていた。

 基本的に心を許した相手としかあまり喋れないと言っていた明内さんだが、嫌がらせの度毎回注意していたありすの頑張りもあってか、2人は意外とすんなり打ち解け合っていた。


 その後、今後の対策を練るために作戦会議をしようという話になった。

 入学早々こんな目に遭い明内さんは大変だっただろう。なんとかして対策を練らねばならない。


「じゃあ今日僕の家誰もいないから大丈夫だよ。そこで話し合おう」

「ダメダメ! 小雪ちゃんもいきなり男の子の家なんて行きにくいよね。小雪ちゃん、私の家にきて!」

「いえ、私は別に……嫌とかじゃ……」


 ありすと明内さんはほんの数分話したくらいだったが、ありすが『小雪ちゃん』と下の名前で呼ぶくらいすぐに仲良くなっていた。

 そして明内さんは気を利かせてこう言ってくれてるが、さっきの僕の言動は確かに配慮に欠けていた。

 いつもありすが家に勝手に入ってくるもんだから、女の子を家に招くハードルが下がってしまっていたようだ。


「そうだ、作戦会議するならたっちゃんも誘おう。あいつ意外と頭切れるし、なにかいい案だしてくれるかも!」


 そうしてその日の放課後、3人でありすの家にお邪魔した。

 たっちゃんも最初は嫌がっていたものの、明内さんの状況を説明すると渋々ついて来てくれた。昔と変わらずいい奴だ。


 ありすの部屋に入ると、ありすの母親がケーキを差し入れしてくれた。

 そしてちょっとした雑談の後、真面目な作戦会議が始まった。


「え、嘘!? 毎日お昼もジュースも奢らされてたの? アイツ……」


 前までの明内さんの状況を知ったありすは、さらに近藤への怒りが溜まっていた。

 昼休みに近藤が明内さんを誘っているのを見かけると、毎回助けるようにはしていたのだが、僕やありすの目の届かない場所でまた他のものも買わされていたらしい。


 現状、毎日のように近藤からの嫌がらせは続いており、ありすの注意も全く効いていない。


 近藤は先生がいない隙を狙って嫌がらせをしていたため、『先生にチクる』という小学生でも考えつきそうな作戦も思いついたのだが、それは即効性があっても今後も安泰とまではいかないだろう。


 それに、学校だけではなく他の場所でも明内さんが嫌がらせを受けてしまうようになればかなりまずい。

 明内さんの性格からして僕たちに話してくれない場合もあるかもしれない。

 今後の被害を無くすためにも、なにか近藤を明内さんから遠ざけるような策を練らなければならない。


 なかなか意見がまとまらず3人で頭を抱えていたところ、今までケーキを食べありすの家の漫画を読んでいたたっちゃんが呆れるように言葉を吐いた。


「証拠の動画でも撮ればいいんじゃねぇの」


 なぜ思いつかなかったのだろうか。スマホさえあれば簡単にできて、完全に証拠として残るため今後の安泰にも繋がるだろう。


「へぇ〜アンタ意外といい案だすわね」


 そう言ってありすは賛成したが、この作戦には1つだけ致命的な問題点がある。それは……。


「即効性がないから嫌がらせは続いてしまうけどな」


 そう、たっちゃんが言うように即効性がないことだ。証拠の動画を残すためには少なからず明内さんへの負担がかかる。

 それを考えるとこの作戦は……と思っていたところ、驚きの言葉が耳に入ってきた。


「私、覚悟はできてますよ」


 そう言う明内さんの顔は今までに見たことないくらい情熱に満ち溢れた顔で、「みなさんが必死に考えてくれてますし、私いくらでも耐えます」とまで言ってくれた。


 即効性がないことに気づいたありすは「本当にいいの?」と何度も明内さんに確認していたが、明内さんの覚悟は決まっているようで結局その作戦に決まった。


 後日、朝学校に来るやすぐに近藤は明内さんの席に向かい、「足が滑った」と分かりやすい言い訳を叫びながら机の横に引っ掛けてあったカバンを蹴り上げた。

 カバンの中の一部のものは散らかり、見るに耐えない状況であったが、昨日の作戦通りありすはその状況をバレないように撮影していた。

 

 いつもならここでありすの「ちょっとなにやってんのよ!」という声がクラス中に響き渡るのだが、今日はないため近藤は少し笑みをこぼし、「あ、ごめん今度は手がー」と言い放ち明内さんの机の上にある筆箱を手で床へと落とした。


 さすがにやりすぎていたためその後は僕が止めにかかった。近藤たちは教室から出ていき、そこには虚しく落ちたシャーペンを拾う明内さんの姿があった。


「明内さん、やっぱりこの作戦辛いんじゃ……」

「成瀬くん、昨日言いました通り、私は大丈夫ですよ」


 そう笑顔で言う明内さんの口元は震えており、目からは少し涙が溢れていた。


 その日の放課後、僕らは遊びに出かけた。

明内さんのお姉さんが東京の大学から長期休暇で帰ってきたこともあり、少し経営にも余裕が生まれたのだとか。

 そしてなにより、今の明内さんには癒しが必要だ。

 初めて明内さんと一緒に出かけた日、別れ際に「楽しかった」と言ってくれた。少しでも僕といて楽しいと思ってくれるのなら、少しでも笑った顔を見せてくれるなら、僕はそれだけで満足だった。


 翌日、分かっていたことではあったが、その日も明内さんへの嫌がらせは続いていた。

 そしてありすの注意がなくなったのをいいことに、近藤はさらに調子に乗り始めた。

 明内さんによると、教室内だけではなく廊下や図書室でも嫌がらせされ始めたらしい。

 ありすはなるべく明内さんの側で行動し、作戦通り証拠の動画を集めてくれている。


 そして嫌がらせされた度に僕は明内さんを遊びに誘った。

 最初はやはり気にかけていたのか、出かけた最中も少し曇った表情が見られた。ただ、何度か遊びに誘う内に笑顔に戻り、「成瀬くんとお出かけするの楽しいです!」とまで言ってくれた。

 

 そして僕らは学校のない土日までも遊びに出かけるようになった。

 明内さんが一度は友達と行ってみたいと話していた遊園地や水族館にも行った。帰りは自宅の喫茶店に迎えてくれて一緒に晩御飯を食べたりもした。

 最初は『明内さんを励ますため』に誘っていたことだったが、途中から明内さんが心を開いてくれて僕も嬉しくなり、ただ遊びにいくという日もかなり増えてきた。


 作戦が決まって2週間ちょっとが経った頃、明内さんの頑張りとありすの撮影のおかげでかなり証拠の動画が揃い、そろそろ復讐できると考えていたところ事件が起こった。


 その日は近藤が教室の花瓶を持ちだし水を入れ替えていた。普段の近藤なら全くしないであろう行動だ。

 そして花瓶を教室に運んできて元の位置に戻すのかと思ったがなぜか逆の方向へ向かっていき、「あーなんかめまいがするなー」とバレバレな嘘とともに花瓶を投げとばした。

 案の定、その方向は明内さんの席であり、花瓶の中の水は空中に飛び出し明内さんの頭にかかった。そして机の周りには花瓶が割れバラバラになっている。


 近藤はついに一線を越えてしまった。怪我はないものの頭から水をぶっかけたのだ。これはもう嫌がらせなんかではなく『イジメ』だろう。


 僕はすぐに明内さんの方へと駆けつけた。水で濡れており分かりづらいがきっと涙を流している。流石にこれ以上は許せない。

 明内さんはありすに任せ、僕は近藤を問い詰めた。


「おい、もうこれは言い訳できないぞ。毎回誤魔化して明内さんをイジメるのはやめろよ」

「ハァ? だからめまいだって言ってんじゃん。人間の生理現象に口出してくるなんてサイテー」


 分かってはいたが近藤はこの期に及んでまだ言い訳をしてきた。もうこれを出す時だろう。

 僕はスマホを取り出し近藤が明内さんをイジメている動画を再生した。

 作戦が決まってからできるだけ撮影してきたが、僕らが収めた動画の数の2倍、3倍以上もイジメられてきたのだろう。絶対に許してはいけない。

 知らないところで動画を撮られており流石の近藤も同様している。


「は、ハァ? そんなん関係ねぇ、てかそれ盗撮じゃんキッモ。男子が女子の動画撮るとかお前ヤバいよ?」


 やはりこの手でキタ。だが、盗撮などとほざいてくるのはコチラも読めていたので、あの作戦会議では常にありすが撮影すると決めていた。


「これは福原ありすのスマホだ。撮影もありすが行った。もちろんメールでの動画受け渡しなどもしていない」


 実は事前にありすのスマホを貸してもらっていた。

 言い訳大魔王の近藤のことだ、今回も絶対に言い訳で逃げると分かっていたので、ありとあらゆる言い訳を潰した。

 これでチェックメイトだろう。


「ハァ? 女子が撮ったとか関係ねぇ、あたしが承諾してないんだから盗撮は盗撮だ!」


 近藤は今までの人生、適当な言い訳をつくり嫌なことからはずっと逃げてきたんだろう。それでは人間は成長しない。

 明内さんはちゃんと近藤に立ち向かった。今逆に教えてやるべきだろう。


「やれやれ。じゃあこの動画を先生に見せたとして、先生は盗撮について怒るのか、それともイジメについて怒るのか、どっちだと思う?」


 近藤の心は完全に折れた。

 今までの威勢とは裏腹に、「ウワァァァン」と泣き叫んでいる。

 証拠の動画がこっちにある以上、もう明内さんに手を出すことはないだろう。


 その後、ありすが仲裁役を担い、近藤は泣きながら明内さんに謝罪した。

 少し驚いたのは、「わかりました。でも今後は嫌がらせしないでくださいね」と明内さんが返事をしたことだ。

 今までの明内さんなら近藤の謝罪をすぐに許していたことだろう。今回の件を通して明内さんの心は格段に強くなっていた。

 こうして入学早々に起こった事件はようやく幕を閉じた。


「宗ちゃん! 今日一緒に帰ろ!」

 その日の放課後、僕はありすに一緒に帰ろうと誘われた。今までは事件のこともあり放課後は明内さんと一緒に帰ったり、遊びに行っていたりしていた。そのためありすと一緒に帰る機会は減っていたのでなるべく誘いを受けたいところだったのだが……。あいにく今日は先約が入っていた。


「ごめんっ! 今日の放課後は明内さんに校舎裏に来るよう言われてて」

「え……最近ずっと小雪ちゃんのために動いてるのは分かってたから我慢してたのに……今回の件が終わってもどうしてそんなに……」


 明内さんは一緒に帰る約束ではなく校舎裏に来てくれという約束を持ちかけてきた。僕もなぜだかはよく分かっていない。


「ごめん。明日一緒に帰ろうよ! ありすも今日は友達と……」

「"私は"!」


 僕の言葉を遮りありすは俯きながらそう言葉を発した。

「……私は、ずっと宗ちゃんのことが……」

 ありすは途中で言葉を発するのをやめた。俯いていたのであまり顔は見えなかったが、どこかいつものありすの声とは異なり震えているように感じた。


「ううん。やっぱいいや! ほら、小雪ちゃんのとこ行っといで!」

 そう言ってありすは僕の背中をトンッとドアの方へ押し出した。結局なんだったのかは僕にはさっぱり分からなかった。ただ、ありすの開き直った笑顔が何故か寂しく感じた。


 ドアを出た途端だった。真横には腕を組んだたっちゃんがいたのでバイバイと帰りの挨拶をしようとしたところ、すれ違いざまに「お前ってそういうとこホント鈍感だよな」と言い残したっちゃんは帰っていった。

 位置的にさっきの僕とありすの会話を聞いていたのか……?と頭によぎったが、たっちゃんの言う鈍感とはどういことなのか意味までは全くわからなかった。


 その後、僕は校舎裏へとたどり着いた。そこには少し顔を赤らめてもじもじしている明内さんがいた。

「あ、あの、急に呼び出してしまってその……ごめんなさい」

「全然いいよ! それで僕になにか用があったんだよね?」


 なんだろうか、無難に今日のお礼とかだろうか。


「……あ、あの、今日は本当にありがとうございました。おかけで友達もできて、これから楽しく学校生活を送れそうです」


 友達というのはありすのことだろうか。性格的には真逆な2人だが、意外と息があってるように思えた。


「全然いいよ! それに今回のは明内さんが頑張った結果だから!」


 その後しばらく沈黙が流れた。僕の予想通り要件はお礼だったわけだが、なぜかまだ明内さんがもじもじと体を揺らしている。

「……あ、あの〜明内さん? そろそろ……」

「ご、ごめんなさい成瀬くん! ……実は、もう一つ言いたいことがあって……」

「うん、なに? なんでも聞くよ」


 その瞬間今まで照れている表情を見せていた明内さんだったが急に真剣な眼差しへと変わった。


「私みたいな自分の意見もろくに言えなかった人間を変わらせてくれたのは成瀬くんです。なので……その……わ、私と付き合ってくださいっ!!」


 なんだと!?急に校舎裏に呼ばれなにかと思ったがまさかの『告白』だった。僕は人生初の告白を受け流石にテンパっているのを隠せない。

 ただ、実は僕も事件が解決し明内さんともっと仲良くなったら言おうと考えていた言葉がある。

 明内さんと遊んだ日々は楽しかった。またあんな風に2人で遊びに行きたい。

 僕の中で答えはもう決まっている。


「僕の方が大好きだ!!!!!」

 そう上を向きながら大声をあげ、僕も明内さんに告白した。

 そして上を向く途中には3階の窓からこちらを見ているありすの姿がチラッと見えた。


 その後、明内さんは僕に泣きながらゆっくりハグをし、上目遣いでこう言ってくれた。

「……私と、付き合ってくれますか」

「うん。もちろん」


 しばらくの間ハグは続いた。その時さっき見えたありすが気になりもう一度見返してみると、こっちを見ながら窓越しに泣いていた。

 自分が告白する立場となり初めて気づいたことだが、(あのときありすは僕に告白してくれようとしたのでは……)などとありえないことを考えていたその瞬間だった。

 いきなり僕のポケットの中に入っていたスマホの通知音が鳴った。


 その日は明内さんと一緒に下校し、家に帰り自分の部屋に入ったところでスマホを覗いた。

 すると、『宗ちゃん、おめでとう!』というありすからの一件のメールが残されていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の方が大好きだ ういのみ @uinomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画