2-2 血溜まりの花束

「何があったのですか?」

「今朝、殺人事件が起きた」


 物騒な発言である。


 休み明けにとんでもない事態に、嫌な予感がする。


 廊下を小走りで抜けながら瑠璃唐が簡潔に、あらましを教えてくれた。


「今日の未明、神社で血溜まりが発見されたんだってさ。死体どころか骨すらない、まぁるく広がる血溜まりだけ。どう考えても致死量のそれの真ん中に、小さな花束とメッセージカードだけが添えられてたらしいよ。赤く汚れた、質素なそれだけ。それで【血溜まりの花束事件】って呼ばれてんの」


(予想の数倍、惨い事件だったな)


 殺人に酷いも良いもないが、猟奇的なのが恐怖を煽る。


 現場である神社は、花街からかなり離れており、当然花街から出た経験ない茉莉花は行ったこともない。


 あやかしと人間が共存する町にある神社とは、何の神様が御座すのだろうか。

 想像もつかないが、瑠璃唐も平然と受け入れているので今は突っ込まないことにした。


「それで、その神社に二人倒れてたらしいんだよ」

「生きている人が?」

「当然でしょ。で、発見した住民がここに運んできたんだよね」

「そうなんですか……えっ?」


 納得しかけて、思わず聞き返す。


 何故花街に。


 まずは病院ではないのか、あるのか知らないが、とりあえず行くべきなのは花街ではないのは確かだ。ここに医者はいない。いや、一応かかりつけ医は呼べるのだが。



「医者は呼んである。花街に運ばれたのは……」

「安全だから、ですか?」

「そうだね」


 花街は、花送町で一番安全で公平な場所だと瑠璃唐からも教えられた。 


 なら運んだ人は、二人が事件に巻き込まれぬようにと花街を選んだのか。


(何か、おかしくはないか)


 引っかかりを覚えるが、あまりに些細なことで掴めない。

 漠然とした違和感がもやのように広がり、気になって仕方ない。


「あの、メッセージカードに、何て書いてあったんですか?」


 瑠璃唐は、間を置いた。

 悩むそぶりをしてから記憶をなぞるように、抑揚ない声を発した。


「【食べてくれたお前に最大の愛を。ありがとう】だって」

「た、べられたかったってことですか?」

「そんな愛、街の外でやってほしい」


 瑠璃唐の苦言に頷く。

 それから何度か内容を復唱して、違和感を覚えた。


「……それ、本当に書いたんですかね?」


(食べてくれた、過去形なのに引っかかる。食べてくれる、ではないのか? いやでも、そんなものなのかな)


 微妙すぎる違和感はないに等しい。疑問は解消せず、瑠璃唐も焦りからか用事の方に話を戻した。


「それで片方は、茉莉花に面倒を見てほしいんだって」

「私、ですか。了解しました。一応、理由をお伺いしても?」

「……記憶喪失なんだって。名前も、自我もないらしい」


 瞠目して言葉に詰まった。


 そうか、と茉莉花は瞬きして状況を受け入れる。その片方は、茉莉花と同じ境遇だから任されるらしい。


 この町で記憶を失う危険性は身を以て知っている。保てなくなる。

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