第二夜『泡沫の星』
2-1 青い星
与えられた自室で茉莉花は身支度を済ませる。
備え付けの姿見に己をうつして、最終確認のためくるりとその場で回った。
白と桜の色をした生地に茉莉花の花が舞う着物に、栗色の髪を後ろで雪のリボンで束ねて団子にする。
同じく茉莉花の花飾りを耳より上につけて、紫のストールを肩から纏い、完了だ。
実に愛らしく、個人の意見としては似合っていない。
一介の下働きには喉から手を出そうが手に入らない高級品の事実を知ってからは気持ち重たい。
(でも、着ないと芍薬姉さまたちが悲しむからな)
茉莉花の服は、全て芍薬姉と他二名が用意している。
おそらく着せ替え人形感覚なのだろうが、まさか全て口に出せぬ程の高いお値段の品物だとは初めは思っていなかった。
気軽に有り難いな、ふりふりで可愛すぎるけれど。などと昔の脳天気な自分を殴りたくなる。
頭から足先まで監修してくれるのは助かりますが、流石にもう少しお安い何かで良い、汚してしまうから……とそれとなく希望を言った日は、それはもう酷いものだった。
芍薬姉たち三人組は雷に打たれたように、わなわなと震え、最後は阿鼻叫喚状態であった。
「私たちの楽しみを奪うのですか?」
「そんな子ではないわよね、私たちの唯一の幸せなのよ、働く、生きる意義なのよ」
「あらあらいいのよ、私たちの給料は全部あなたのものなんだから」
「ええ、そうです。私たちのお金は茉莉花のためにしか使いません」
と、あまりの傾倒ぶりに大袈裟なと笑っていたが、瑚灯から「あいつらの給料はほぼお前の服やおやつ代、化粧品で消えてるぞ」と言われて真顔になった。笑えない。
何故そこまで愛情を持たれているのか不明だ。
有り難いが、だが、こうも与えられてばかりだと気まずい。厚顔な女になれれば良かったが、どうにも難しい。
全身彼女たちの好みに染められて居心地の悪さを感じていた茉莉花を何だか悲しそうな、いや憐れみを湛えた瞳をした瑚灯が、そっと藤色の肩掛けと黒いブーツを渡してくれた。
芍薬姉は「やきもちねぇ」と笑っていたが、あれはおもちゃにされたやつを、哀れむ感情だったとしか思えない。
「ねぇ、ちょっと、起きてる?」
「っ、起きてます」
襖の向こうから声がかけられる。
すぐに開ければ、何処か焦ったハナメの【瑠璃唐】が顔を出した。
冬の朝のような、柔らかい水色の長髪を、ストライプのリボンで下の方でツインテール。
夏の空のような、青い花の髪飾り。
ツリ目のキリッとした幼い顔は美少女と評される。
だがしかし、兎耳を持ち、瑠璃唐と名付けられたハナメはれっきとした男である。
茉莉花と同世代で、気兼ねなく話せる同僚だ。
毎回無愛想だと呆れられるが、彼に悪意はなくツンデレタイプなのだと茉莉花は思っている。
そして何より彼もあやかし憑きだ。
うさぎのあやかしに取り憑かれた人間。
ただ茉莉花と違って肉体と記憶をしっかり保持し、好んで町に引っ越してきたことである。
迷イ子のあやかし憑き。彼も、異能が使えるらしい。
(今日も可愛いな)
暢気な感想を抱く茉莉花に、瑠璃唐は眉を顰めながら親指でくいっと外を示す。
男らしい仕草に首をかしげていれば、じれたように腕を掴まれて連れて行かれる。
「どうしたんですか」
「ちょっと面倒なことになってんの。悪いけど、アンタも手伝って……いや、まって、体調はもう大丈夫なんだよね」
「はい今日から復帰です」
倒れてまさかの三週間の休養を言い渡された。
本当に何ともなかったというのに、瑚灯と芍薬姉たちに押し切られる形で寝て過ごした。
暇すぎて手伝おうとすればすぐさま回収され布団に戻される日々からは、今日解放されたのである。
とんでもない過保護組である。
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