2-3 迷イ子の花

「茉莉花」

「はい」


 前から呼ばれて返事する。


 いつの間にか玄関に辿り着き、扇子で口元を隠す瑚灯と向き合う。


 ある程度騒ぎになっている状況の中で、瑚灯は変わらず余裕たっぷりで妖艶な笑みを浮かべている。

 

 慌てる様子もないのは、安心感を生む。周りは、ざわついているが、そこまで瑚灯の様子を見て、さほど混乱はしていないようだった。


「身体の方は大丈夫か」

「寝過ぎてしんどいぐらいなので。大丈夫です」

「そりゃ重畳。呼び出して悪いな」


 彼がすっと身を引く。すれば、現れたのは。


(倒れた人と、子供?)


 何かしらを包んだ、瓜程度の大きさした若葉色の風呂敷。それを抱くように意識を失い倒れている女性だ。


 床に羨ましい黒々した長髪が扇形に広がる。

 黒いワンピースからのぞく、すらりと伸びる足は傷一つない。


 だが眠る顔、右頬には鱗模様があり、左には目から覆うように爛れた火傷痕があった。


 つい最近の傷ではなく、古傷のようだと観察してから慌ててかぶりを振る。

 寝ているとはいえ不躾な行為は控えるべきだ。


 すると意識は自然と、子供に向く。

 ぱちり、と虚ろな目があった。


 まだ小学低学年の身長低めの少女、黒い髪を肩で切りそろえ、雪のように白い肌。


 まん丸の瞳は黒く、愛らしい顔立ちをしているが空虚な雰囲気で自我が曖昧だと分かる。


 何処かで見たような、ぞわりと嫌な予感が走るが原因はいくら考えても分からない。

 妙にざわざわするのを押さえ込む。


「お前には夕顔を頼む」

「夕顔って、この子の名前ですか」

「ああ。名がなければ色々不都合だからな」


 確かに呼ぶときも困る。

 

 名付け親の瑚灯に頷いて、膝をついて目線を合わせた。


「初めまして。茉莉花です。夕顔って呼んでもいいかな」


 できる限り自分の無愛想さを消そうと努力したが、表情筋は鋼らしく一切動く気配はない。

 笑わない女に親しくされて怖がられていないから不安だ。


(気を抜いたら敬語を使いそうだ)


 花送町に来て敬語を使わないのは正人のみだ。


 つまり記憶喪失になって、たまに喋る正人以外敬語なので、とてつもなく話しにくい。舌を噛みそうで怖い。


「まつりか」

「そうだよ」


 返事は期待していなかった。

 夕顔は質問には答えずに、黙って茉莉花を眺めて、そっと紅葉のような手を伸ばした。

 きゅっと袂を掴んだまま微動だにしなくなる。


「あとで医者をよこす。それまで待機。仕事は他の奴が代わるから、用意した部屋で待ってな」

「わかりました。そちらの人は」

「こっちのあやかしは、ちゃんと休ませてから医者に診せる。まずは夕顔だ」


 瑚灯が、ふぅと息をつく。

 目を細めて、皮肉めいた笑みを浮かべながら「厄介ごとを持ち込んでくれたもんだな」と呟いた。


 扇子で隠しているから彼の機嫌は、周りには気づかれていない。


 だが垣間見えた茉莉花からすれば、決して良いとは言えぬのは確かだ。


(メッセージカードとか、色々気になるけれど。まずは夕顔だな)


 あまり首を突っ込んで危険な目に遭い、面倒ごとを巻き起こすのは本意ではない。それとなく知る程度で済ますべきだ。


 と、賢い自分が言うが、好奇心旺盛かつ、危機管理が死んでいる愚かな自分はどうにも気になって仕方ない。


 相反する気持ちにぐらぐらと揺れながら、夕顔と手を繋ぎ騒がしい玄関から立ち去った。

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