幕間1
幕間1-1
【私】が、雨と【茉莉花】とともに降りかかってきた。
どろりどろり。思考がとけていく。
とどまれず、何もかもが、きえてしまう。
意識もなくなる寸前。
まるで栓のように塞いで、楔を打たれたかのように、急速に視界が開けた。
雨とともに自分が流れていくはずだった。
それが一瞬にして、仰向けに倒れた自分の顔に突きつけられた学生手帳で、繋ぎ止められた。
「――茉莉花」
どくり、と溶けた心臓が形を成して、大きくはねる。
優しく、何処までも甘い声が呼ぶ。
のろのろと視線を横に滑らせると、着物を纏う誰かがいる。手帳を懐にしまうと、白い手がこちらへと伸ばされた。
「ま――だめ――穢れ――」
遠くの方で制止の悲鳴がした。だが目の前の人物は、躊躇う様子さえなく抱き起こしてくれる。
暖かい。
いつの間にか自分に体がしっかりあり、黒いセーラー服が雨に濡れていた。
寒さから守るように、彼は己の羽織を着せてくれると、ひょいと持ち上げる。
「茉莉花」
「まつ、りか」
「そうだ、お前の名前だ」
茉莉花。茉莉花。
何度も復唱してなじませる。
そうしてようやく自分――いや茉莉花は、呼吸が出来た気がした。視界が煌めいてまぶしくなって、熱が膨れ上がる。
「さすがです、瑚灯様。汚泥化を食い止めるとは」
明瞭になった世界で全てがしっかり見聞き出来る。
横抱きされた状態で、辺りを確認しようと。
「茉莉花」
「はい」
降る声に、反射的に返事して顔を上げた。
「茉莉花、行く当てがねぇなら、うちで働かないか?」
恐ろしいほど整った顔立ちの男が、確かな色香を滲ませながら、茉莉花にささやいた。
それが全ての記憶と体を失って、新たに名と姿を与えられた『茉莉花』と、あやかし嫌いのあやかし『瑚灯』との出会いであった。
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