1-13 あやかし嫌いのあやかし

「ただいま、戻りました」


 裏口から入ってすぐに、大きな物音に気がつく。


 騒がしさは、決して楽しいのではなく争いだと判断できるほど、緊迫した空気、悲鳴や物が壊れる音がまじっている。


(大男さまの関係かな)


 狐火は消えて、一人廊下を進めば。


「――俺は嵌められたんだ!」


 大男が厨房から転び出たところであった。


 悲鳴に近い訴えへ答えるように、ひょいっと少年が現れた。百九十ある瑚灯と同じ長さの棒を、片手で軽々ともち上げている。


 桃色の髪の少年は、まるで猫のような笑みで獲物をいたぶるように大男へと近づく。

 少年には見覚えがあった。関わり合いはないが、確か警察みたいなものだと瑚灯が言っていた。

 

 桃色の少年は愛らしくこてん、と小首をかしげる。

 緑色の瞳が美しい桜を連想させたが、儚さとは無縁なのは一目見てわかる。


(捕食者だ)


 絶対人生で関わっていけないタイプと察する。

 追い詰めるのが楽しくて仕方ない、と顔に書いてあるのだ。隠す気がない加虐性に、ぞくりと寒気がする。


(表情が豊かで羨ましい)


 大男が情けなく暴れるのをいとも簡単に捕縛する。

 縄で後ろ手に縛るのは慣れていて、当然なのかもしれないが、どうも不気味だ。


 ふと傍で眺める瑚灯と少年の目が合う。

 艶やかな笑みと、にんまり顔の対峙。


 先に口を開いたのは少年だ。


「花街で事件なんて珍しいね、瑚灯さま? 今まで些細ささいな問題さえ受け入れたりしなかったのに。初めてだよね、こんなの」

「たまには起きるだろうよ。俺は万能じゃあないんでね」

「自ら招いたように見えたけど?」

「気の所為せいだなぁ。俺は、そこまで要領ようりょう良くない」

「あは。そーかな? 人間をしいたげられるのが耐えられなくて、花街に誘導して自分の管轄かんかつに入れて手を出しやすいようにしたんじゃないの? ねぇ」


 ――あやかし嫌いの、あやかしさん?


 下から覗き込むように見つめてくる少年に、瑚灯さまは目を細めて赤い唇で笑みを象る。

 はらりと肩からこぼれた烏の濡れ羽色の髪をつまみ、耳にかけた。


「お前も、存外ぞんがい人間に優しいなぁ? あやかし、妖怪――俺等の呼び名を人間たちに合わせるなんて」

「えぇー? だってそうでもなきゃ、人間たちは納得しないんだもん。人間ってボクたちのことを、妖怪とか、あやかしって呼ぶって聞いたからね。ボクは呼び名に興味ないけど」

「はっ。随分ずいぶんと冗談がお上手じゃねぇか」


 ばちりと火花が散る。茉莉花は、


(くわばら)


 と、手を合わせて壁に張り付く。

 騒動そうどうが過ぎるまで存在を消しておこう。


「瑚灯さまは、人間にもにも優しいのに。何であやかしには厳しいんだろうね?」

「さてな。お前の胸に手を当てて聞いてみたらどうだ?」

「ボクは人畜無害のあやかしだよ」


 ね、と少年が大男に同意を求めたが、彼は正気ではない。

 ぶつぶつと何事か呟いて、ここではない何処かを見ている。


「おれは、言われたんだ、ここでってころせって、それをあいつら、俺をはめるために、自分たちが安全になるようにおとりにしやがった、そもそも買う気なんかなかったんだおかしいとおもったんだ、ことうをねらえなんて、あと買い取るように手配するまでするわけねぇ、だけどそれでもおれはほしくて」

「ありゃりゃ、聞いてなーい」


 仕方ないと少年は繋いだ縄をぐいっと引っ張る。

 

 細腕では想像できない力があったのか、大男はどたんと倒れ込み引きずられた。

 ずりずりと去っていくのを、瑚灯は一言も発さず眺め続けた。


 大男がうなりを上げて、最後に捨て台詞のように叫ぶ。


「人間をどう扱おうが関係ないだろ!」

「はいはい。えーと営業妨害、傷害? なんだっけ。どーでもいいか。ええっと、ハナメへのおさわり、まぁとりあえず余罪ありまくり犯罪で、ちょーと罰受けようねー」


 きゃっきゃっ、とはしゃぐ少年に恐怖を覚える。

 

 まるで子供が友達とごっこ遊びしているかのよう。

 少年の見た目も小学低学年ぐらいで、より一層お遊びのように見えて、恐怖を覚える。


「ち、な、み、にー? 女はどこ行ったの? あれにも営業妨害? えーと、名誉侵害、いや違うか、名誉毀損だっけ? そういうので捕まえたいんだけど」


 少年の疑問に、固まった。

 女性まで罪に問われてしまう。それだけは――。



「――知らねぇなぁ」



 すとん、と声が落ちる。


 堂々たる迷いない断言に、立ち振る舞い方。

 扇子を広げて、口元を隠す。

 髪をゆらして、小首を傾げる姿は品がありながらも、女性らしい婀娜っぽさも、にじみ出る。紫水晶の瞳が笑い、人を惑わす色香が漂う。


「俺と茉莉花が話し合いしてる間に、いつの間にか消えちまったよ」

「……へぇー、そう。ま、いっか」


 少年がにっこり微笑む。瑚灯の艶笑えんしょうが返される。



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