1-10 大男の求めたのは

誤魔化ごまかすように話を変えるため、茉莉花はすいっと、指を前方へ向ける。


「……、帰り道はあちらです」


 彼女の部屋の前で話したのは、瑚灯は待っていても来ないという意味と、今なら逃げられると教えるためだった。


 一応あのときはまだ、大男の身元が裏付け出来ていないので、表だって動けなかったから自発的に出て行くように仕向けた。


 茉莉花が、というより瑚灯が、だが。


 花が止まり、ふわりと前方を照らす。

 川の流れがあり、一隻の船がとまっている。

 お粗末な、二人乗るのが限度な小さなそれに、男が立っている。

 手配をしてくれたようだ、と茉莉花は胸をなで下ろした。


 炎が船を操作する人物を浮かび上がらせる。

 

 赤髪の無愛想な少年だ、いつもより不機嫌そうな顔で茉莉花を睨みつけている。

 彼が機嫌が良かった記憶は三ヶ月で一回もないのだが。


「呼べよ」


 出会い頭に言われた意味に、首を傾げた。

 すると後ろの女性を顎で示すので、先程のことかと思い当たる。

 

 だが特別、助けの必要性を感じなかった。

 事実こうやって全員が無事に済んでいる。


 しかし彼の機嫌は氷点下なので、回復するためにそっと献上品けんじょうひんを差し出した。


「どうぞお駄賃だちんだそうです」


 赤髪に、手渡したのは瑚灯から預かった飴玉である。

 イチゴ味、わぁ美味しそう。


 思いっきり舌打ちをして「ガキかよ」と呟いた。


(うん、そりゃ怒るよな)


 その辺りは瑚灯に直談判ちょくだんぱんしてくれ。茉莉花から言っても、では何がいいと聞かれたきゅうするので。


 だが彼の文句は当たり前か。

 そりゃあ現世まで船を漕ぐのだ。重労働だろうに、飴玉一つ。


 従業員への配慮を怠らない瑚灯なら、せめて夕餉ゆうげぐらいはおごりそうなものなのに。


 不機嫌な少年は盛大な舌打ちを再度してから、黙り込む。

 もう関わる気はないらしい。


 茉莉花はそっと振り返る。

 手を握る女性が不安そうに、こちらを見ていた。


「貴女は、大男さまに誘拐された。それまでは現世にいらっしゃった。そうですね」

「ええ、そう」

「肉体のまま、ここに来るモノを【迷イ子マヨイゴ】と呼びます。迷い子は記憶をしっかりあって帰る場所を分かっているので、比較的、簡単に帰れますよ」


【迷イ子】――この町に棲みたくて来た人間も含めて、肉体を持つ人間は全員迷イ子らしい。


「あなたは肉体ごと連れ去られた。記憶もはっきりしている。ですから」


 だから大丈夫です、と伝える前に、ぐいっと手を引っ張られた。


 抱きつくような姿勢になり、思わず目をしばたたく。


 女性は「なら」と不安を残した顔で必死に縋り付いた。


「あなたも一緒に行きましょう。このままいたら、あの大男に殺されるわ、花を奪うために。狙われ続けるのよ」

「私は、その花とやらを知りません」

「そうだとしても、思い込んだヤツに理屈は通じない。殺される!」

「そもそもどうして、大男さまが欲しい花とやらを、私が持っていると」

「そこまでは知らない。でも確信していた、必ず奪うって」


 そう言ったのよ、と語る彼女。この状況で嘘は、おそらくない。

 わけがわからない、と頭が痛くなった。


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