1-8 真相
茉莉花の答えに、女性の薄ら笑いが聞こえた。明確な殺意が襲う寸前。
「殺すと後悔するのは、貴女ですが」
縄が首に掛かり締め上げようとした力がぴたりと止まる。
戸惑っているのに気づき、その隙に今の行為の無意味さを彼女に教える、できる限り優しい声音を心がけて。
「あなたの懐にある懐剣。いくら飾り立てて、奴隷を高く売ろうとしていたのだとしても刃物は用意しないはずです」
人間である彼女が、自害したら。
大男に刀を握って勝てるかどうか不明だが、襲いかかったら。
様々な要因になるのをわざわざ渡すのは不自然だ。
それでも持たせた理由があるはずだ。
「取り引きをしたのではありませんか」
「誰と」
「大男さまと。そうですね、想像ですが――貴女が今一番求めるもの、奴隷からの解放と引き換えに」
茉莉花は、黙っていようとしていた真相へと歩を進めた。
「本当は、大男さまと共謀関係があった。そうですね」
「……それは」
「大男さまもおかしい部分があります。彼岸花の毒で、一口食べて咀嚼する暇もなく倒れた貴女を不自然に思わないわけがない」
そうだ。あの時点では、まだ二人は繋がりがあったはず。
「ひとつ、気になっているのは大男さまの発言です」
大男は言っていた、瑚灯が、狐花にいるのを驚いていたなかった。
花街に来たことがなくとも、この時間帯に来るのを知っていた。
誰の入れ知恵か、少なくとも悪意だろう。
何故瑚灯の来る時間を把握したのか。
瑚灯は犯罪者を見逃さない男だ、瑚灯の目から逃げるためならば避けるはずだし来店しない。
わざわざ来たのは。目的は。
「倒れた貴女に会いに来るはずの男、瑚灯さまを殺すつもりですね」
大男は、店主が彼女に謝るように仕向けていた。
もちろん食中毒で倒れたなら店主である瑚灯が様子を見に行くだろう。それを狙っていた。
彼が狙われる理由は、たくさんある。
「瑚灯さまは、犯罪者にとって目障りな存在でしょうから」
瑚灯がいなければ、花街も、もっと治安の悪い場所になっていただろう。
それほどまでに瑚灯の存在は大きいのだと皆が口をそろえて言う。
花街の利用価値など犯罪者からすれば、いくらでも思いつくはずだ。
花街が本来の意味で動かしたいと策謀する奴だっている。
「わたくしが、そんな大胆で恐ろしい犯罪に加担すると? 奴隷から解放なんて、嘘を見破れないと思いますか」
やはり、気が付いていたのか。
いや当然かもしれない、酷い目にあった相手を信用するなど出来ない。
何より飾り立てられた時点で、気が付いたのか。
彼女の発言に、茉莉花は目を伏せる。
躊躇してしまう心を奮い立たせて、後戻りはできないと口を開いた。
「貴女の目的はそこではない。殺害に必要な凶器がほしかった」
裏口の鍵を壊して、そのまま出てきた彼女の手に握られていたもの。
「あやかしをも殺せる、小刀」
縄が食い込むのも無視して振り返った。
女から縄の端がこぼれて、鞘から抜けた刀が月明かりで、妖しく輝いた。
「瑚灯さまを殺すのを了承したのは、逆らえなかったのと同時に、大男さまを殺す機会が、刀が欲しかったのではないですか」
大男を殺すつもりだった。
店主を殺して、油断したところを大男も殺害する気だったのではないか。
「もちろん憶測です。ですが、服従関係で貴女が刀を持っている説明はそれぐらいしか思いつかない」
「っ、ならどうして今、わたくしが、あなたを殺そうとしていると」
「邪魔だから。信用できないから」
逃がしてあげる、と言われて。
あやかしと働く女を簡単に信用した時点で、不自然としか思えなかった。
「私も、逃がすという甘言で貴女をどこかに売ると疑っているのではありませんか」
「――ああ、いやだ。どうして、こうも上手くいかないのかしら。私が、なにをしたのかしら」
ぽたりと青白い頬に一筋の涙がこぼれる。
彼女の体がまるで泥のように崩れていく。
それに茉莉花は、押しとどめるように手の力を強めた。ぐにゃりと粘土のように曲がる感触。
急がなければ、彼女は――消える。
「どうして初めから言わなかったの」
「この真実は、語るべきではないからです。必要なかった。実現しなかったのですから」
「でも今は、あなたを殺そうとしている」
「それでも。瑚灯さま殺害、大男殺害するよりマシです」
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