1-7 しりましたか

「……ふふ、確かに、あなたに探偵役は務まりませんね」

「そうでしょう。私でも向いてないのは理解してるのですが」


 茉莉花は現状と勘で、仮説をたててしまう。なので証拠などの裏付けが下手で、間違う可能性がある。勘に頼るようなやつに、推理など向いていない。


 そういうのは瑚灯の方が得意だが、何故か率先と動いてくれない。こちらに任せる癖があるのだ。


 彼の思惑ほど読めないものはない。茉莉花は頭をふって切り替える。今は事件だ。


「だから、逃げようと試みた。売られないように――毒に倒れたふりをして」

「はい」


 存外素直な返事だ。

 隠し事など無意味だと悟ったか、それとも。


「貴女は団子を噛んで、食べずにすぐさま吐いた。毒が効いて倒れて、隙をついて逃げる、それが貴女の作戦でしたのでしょうが……少々失敗があります」

「なんでしょうか」

「貴女の団子には、毒は入れてません」

「え」


 酷く驚いた声だ。

 動揺に揺れる音に、茉莉花は続けた。


「貴女の立場は、私だけでなく瑚灯さまも、他の従業員も察しておりました。毒を好んでいるとは思えない。そもそも人間には毒は提供しないのが狐花の決まりですから」


 そう、どんな状況でも人間に毒を与える注文が来たとしても、店員は毎度して、毒を抜くようにしてある。当然気づかれる場合もあるが、その場合は瑚灯が責任を持つ。


「そ、うだったんですね」

「だから食べても、吐いても。倒れた時点でおかしいんです」


 すぐに気づかれるだろう。

 女性が嘘をついたか、店が疑われて不手際と責められるか。どちらにせよ。


「瑚灯さまなら、気にもとめないだろうけれど」


 あの、優しいあやかしならば。彼女が逃げられるなら、喜んで汚名をかぶるだろう。


 瑚灯の余裕綽々よゆうしゃくしゃくたる態度を思い出して、茉莉花は目の前で揺らめき、咲く狐火を追い続けた。


 静かな数秒が経ってから、女性はぽつりぽつりと最悪の日々を語り出した。

 そうでもしないと、耐えられないと言わんばかりに、口からこぼしていく。


「真相は、それだけです。私は、あの男に攫われて、この町に来ました。毒を食わされ、縛られ、けがされ、口にもできぬような扱い、人権などなく尊厳そんげんも全て壊されて、飼い殺しにされ、死にたい毎日でした。帰りたくて仕方ないのに何も出来ない。運良く逃げても、化け物がいる町をうろつく恐怖には勝てなかった、何処に行けばいいか分からない。八方ふさがりで」


 しかし、売られると知った。

 それも狐花ではない。

 どこかもっと、きっと恐ろしいどこかに。


「だから、賭けた。逃げ道なんて、見当もつかないのに」


 しばしの沈黙に、彼女が深呼吸をした。それから決心を固めた声音で、茉莉花に問うた。


「あなたは、何処までご存じですか」



 ――急速に周りの温度が低くなる。選択を間違えれば。



「しりましたか」


 重ねられた問い。


 逡巡しゅんじゅんのうち、茉莉花は慎重に言葉を選ぶ。

 嘘をつくわけにいかない。


「しりましたか」


 どろりと繋いだ手が急速に溶けていく感覚。焦りが生まれても、決して声に出してはならない。


 どうせ感情表現が死んでいるのだ、今回は恵まれていると思いたい。


 狐火が膨れて、ごうと燃え上がる。危険を知らせるように、後ろにいる女性を威嚇する。


「知っています」


 それから間を置かず。


「貴女は、私を殺すつもりですね」

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