1-6 お出迎え

「お待ちしておりました」


 裏口で待つこと数分。

 がちゃん、と鍵を壊す音と共にひっそりと現れた人影に、極力おびえさせないように声をかけた。


 だがあまり意味はなかったらしい、相手は引きつった悲鳴をこぼし、その場に尻餅をついてしまった。


(しまった。私ではあまりに無愛想だから、安心させられない)


 認めたくないが、己の顔が死んでいるのは事実。

 こういう対人が得意なのは瑚灯や、ハナメなのだ。

 自ら名乗り出て何だが、キャスティングミスってやつかもしれない。


(こうなったら直球に)


「助けに来ました。あなたを逃がします」

「え……」


 彼岸花のような狐火が、照らす。

 そこにいたのは、当然。


「何故、わたしが、ここにいるって、知っているんですか」


 ――団子を食べて倒れた、女性である。


 月明かりのせいではない、蒼白そうはくな女性に背を向けて「ついてきてください」と告げる。


 彼女は警戒したようだが、逃がす、という発言におずおずと後ろから気配が追ってくるのが分かった。


 静かな空間に女性はやはり、か細い声で再度「どうして」と訊ねる。

 逃げ道は遠い、会話を続けた方が安心させられるだろうか。茉莉花は悩んだ末に口を開いた。


「私はあまり頭がよくありません。ですので、単なる勘違いの可能性もあります。それでも聞きますか」

「……お願いします」

「そうですか。では、まず初めから。おかしいと思ったのは」


 推理にもならないお粗末そまつな考えを、茉莉花はつらつらと語り始めた。


「来店時。大男さまと貴女さまの関係です。恋人とは明らかに違い、主従関係……いいえ隷属れいぞく、服従でしょうか」


 アレ、だの、手首を引っ張る動作など。

 愛など感じない扱いに、女性のやつれ具合。


「そして腕の痣、あれは縛られた跡ですね?」

「……はい」


 お手洗いのときに覗いた、腕の赤黒い痣。

 あんなもの普通はつかないだろう。


「それに加えて、彼岸花の団子を貴女の好物だと大男さまは伝えました。そして死なない程度で、苦しむ毒を入れるように指示しました。貴女は聞いていたのに反論すらしない。それは慣れている、と考えられます」


 想像ではあるが、毒に反応しなかった。気力すらうばわれていたようだった。死人のように諦めて受け入れている。


 それらをまとめると、一つだけ浮かぶのは。


「貴女は、日常的に虐待ぎゃくたいを受けている」


 沈黙は正解、らしい。女性からすすり泣きが聞こえてきた。


 思わず黒い手袋に包んだ己の手を、彼女へと向ける。

 遠慮がちに触れれば、それを優しく握り返してくれる。みちびくように連れて行く、


 泣き顔を見られたくないのだろうから振り返りはしなかった。


「毎日、どくを、たべさせられました」


 抑揚ない声だ。

 死んでいる、と茉莉花は思った。


「まいにち、まいにち。どくを、口に押し込められ、吐いて苦しむ姿を楽しげに見つめて。縛られて丸一日放置されて」


 人権、などほど遠い。それ以下、家畜ではない、命だと思っていない。むごい日々だった、と引きったわらいをこぼす。


 何故か聞き覚えがある嗤いだった。


 嗤うしかないから。

 そうしかないから、勝手に顔が動くのだろうな。と想像が出来てしまう。


「……ここで身売りされると聞いたとき、救われたと思いました」

「何故ですか」

「ことうさま、というあやかしは少なくとも優しそうでした。あなたも、ハナメと呼ばれる方も、アレよりずっと、ずっと」

「身売りでもですか」

「あ、は。あはははッ、今よりマシですもの」


 壊れていく彼女に唇をかみしめて、何とか崩れていく彼女を押しとどめるように口を挟んだ。


「大男さまは、ご機嫌でしたね。貴女の好物……実際は違うでしょうが。それを高級店で食べようとする程度には」

「彼岸花の団子は、アレの好物ですよ。毒団子を好んでいるのです」


(最悪だな)


 嘘だろうと思っていたが、大男の醜悪しゅうあくさが露見ろけんして暴言ぼうげんを吐きつけたくなる。


 目の前にいないのが惜しい。


「初めて入る高い店に、食べに来た理由は祝いでしたね」


 真実は見えている。

 もうピースは集まっている。だから口に出すだけだ、というのに。息苦しい。


「大男は花街に来たことがないとおっしゃってましたね。この町で花街に入ったことがないのは大変珍しいのですよ」


 何せ花街は、この町で一番安全な場所かつ数少ない遊び場だから。


 瑚灯は花街全体を守る役割を担っている。

 警察のようなものだと。花街のあやかしも人間も全員、瑚灯を知り、敬っている。


 理由は目上の人間だからというだけではない。

 彼の功績こうせき――花街では瑚灯の目があるから、他の場所より犯罪行為がはびこらないのだ。


 広い場所なのに瑚灯は、全てを見通して未然に防ぐ。

 偉業いぎょうをこなしているから皆が尊敬そんけいしている。


 そして町の人は、安全で遊べる、

 何よりあやかしと人間が、気兼ねなく遊べる花街が大好きで、ほとんどのあやかしと人間はやってくる。


 逆を言えば、犯罪者からすれば花街は生きにくい場所で、犯罪者だけが避けている。


 それだけで犯罪者とは決めつけられないが、女性への扱いを含めれば明らかだ。


「来た理由は、勧められたそうですが」


 リスクを負ってまで来た問題は、今頃瑚灯が解決しているだろう。


 茉莉花は女性の安否だけを気にしていればいい。


「貴女の境遇きょうぐう、祝い、奴隷扱いしているわりに、豪華な服装、花街を遠ざけていた事実から見えてくるのは」



 近頃、人攫いが起きている。



 瑚灯が守る花街ではありえないので、茉莉花には実感はない。が、おそらく。


「あなたは――売られる身であった」


 花街ではなく、別の場所に。



 アレが駄目になったら。弁償。



 大男の発言に苦いものがこみ上げた。

 反吐が出るクズ野郎だ。

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