1-5 花々の協力

「私のうっかりで、彼女の団子に毒は入っていない。ですよね、瑚灯さま」


 食べた瑚灯が頷く。

 それから「しかし大男の団子は毒入り、もしそちらを食べていたらどうだ?」と試す言い方で訊ねた。


 茉莉花はあり得ないと断言する。


「大男さまの注文通りならば、自分のと女性のでは毒の成分量は異なります。わざわざ指定したのですから、己のは女性には良くないのを自覚しているはずです。仮に女性が大男さまの分を奪って食べた、というのおそらく違います」

「さて根拠は?」

「彼女の立場と心情からして、進んで食べようとしないでしょう。それに……」


 それでもおかしいのだ。そもそもの間違いがある。


「一口食べて、悲鳴をあげる毒ではないでしょう」


 毒を飲んだ人間など目撃したことがないが。

 茉莉花が運んで外に出る、その間十秒も満たない。何より襖を閉める際には、まだ手をつけていなかった。となれば、十秒どころではない。


 口に入れて即、だろう。それも飲み込まず形が整っていたから、歯で噛み切ってすぐさま吐いた。咀嚼そしゃくすらしないで食わずに。あの金切り声のような、苦しみより恐怖のような叫びは少々ひっかかる。


「ところで瑚灯さま」


 これ以上の収穫は見込めない。


 二人で部屋を出て廊下を歩く、事件があったのに他の座敷は通常営業らしい。


 こういう些細な部分が、現世とは異なっていて、何処か異様で怖いと感じる要因だ。

 普通なら客も全員帰るだろうに、さして興味ないとばかりに、他のものは平常に楽しんでいる。


「あのとき、何を見ましたか」

「いつ」

「大男さまが来店したときです」

「お前には何が見えた」

「ひかり、何かがすり抜けて消えました」

「何色だった?」

「青」

「それが答えだよ」



 女性がお手洗いに、とお願いされたとき。


確かに見たふわりと去る何か。


 答えを瑚灯は知っている様子で、微笑んだ。

 完璧な表情に茉莉花は、目を細める。


『食えねぇ野郎だな。こんなやつ無視しろよ、うっぜぇ』


 またに茉莉花は頭が痛くなる。


 人様の恩人になんて口の利き方を。もう少し優しい言い方を出来ないのか。

 面倒な己の体質の原因に文句をこぼせば、内で嘲笑う声が脳に直接響く。


『僕はこいつが嫌いなんだよ』


 返事はそこで終わる。


 全く、と茉莉花は内の声を無視して、一つの部屋の前で立ち止まった。


 すると中からかたん、と何かが動く音と気配がした。


「今なにかきこえました?」

「いや、聞こえねぇな」

「そうですか……起きたら妖怪さんにも伝えなければなりませんね」

「そうさな、まぁしばらくは無理だろうなぁ。彼女もだが、あのあやかし随分とご立腹だ。量は適量にしろってな」

「毒の適量ですか」


 毒に適量もあるのか。毒として――傷つけるつもりで扱うならば、そんなのありはしない。


 あって、たまるものか。


「とりあえずお前はあやかしのご機嫌とりに行ってくれ、なおるまで帰ってこなくていいぞ。台所で騒いでくれ」


「……いいえ店主さま、それはお断りします」


 瑚灯の形の良い眉が、ぴくりと動く。

 唇に弧を描きながら、茉莉花の真意を読み取ろうとする。

 

 茉莉花はより一層、大きな声で店主たる瑚灯へ、願い出た。


「食中毒なんて怒られる程度では済みません。ただの下働きの謝罪では怒りは収まらないでしょう。ここは店主さまにお願いいたします」

「……茉莉花」

「はい」


 咎めるようで、そこにあるのは心配。

 暖かな音が愛おしくて仕方ない気持ちを、瑚灯は見透かしているのだろうか。それとも、知らないのか。

 茉莉花にとって、重要ではない。


 頭を下げて再度、乞うた。


「お願いします」

「……頑固な妹分を持つと兄貴は大変だ」


 瑚灯は、茉莉花を拾ったときからずっと「妹分」として扱ってくれる。家族として、接してくれる。

 それが、取り戻した、たった一つの記憶の欠片と重なって嬉しくてたまらない。

 安心が身体中に満ちて、何も恐れることはないのだと勇気が出るのだ。


「よろしくお願いしますね。私は部屋の掃除ついでに、他のお客様に説明してきます」

「ちょっとまちな、これ、忘れ物。あと助手にも付き合わせろ、男手はあったほうがいい。お前じゃあ、ちょいと舐められちまう」 


 ゆらりと、橙色の彼岸花――いや、彼岸花の形をした狐火が瑚灯の手の上で咲く。

 風にふかれるように、ゆったりと茉莉花の元へ来て、道を照らす。


 幻想的な美しい花、茉莉花が見るのは二度目である。

 これの役目は二通りあり、一つは危険から守ってくれることである。


 やはり心配性というか、少し過保護気味だ。

 妹分と思っているせいなのか、ずいぶんと恩人は甘い。


「はぁ、ありがとうございます」

「その危機感のなさ、どうにかしねぇとな」


 半目で睨む瑚灯に、目をそらした。危機感はある、つもりなのだが、どうも他人からすると無鉄砲むてっぽうらしい。

 イノシシかよ、と同僚に冷たい目で見下ろされたのを思い出す。

 イノシシほど活発でも元気タイプでもないのだが。

 とりあえず何を言っても言い訳になるので、ぺこりと頭を下げた。


「すみません」

「台所までの道は封鎖しておくから、そっちも好きだけ騒ぎな」

「了解です」

「茉莉花、気をつけな」

「はい」


 彼岸花の炎に導かれるよう、歩み始める。

 お手洗いを過ぎて右の曲がるとき、ふと後ろを見た。


 瑚灯が芍薬姉と、もう一人のハナメ『瑠璃唐るりから』が厨房に入るところだった。

 ちょうど、こちらに顔を向けた芍薬姉と瑠璃唐が手を振り、送り出してくれる。芍薬姉は微笑んで、瑠璃唐は呆れたような顔で。

 三ヶ月で見慣れた、茉莉花の居場所に咲く花だ。


 これからの仕事、流れをもう一度頭の中で復習して気合いを入れ直して前を向く。


 廊下が終わり、裏口へと出て鍵を閉めた。

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