1-4 団子の毒
大男は怒りあまり、殴らん勢いである。
「アレがだめになったらどうしてくれる! 弁償してくれるのか!」
弁明は出来る。証拠もある。真実も大体は読めた。
しかし、いかに大男を逆上させぬよう語るかが問題だ。
落ち着かせる言葉を探していると、そ担当していた美女のハナメが頬に手を当てて、のんびりとした口調で茉莉花を引き留めた。
「茉莉花ちゃん、こちらの方は厨房にお招きしましょう」
「……いえ、それでは」
「現場保存? よくわからないけど、殺人事件場を荒らすのはよくないのでしょう?」
「
(死んでないんですよ)
とんでもない発言だったが、頭に血が上った大男の耳には入っていなかったようだ。失言は勘弁してほしい。
ハナメとして、大男の座敷についた芍薬姉はお淑やかに微笑んで、垂れた猫耳をぴくぴくと動かしている。
彼女は狐花の一番人気だ、色々慣れているので任せたが、嫌な場面に居合わせてしまった。
「申し訳ございません。料理長から説明いたしますので、こちらに」
「くそっこれだから人間は! 普通不手際があった方が来るのが当然だろう!」
「申し訳ございません」
「もちろん店主殿は釈明しに来るんだろうな、あのアレにもちゃんと謝ってもらうぞ! 店主なのだから――」
「ほらほら、こちらでございます。きてくださいな」
何かしら言うつもりだった大男の腕に、芍薬姉が抱きついて
おっとりとした母性溢れる魅力を持つ彼女に、大男はわかりやすく鼻の下をのばして、だらしない顔になる。
彼女は周りの空気を強引に和やかにする。あやかしの力なのか、天性の才能なのか。茉莉花は分からない。
デレデレと連行される後ろ姿を見送り、息をつく。
これで調べられる、大男には悪いがいてもらっては困るのだ。
(さて)
ぐるりと見渡して、散らかった食事を検分する。
大男はすでに白い団子をいくつか食べている。
女性の
畳に小さくられたのが転がっている。全部ではなく、半分食べて倒れたらしい。座布団の付近に、その噛み切った部分も落ちている。どうやら飲み込まず吐いたのか。
月見団子に似ている。
白玉とも。それの注文はいくつも受け付けており、彼のこだわりも良く聞くのだから気にしなかったが。
「……うーん」
大丈夫、とは知っている。
女性の団子をひとつ、摘まんで思案すること数秒。
覚悟を決めるか、と口を開けて、
――食うんじゃねぇよ、馬鹿が。
声が内から響く。久しぶりに喋ったと思えば、一言多い。
聞き慣れた乱暴な制止を無視して、団子を近づけようとしたが。
「――あーん」
「うわ」
後ろからひょいっと手首を掴まれた。
そのまま手の中の団子をぱくりと食べたのは。
「……瑚灯さま。来られたんですか」
「ああ。騒ぎを聞いてな」
濡れた赤い舌をちろりと覗かせて、なまめかしく唇を舐めた。瑚灯が意地悪く、笑う。
わざとだろう、潤んだ瞳を細めて茉莉花は見つめる。
何も知らぬものなら勘違いしてしまいそうな程に、熱を孕ませて、蕩けるような吐息が絡む。
思わず重いため息をついた。
「瑚灯さま、遊ばないでいただけると嬉しいです」
「仕置きだ。観念して受け入れな」
「仕置き?」
「危険な行動はやめろ、と言ったはずなんだがなぁ?」
怒っている。
笑っているし
そして自分の魅力を分かっていての行動。
ずるいあやかしである。
まずい、非常に。
茉莉花はさっと彼から視線をそらして、事件について話を戻した。
「瑚灯さまも、知っているでしょう――この団子には毒は入っていない」
そうだ。
こちらの団子は問題ない。
瑚灯も当然だと頷く。
「うちの料理長は腕は確かだ。客の好みに合わせる。間違うはずない」
茉莉花は取り出した紙を丁寧に広げた。
自分の走り書きだ、大男から受けた調理の好みが書いてある。
しっかり茉莉花の口から料理長に伝えたので、間違いない。大男の注文内容は、
「『自分の分は毒あり。女には少量、死なぬ程度の毒あり』。か」
「はい。好みに合うように、と言いました」
「は、好みに、ね」
にやりと笑う瑚灯に目をそらす。
あやかしは人の心を読むのが通常なのだろうか。それとも瑚灯が特別なのか。彼に隠し事ができた試しがない。
「あやかしには、毒を好むのもいる。それは三ヶ月で理解してます」
「ああ。毒が単純に好物な場合や、毒しか食えないやつ。それらを考慮して、どの店にも毒は常備してある」
「とくに、この団子はそうですね」
団子――彼岸花の団子である。
本来は毒性があるが、しっかり毒抜きすれば食べられる。
ただ手間がかかるので、本来は非常事態でもなければ食材に選ばれない。
が、しかし。
花送町では名物料理だ。
町の象徴である彼岸花を使った料理は好まれる。
「普通に毒とか怖いので、食べたいとは思いませんけど」
「まぁ人間は食わないのが安全だな。毒抜きを怠れば下手すると死ぬ」
どれくらいで、とかは聞かないでおこう。
もし他に食材がなくて困った際には、必ず毒抜きをしっかりする。確か本来の彼岸花の団子は
記憶喪失なのに、こんなことばかり覚えている。
「で、女性のは手違いで毒抜きを用意したんだな?」
「はい。うっかり、少量と間違えました。申し訳ございません」
「そうか、罰として一週間、お前のおやつにはさくら餡がぎっしりつまったまんじゅうがつく」
至極光栄。
お礼を言いそうな口をきゅっと引き結び、ふるふると首を振った。
今はそんな場合ではない。
いったん忘れて事件の捜査に戻らなければ。
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