Saelum 23

 玄関を飛び出した矢先、クレナは誰かとぶつかる。見上げるとそこには驚きながら振り向くジュンホンと、きょとんと見つめてくる瞬矢が視界に入った。


「ジュンホンさん、瞬矢くん! ふたりとも怪我は大丈夫?」


「あんなんかすり傷だから大丈夫だよっ」


「わたし達より大変だったのはクレナさんですよ。何もお役に立てず……逆に助けてもらってしまって」


 申し訳なさそうにお辞儀をするジュンホンに、クレナは慌てて言い返す。


「そんな! あんなことしか出来なくて」


「いえ、あなたの諦めないという心強さ……とても感銘を受けました」


 優しい笑顔で言われ、照れ臭さを感じていると、クレナの背中を誰かが叩く。横を向くと、そこには少しアランに似た仏頂面をするルカの姿があった。その後ろには無表情ながらもクレナに小さく頭を下げるノアも立っていた。


「えっと、ルカくんとノアくんだよね……アランとヨンギさんを助けてくれてありがとう」


「お礼なんかいらないから! こらから僕たち、残った悪しき人マームたちを見張らないといけないし……もうそろそろ森に戻るね」


「そうなの? せっかく会えたのに残念だな」


「じゃっ、じゃあな! 行くぞ、ノア」


 そのまま歩き出したふたりだったが、少し進んだところで振り返る。


「もし森を通ることがあったら僕たちを呼ぶといいよ。あんたなら助けてやってもいいから」


「ありがとう! またね、ルカくん、ノアくん!」


 ルカの可愛らしさに笑みを零しながら、クレナは離れていくふたりに手を振った。


(そうだ、ヨンギさんとアラン探さなきゃ)


「ではクレナさん、私たちも門の警備に戻りますね」


「なんかあったら呼べよ!」


「あ、アランたち見掛けてませんか?」


「アランさんは見てないですが……ヨンギさんなら向こうへ歩いていったのを見ましたよ」


 ジュンホンは町の奥を指差していた。


「ありがとうございます!」


 ふたりにお礼を言って、クレナは背を向けて歩き出す。


(ヨンギさんも怪我してたけど、大丈夫なのかな?)


 そういえば、ヨンギがアグレアスと同じような力を持っていたなんて今まで知らなかった。ふたりとは出会いが浅い。まだまだヨンギやアランに関しては知らないことばかりなのは当たり前なのかもしれない。


(……ヨンギさんも魔女の家系とかだったりするのかな?)


 そんなことを考えながら歩いていくうちに、町の奥にある小さな広場がクレナの目に映る。周辺を見渡していくと、少し小高い丘にヨンギが寝そべっているのに気が付いた。なんとなく具合が悪いように感じ、急ぎ近くまで駆け寄っていく。


「ヨンギさん?」


 声に反応し、閉じていた目をゆっくり開いた。


「クレナさん」


「大丈夫ですか? 顔色よくないですよ? もしかして怪我ひどいんですか?」


 所々に矢を受けた傷が痛々しく残っている。


「いえ、違いますよ。力を使ったせいなんです……あの力を使うと体力を消耗してしまうみたいで」


「隣、座ってもいいですか?」


「ええ、構いませんよ」


 横に座ると、ヨンギも少し体を起こし、後ろにある木に凭れかかるように座った。


「さっきは怒鳴ったりして、すいませんでした」


「あれは、わたしを助けるためにした事なんですから……それなのに言うことも聞かないで勝手な行動をとってしまって、わたしの方こそすみませんでした」


「あなたらしかったです。僕が早く力を使っていたら、あんなことさせずに済んだんですが……」


「あの……ヨンギさんも魔女なんですか?」


 クレナの唐突な質問に、ヨンギは吹き出したように笑い出す。


「まさかっ……僕はごく普通の家の生まれです」


 けど、そう言った後の表情がいつか見た悲しげなものへと変化した。


「この力は物心ついた時に現れ始めました。知らないはずの呪文が勝手に頭に浮かんできたり、物を動かしたり……あの頃の僕は幼かったから、この力が怖くて、誰にも言わずに使わないようにしていたんです」


 過去を思い出しているのか、ヨンギの目はどこか別の場所を見つめている。彼の目に映る景色は、一体どんなものなのかクレナには想像もつかなかった。


「成長していくにつれ、この力にも浮き沈みがあることが分かりました。何も使えなくなった時は、このまま力が消えてしまえばいい……普通の人になりたいといつも願っていました」


 すると、ヨンギはクレナの方へと顔を向ける。


「実は僕、妹がいたんです。瑞潤ソユンっていって、いつも僕にベッタリで……両親がいなかったせいもあってでしょうね。何をするにも、僕の後ろを付いてまわって四六時中一緒でした」


「ヨンギさんの妹なら、きっと可愛かったんでしょうね」


「……似てたんです」


「え?」


 いつも以上に優しい眼差しが注がれ、クレナは目を逸らしそうになった。しかし、その前にヨンギが視線を自分の手元へと向ける。


「クレナさんを見た時びっくりしたんです……ソユンが来たんじゃないかって。当時8歳だった姿しか知りませんが、クレナさんを見てソユンに会えたと思えてしまえるほど似ていて」


 ヨンギとはじめて会った日、クレナに手を差し伸べた彼はとても驚いたような顔をしていたの思い出した。あの時はクレナの瞳の色を見たから驚いたのだろう、そう思い込んでいた。しかし、そうではなく、クレナがソユンに似ていたための反応だったと知る。


「名前を聞いて別人だとは解ったんですが……悪しき人マームに狙われているあなたをどうしても放って置けなくなってしまって。けど、それが原因でアグレアスに目をつけられる結果になってしまい本当に申し訳ないことをしました」


「ヨンギさんは何もっ……」


“何も悪くない”とはっきり伝えたかった。けれど、あまりにも切ない表情をするヨンギに、クレナは言葉を詰まらせた。


「あなたを失わずに済んで本当に良かった。もうあんな事を繰り返したくはありませんから」


「あんな事って……ソユンさん?」


「僕とソユンは同じ日に死んだんです」


 衝撃の告白に、胸が痛いほど締め付けられる。


「僕と川で遊んでいた時にソユンが溺れてしまって……急いで助けに行った僕も一緒にそのまま」


 自分の手を見つめていた表情は、見る見るうちに苦しげなものへと変わり、ぎゅっと拳をつくった。今にも泣いてしまいそうな表情に、開きかけた口を噤む。


「その時はじめて力を使いたいと思いました。なのに、そんな日に限って使えなかったんですよ……力なんて要らないと願った僕への罰だったんでしょうか」


(わたしはなんて言ってあげればいいの?)


 不意に空を仰ぐと、あの日ヨンギと見た満天の星空が暗闇を彩り照らしていた。

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