Saelum 22

 これでいいと思った。

 自分ひとりが助かっても、それこそ後悔した生き方になる。なら、いっそのことみんなと一緒に行き着くところへ逝った方がずっと良い。現世に残してきた後悔と両親が気掛かりだけど、きっとこの選択をしたことを許してくれるだろう。

 クレナは訪れるはずの衝撃を黙ったまま待った。しかし、耳に届く音が不思議と止んだ。痛みも衝撃も感じない。恐る恐る目を開けると、クレナの全身が赤い光に包み込まれていた。


「お前、何をした?」


 あのアグレアスが焦りを滲ませた表情を浮かべている。正体の分からない光を見たせいか刀がすんでの所で止められていた。


「これは、わたしが……やってるの?」


 クレナが困惑の言葉を零した時、一発の銃声が近くで鳴り響く。


(誰っ!?)


 放たれた銃弾はアグレアスの肩を貫き、クレナに向けられていた刀は音を立てて地面へと落とされた。傷口から白い湯気を発し、アグレアスは苦痛に顔を歪める。


「貴様……なぜ動ける?」


 鋭い目線をクレナではない誰かに向けた。アグレアスの呪文によって誰も動けないはずなのに一体誰がと、クレナもアグレアスの目線を追うようにして振り返る。そこには何故か銃を構えるヨンギの姿があった。眼鏡越しに映るヨンギの瞳がいつもと違うように映る。


(ヨンギさん?)


「油断しましたね……力を持っているのはじゃないんですよ」


 もう一度、銃声が辺りに響き渡った。


「あなたには同情すべき点もあるかもしれない……しかし、だからと言って許されないことをしてきたあなたを許すわけにはいかないんです」


 アグレアスの手が僅かにクレナの肩に触れる。彼と目が合った。


「俺は……」


 ずっと怖いと思っていた瞳。だけど、今は恐怖とは違う感情が胸に広がっていく。


(本当は悲しかったの?)


 魔女というだけで、人とは違う力があるというだけで、家族も自分の人生も無惨に奪われてしまった。そんなアグレアスに残ったものは憎悪だけだったのかもしれない。少しだけその気持ちはクレナにも理解できた。だからこそ、クレナは苦しくて、悲しかったのだ。


(苦しかったから憎むしかできなかったの? 本当は誰かを愛し、愛されたかったのに……)


 胸に滲む血を手で押さえながら、崩れゆくアグレアスの手を咄嗟に掴む。クレナの目から、また涙が零れ、地面へと落ちていく。小さな雫が地面を濡らした時には、アグレアスの姿は風とともに消え去っていた。

 アグレアスが消えたことで、みんなに掛かった呪縛が一気に解け始める。


「やっと声出せた!」


「わたしはもう死ぬかと思いました」


「いや、俺たち既に死んでるだろ」


 瞬矢とジュンホンの安堵した様子に、クレナはそっと微笑む。


「あんな奴に術を掛けられるなんて最悪だよ!!」


 ルカは悔しくて仕方がないのか、屋根から下りるとノアに八つ当たりするように文句を叫んでいた。そんなルカには慣れているようで、まるであやすようにノアが頭を撫でている。町のみんなも悪しき人マームのリーダーが倒され、歓声と拍手が飛び交っていた。リリーとイザベラも喜びに涙し、まだ残る恐怖を拭い去るように抱き合う。


 ――そう、喜ぶべき展開なのかもしれない。

 ――なのに、どうして切なく思うんだろうか。


 アグレアスだって、本当は何かを“後悔”してここへ来た人間のひとり。もっと違う選択だって出来たのかもしれないのにと思うと、クレナの胸がひどく痛んだ。


「おい……」


 肩を掴まれ、振り向かされた先には複雑な顔をするアランがいた。


「俺を庇ったこと怒ってやろうと思ったのに……なんつー顔してんだよ」


「ごめん」


 このどうしようもない感情が言葉に出来ず、クレナは涙を流す。


「バカだな……ほんとにバカだよ」


 アランはそう呟くと、クレナをそっと胸へと抱き寄せる。今のクレナには驚く余裕もなく、ただアランの温もりを感じながら胸の中で泣いた。



 ◇◇◇◇  ◇◇◇◇



「本当にありがとうございました!」


 男性が深々とクレナに頭を下げた。


、わたしは何もしてないですから……お礼なんて止めてください!」


 実は本物の“ローマン”は別の場所で監禁されていて、あの男がローマンになりすましていたらしい。


「今夜はどうか家で休んでいってください」


「そうして、クレナさん。あなたはリリーを救ってくれた恩人なんですから」


「クレナさん、いいでしょ? もっとクレナさんと話もしたいし!」


「ありがとうございます……」


 イザベラとリリーに言われ、また更にローマンが頭を下げてくるものだから、クレナもつられて頭を下げる。


「……おや?」


 ローマンが頭を上げる途中で、あるものに目を止めた。


「それは……そうか、あなたは生者でしたか」


「え!? なんで分かるんですか!?」


「そのブレスレットですよ。わたしはこう見えて、この世界に来てから100年以上になります……だいぶ昔にはなりますが、一度だけ同じものを付けた人を見たことがありますよ」


「本当ですか!?」


 意外な手懸かりに、クレナの顔に希望の色が宿る。


「あなたはふたつ試練を乗り越えたんですね」


「え? ふたつ?」


 ローマンに言われ、ブレスレットに目をやると、確かに見覚えのない宝石がひとつ増えていた。ルビーのような赤色の宝石を見て、クレナはあの時のことを思い出す。アランを庇った時、身体を包んだ赤い光の正体はこれだったのだ。


「わたしが見た彼は、確か4つ宝石が付いていたはずです」


「4つ……これってなんの意味があるのかとか言ってましたか?」


「そう言えば、自分の感情や決意がきっかけで出てくるとか言っていたかなぁ? “生きたい”とか“犠牲的精神”とか……」


 “生きたい”はヨンギと話して宣言したこと。

 “犠牲的精神”はアランを庇ったことを示すのか。

 ふたつの宝石が現れた条件と合致する。


「他のふたつについては? 何か聞いてませんか?」


「んー、確か“受け入れる”とか言っていたような気がするんですが……すみません、昔だからあやふやで。けど、彼が目指していった場所なら覚えてますよ」


「教えてください!」


「この世界で最も神聖な場所であり、神が姿を現すとも言われている“光の庭ルックス・ホルトゥス”です」


 まだブレスレットの石はふたつしかないけど、帰れる可能性が出てきた。


「ローマンさん、ありがとうございます!」


「いえ、力になれたなら良かった」


 クレナは早速、ヨンギとアランに知らせようとローマンの家を慌てて飛び出した。

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