Saelum 13

 気合いを入れ直したクレナは、まだ放心状態のアランへと顔を向けた。


「アラン、ナイフとか持ってない?」


「え?」


「ちょっと貸してほしいの」


 ようやく我に返ったアランは、背中のリュックから言われるがまま折り畳み式のナイフを取り出す。急かすように手のひらを差し出すクレナに疑問を抱きながらもナイフを手渡した。


「何に使うんだよ」


「これから何があるか分からないでしょ? 何かあったとき自分の身くらい守れるようにしておかないと」


「そんなことにはなりませんよ。僕たちがあなたを危険な目には合わせませんから」


 そう言ったヨンギに、

「それじゃ、駄目なの」

 と、クレナは小さく微笑みながら続ける。


護衛隊カンボーイの人が見付かったら、ふたりとはお別れでしょ? だからふたりが居なくなっても大丈夫なように、わたし強くなりたいんです!」


「クレナさん……」


「けど、狙われやすいと先行き不安なんで」


 クレナは折り畳みナイフを広げてから、一度深呼吸をする。息を吐いたと同時に左手で自分の髪の毛を掴み上げた。そして、広げたナイフを躊躇いもなく押し当てる。


「おいっ!」


 アランの制止の声は遅く、背中まで伸ばしていた髪はクレナの足元へと落ちていった。長く綺麗に伸ばされたライトブラウンの髪は、一瞬にして肩よりも短くなってしまう。


「何やってんだよ!」


 焦りの声を発したアランに対し、ヨンギは驚きすぎて口を開けたまま茫然としていた。そんなふたりにクレナは凛とした顔つきで告げる。


「これで狙われる要素がひとつ減ったでしょ?」


「お前……」


 クレナはナイフを畳むと、ズボンのポケットにし舞い込んだ。不意にアランの指先が髪の毛に触れる。


「ほんと馬鹿だな」


「髪の毛なんていくらでも伸ばせるよ」


 笑顔で返すと、アランはちょっとだけ不機嫌な顔をした。無言だったヨンギは、困った顔をしたまま小さく微笑む。


「あなたって人は……」


「びっくりさせてすいません。でも今はわたしのことよりも、この町の異変を調べるのが先です!」


「そうですね……クレナさんの言う通りです」


「それなら聞き込み開始です! 外に誰も出てきていないだけで、建物の中には居るみたいだし、お願いして回れば誰かしら情報を教えてくれるはずです。早く自衛隊カンボーイの方を見付けないと!」


 クレナのやる気満々な表情に、ふたりは笑って頷いた。


「なら、手分けして各家を訪ねていく方がいいですね。わたしはあっちの方から……」


 町の裏路地に足を進めようとしたクレナの腕をアランが瞬時に掴む。


「アラン?」


「言っただろ、お前は単独行動禁止だ」


「ここは森じゃないんだから大丈夫だよ。気配もしないんでしょ? それにさっきのナイフも持ってるし」


「奴らは居ないけど、何もないとは限らないから側に居ろ! 俺たちが居る間くらいは守らせろ」


「……分かったよ」


 これは何を言っても聞かないと諦め、クレナはしぶしぶ同意した。そんなふたりのやり取りを見て、ヨンギがおかしそうに笑う。


「なに笑ってんだよ」


「いえいえ……ただアランは意外と過保護なんだなぁーって思っただけですよ」


「お前に言われたくない」


「では、過保護なアランにクレナさんをお任せしましょう」


 アランはヨンギのからかいに付き合うのが面倒になったのか、言い返すのをやめてクレナの手を引く。


「ほら、行くぞ。ヨンギはあっちの方を頼む」


「分かりました。では、何かあったら直ぐ報告してくださいね」


「はい!」


 そして、クレナたちはふたてに分かれ、行動を開始した。だが、聞き込みは容易なことではなかった。家のドアをいくら叩いても、自分たちは怪しいものじゃないと必死に呼び掛けても、誰ひとりとして出てこようとはしなかった。護衛隊カンボーイの行方も分からないまま、虚しく時間ばかりが過ぎていく。アランとクレナは途方に暮れて、しばし水路の近くにあったベンチに座った。さすがのアランも溜め息を零す。


「こんなんじゃ、らちが明かないな」


「ヨンギさんはどうなったかな?」


「こっちがこんな状態だから、きっと向こうだって同じだろ」


「そうだよね」


 そこで会話が途切れてしまい、暫し沈黙が続いた。静か過ぎることに居た堪れなくなったクレナが口を開きかけた時、アランが先に声を発した。


「これが解決したら、クレナはどうするつもりなんだ?」


「え? そうだな……ひと先ずブレスレットが帰る手懸かりなら、その情報を探さないとね。これになんの意味があるのか全然分かってないから」


 左手を胸の高さまで上げ、ブレスレットをぼんやりと眺めているとアランの手が触れる。


「もし、情報がなかったら?」


 いつになく真面目な顔をするアランに、クレナの心臓が暴れ出す。


(無駄にイケメン過ぎるんだって!)


 ――落ち着け、わたし。免疫強化するって誓ったばかりでしょ!!


 と、呪文のように自分に言い聞かせた。いざ、目を合わせる。だが、アランと目が合った途端に鼓動の音は加速してしまう。クレナは言葉に詰まり、返事を返せなかった。


「挫折したら、俺のとこに来い。お前のことは嫌いじゃないから」


(それって、どういう意味?)


 動揺してしまい、うまく声が出てこない。なぜかアランから目が逸らせなくなってしまった。どうしたらいいのか分からずにいたクレナの耳に物音が聞こえてくる。その音は鍵を開ける音だと気付いた瞬間、クレナは夢から覚めたように体を反射的に動かした。すると、目の前の家のドアが僅かながら開いたのを見逃さなかった。慌ててベンチから立ち上がり、クレナは慌てて家の方へと駆け寄る。


「すいません! 少しだけ話せませんか!?」


 クレナの声に反応を示し、恐る恐る開いたドアから50歳ぐらいの男性が顔を出した。顔はまだ警戒したままで、不安そうにこちらを伺い見つめている。


「あんた達は?」


はじまりの地イニティウム・テッサから来た護衛隊カンボーイです」


 アランの返答に、男性は安堵したように息を吐いた。


「そうか、俺はてっきりあいつ等の仲間かと……」


「やはり、何かあったのか。事情を聞かせてほしい」


「中に入って話そう」


 男性は家の中に招く手振りをする。


「俺がヨンギを連れてくるから、お前はここで待ってろ!!」


「分かった!」


 アランは急ぎ、ヨンギのもとへと走っていった。

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