Saelum 14

 ヨンギも合流し、男性の家の中へと入る。リビングへと案内され入っていくと、男性と同い年ぐらいの女性と高校生ぐらいの少女の姿があった。昼間にも関わらず、何かから身を隠すようにカーテンは締め切られ、家の中は暗く静まり返っていた。


「どうぞ、座ってください」


 女性は笑顔を浮かべ、ソファの方を手で示した。だが、彼女の顔はどこか恐怖に怯えているように映る。それを気にしつつ、言われた通りにソファへと腰を下ろした。向かい側の椅子に男性が腰掛け、改めて自分たちを見据えながら重い口を開く。


「わたしはローマン。彼女は妻のイザベラ、そして娘のリリーだ……」


 椅子に座らないままローマンの後ろで話を聞くイザベラとリリーの表情は今もなお緊張感に溢れていた。重い空気が辺りを包む中、ヨンギは冷静な口調で話し始める。


「ローマンさん、早速で申し訳ないですが……この町に何が起きているのか説明していただいてもよろしいでしょうか?」


 ローマンはイザベラと顔を見合わせてから、覚悟を決めたようにこちらを向く。


「二日前のことです……朝早くに“漆黒の森ニーグル”から護衛隊カンボーイのひとりがやって来たんです。もうひとりの方が奴らに捕まってしまったと、助けを求めていました」


「それで!?」


 ヨンギとアランの表情が一気に険しくなっていくのが分かった。


「この町の護衛隊カンボーイが援護しに行くことになり、そのまま森へ向かったっきり帰っては来ませんでした……そしたら奴らがいきなり町へ押し寄せてきて」


「まさか……この町は“悪しき人マーム”に!?」


「はいっ」


 そう答えたローマンは、小刻みに震えていた。隣にいるイザベラとリリーも涙を流し、手を握り合っている。


護衛隊カンボーイが居なくなった日の夜に奴らが現れ、住人全員の命と引き換えに生贄を差し出せと……」


「生贄とは、女性ですか?」


 ヨンギの質問に、ローマンは弱々しく頷く。膝に置かれた手は限界まで力を入れて握っているせいか、皮膚全体が赤くなっていた。


「毎晩奴らが気に入った女性を一人選んで……このまま続けば娘がっ」


 いきなり男性は座っていたソファから床へと跪き、深々と頭を下げた。


「この世界で妻と娘と奇跡的に再会できたんだ。もう家族を失いたくない! 頼む、助けてくれ!」


 必死に頭を下げる男性に、アランとヨンギは黙り込んだ。底知れない恐怖に苦しんでいる家族を目の当たりにしたクレナは、堪えきれずヨンギを見遣る。


「ヨンギさん、助けてあげられませんか? その森に他の護衛隊カンボーイの方もいるんですよね……ならっ」


「待ってください。助けには行きたいですが……クレナさんは連れていけません」


 ヨンギに続き、アランも反対の声を上げる。


「お前があそこに行けば格好の餌食になる」


「けど、このままに出来ないじゃない!」


「お前は分かってないから簡単に言えるんだよ!」


「分かってるよ!」


「ふたりとも落ち着いてください! ここで口論していても、なんの解決にもなりません」


 ヨンギの声にふたりは沈黙する。


「クレナさん、アランの言ったことは正しい。あの森はあなたには危険すぎます。いいですか? 漆黒の森ニーグルはあなたを森から付け狙ってきた奴ら……悪しき人マームの棲家なんです」


「けどっ……」


 初めて見るヨンギの怒った顔。心配してくれているのは十分すぎるほど分かってるつもりだ。けれど、この状況を知ってしまった以上は見て見ぬふりなんてクレナには出来なかった。


「4人の護衛隊カンボーイが捕まっているということは、それだけ不利な状況なんです。そんな中にあなたを連れていけば守りきれる保証はありません」


「他に方法を考えるしかない」


 けど、そんなに時間はない。夜になれば、新たな犠牲者が出てしまう可能性だってあった。恐怖に耐えきれなかったのか泣き出すリリー。その子はさっきまでの自分ぐらい髪が長く、色は赤毛と珍しい色だった。放って置いたら生贄になってしまうかもしれない。そんな残酷すぎる結末を怯えて待つことしか出来ないなんて、悲惨という言葉ではとても片付けられない。

 クレナはいろんな考えを頭の中で駆け巡らせ、ひとつの選択肢を見つけ出す。


「なら……わたしが行かなければいいんですよね。足手纏いになるなら、わたしをここに置いていってください。それなら助けに行けますよね?」


「それもできません! もし僕たちがいない間に悪しき人マームが襲ってきたらどうするつもりですか!」


「隠れるなり、町からいったん離れるなりすれば大丈夫です!」


「しかし……」


 そんな時、ローマンが口を開く。


「なら、そちらのお嬢さんを家にかくまいます。うちには地下室があるんだ……そこに居れば連中も気付かない」


 思いもしない提案に、アランとヨンギはクレナに目を向けたまま考え込む。


「それなら、ふたりだって安心でしょ? もしもの時はこれで戦うし!」


 折り畳みナイフを取り出し、懇願するような眼差しで訴え掛ける。ヨンギは左手で額を押さえ、俯き唸ったあと、呟くような声で言った。


「あなたには勝てる気がしません」


「ヨンギさんっ」


 後ろから手が伸び、思いっきり髪の毛を掻き回される。


「絶対、地下室から出たりするなよ」


「分かった。約束する」


 笑顔で返すと、アランの手が優しく撫でる動作に変わった。


「早く戻るから、待ってろ」


「うん」


 アランとヨンギは立ち上がり、ローマンに頭を下げる。


「では、彼女をよろしくお願いします」


「ありがとう! 必ず彼女の無事を約束する!」


 隣に居たイザベラは涙を受けべながら深く頭を下げた。リリーはまだ不安が残っているのだろう。母の手を握る手は微かに震えていた。


「なら、急ぎましょう。夜になったら状況はますます悪化してしまいますから」


「言われなくても分かってる」



 こうして、アランとヨンギは漆黒の森ニーグルへと向かっていった。


(どうか、ふたりが無事に帰ってきますように……)


 この天界にいるかは分からない神に、クレナは強く祈った。


「本当に助かりました。ありがとうございます」


 ふたりの姿が見えなくなっても門を見つめ続けるクレナに、ローマンが再び深くお辞儀する。


「いえ、わたしはなんにも……お礼を言うのはこっちの方ですよ」


「しかし、あなたが彼らを説得してくれたようなものだ。わたし達家族のために本当に申し訳ないことをした」


 クレナは相手の目の前に手を差し伸べる。


「わたし、クレナって言います。ふたりが戻るまでよろしくお願いします」


「こちらこそ……わたし達があなたを必ず守ると約束しましょう」


 ローマンは強くクレナの手を握った。


「日が暮れるまでは安全だとは思うが、何かあっては大変だ。家の中で寛いでいてくれ」


「はい」


 クレナはもう一度門を見てから、家へと入った。

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