Saelum 12
町が目の前に現れた瞬間、クレナは思わず感激の声を漏らす。
「すごい!!」
入り口には、アーチ状のレンガで出来た門が聳え立つ。レンガ一つ一つに彫刻が施され、古代ローマにタイムスリップした気分に陥ってしまう。クレナは目を輝かせながら門を潜る。歩く地面は大きさや形が異なる石が敷き詰められ、中央には水路も流れている。建物も石造りのものがほとんどで、どれも芸術的かつ繊細。フランスを連想させられるような街並みが広がっている。見れば見るほど魅力溢れる光景に、気分は高ぶっていった。
(こんなに綺麗な町が存在するなんて……)
だが町の中間まで来てから異変に気づく。さっきから人に会わない。人がいる気配は確かにするのに、町の中を歩く人が誰ひとり居なかったのだ。クレナの後ろを歩くヨンギとアランも勘付いていたようで、辺りを警戒した様子で見渡していた。バルコニーに干された洗濯物が風に合わせて揺れる。家の中からは料理を作る音と漂うガーリックの香り。どこからかは、子供の話し声も聞こえてくる。生活音はするのに、みんな何かに怯えているかのようにして息を潜めていた。
「いつもなら賑わってる町なんですが、変ですね」
「
困惑気味のふたり。来て早々、重い空気に包まれる。
「ここの
アランは左中指の指輪を右手で翳す。
「
ヨンギも同様に、指輪を左手で翳しながら唱える。ふたりの指輪は変化を遂げ、本来の姿を現す。武器を出さなくてはいけないほど事態は深刻なのだと、クレナは言い知れぬ恐怖感に身を硬くした。
「大丈夫……クレナさんは必ず守りますから」
「はい」
優しく笑っているヨンギではあるが、いつもと様子が違う。ヨンギは門の方を、アランは反対側を見つめ、険しい表情で武器を構える。
「気配は感じないけど……いると思うか?」
「分かりません。けど、付いてきた可能性もあります」
ふたりの会話を聞き、クレナはあることを思い出す。そう、あれは旅の初日の夜だ。ふたりが一瞬険しい顔をした。あの時は気のせいだと思っていたが、やはりそうではなかったことに気付く。
「森に入った時から付いてきてたんですか?」
その質問にヨンギは少し間をあけ、悩んだ末に口を開く。
「残念ながら、もっと前です」
「え? 前って?」
「お前が最初に狙われた日からずっと居たんだよ」
アランの言葉を聞いて、一瞬で顔が青ざめた。
「あなたを直接襲ってきたのはふたりでしたが、他にも数名潜んでいたんです。きっと、そこからずっと見張られていたのでしょう」
この世界に来た日のことを必死に思い返すと、ひとつだけ思い当たる場面が脳裏に浮かんできた。クレナは即座に口を開く。
「もしかして、わたしを家に連れていったのって」
「そうだ。本来、俺たちの家まで連れていくことはしない……あの場で説明して、天使にお前を託すのが
「あの時、気付かないフリをして誘きだしても良かったんですが……アランの演技はひどかったですからね。あの場合は家へ案内するのがいいと思ったんですよ」
「黙れヨンギ」
(アランが睨んだり、無愛想な態度をとっていたのは演技だったってこと?)
考えてみればコテージに行ってからのアランは最初冷たい感じはしたけど、その後は優しくしてくれた。自分のことが気に入らなかったのであれば態度は今でも変わらなかったはずだ。ヨンギが言うようにひどい演技のせいで誤解しただけなのかもしれないとクレナは思った。
すると、クレナはほかの違和感にも気付きだす。この世界へ来て初めての夜、コテージから出たクレナを追い掛けてきたヨンギの行動。あれも偶然じゃなかったのだと悟る。部屋を出る時、物音には最善の注意を払って出てきたつもりだ。なのに、ヨンギはこう言った。
部屋から出ていくのを見たので、と。
そもそもあの時ヨンギがいたなら気付いたはずだ。
今考えれば、矛盾だらけだった。
「やはり、近くには居ないようですね」
構えていた銃を下ろす。アランは既に刀を鞘に納めていた。
「初日の夜までは気配があったんですが、急に感じなくなったので諦めたとばかり……静か過ぎることを疑うべきでした」
「
「それは調べてみないと、なんとも言えませんね」
武器を指輪に変化させると、ヨンギがそっとクレナの手を取る。その時やっと自分が震えていたことに気が付いた。
「心配を掛けたくなかったのですが、怖がらせてしまう結果になってしまいました。黙っていてすみません」
「けど、どうして……わたし何もしてないのに」
「きっと、瞳の色と長い髪のせいかもな」
「そんな理由で狙われるの?」
アランが気まずそうに目を反らす。
「そいつ等が狙うのはいつも、容姿に珍しい特徴をもってるか、髪が長い女ばかりなんだ」
「クレナさんはそのふたつが揃ってますからね。はじめてクレナさんを見た時から狙われやすいのは分かっていたんです」
「ここ最近、女狩りをする連中が増えてるんだ。悪さをすれば俺たちが処罰するが、指示しているリーダーは自分の手を汚さない。何かしない限り、勝手な処罰は
「なので、リーダー本人が処罰されない限り、女狩りも止められないというわけなんです」
「そんな……」
無意識に、ヨンギの手を強く握り返す。
初めてふたりと出会った日。ヨンギがクレナに手を差し伸べた時に一瞬驚いたような目をした。あれは、わたしの瞳の色を見ての反応だったのだ。
(何も知らないで、守られてばかりだった……)
これでは駄目だ。結局ふたりに頼って、なんの力にもなれていない。
クレナは握っていたヨンギの手をそっと離した。
「クレナさん?」
「ごめん、わたし役立たずだった。だから気合い入れますから」
両腕を広げ、ぎゅっと目を瞑る。自分の手のひらをなんの躊躇もなく頬へと叩き付けた。物凄い勢いで自分の頬を叩いたクレナに、ふたりは唖然とする。
「もう大丈夫です」
そう宣言したクレナの顔から恐怖の色はもう消えいた。
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