第2章【犠牲的精神】
Saelum 11
3日目の朝を迎え、クレナたちはいつものように次の町を目指し歩き始めていた。クレナの前を行くヨンギの背中に不自然と言わんばかりに目がいってしまう。その度に昨夜の出来事が頭を過って、唸り声を上げそうになった。真に受けないと心に誓ったものの、意識しないというのも難しく、クレナは道中ずっと苛まれていた。
「どうかしたか?」
「なっ……なんでもないよ」
隣を歩くアランが異変に気付いたのか、怪しいと言わんばかりに見つめてくる。しかし、昨夜の出来事を言えるわけもないクレナは悟られないよう気丈を装った。
「ひとりになったら心配だな、お前」
「え?」
「そんなアホ面で最後まで行けるのかって……生き返られるか不安になるよ」
「大丈夫だよ!」
はじめはアランとは仲良くできる気がしなかったが、今ではそれも嘘のように打ち解けられている。こんな風に気軽に会話ができることをクレナは密かに気に入っていた。
「楽しそうですね」
ふたりの会話に聞き耳を立てていたヨンギが歩きながらこちらへと振り返る。
「ふたり、本当に仲良くなりましたね。アランも人見知りを直して偉いですよ」
「誰が人見知りだ! ヨンギ、お前……わざと言ってるだろ」
「そんなことはありませんよ」
そう言いながらも、ヨンギの顔は悪戯っ子のように生き生きしていた。こうゆう場面を見ていると、やはり昨夜のことは冗談だったのだろうかと思ってしまう。
「だからお前は腹黒なんだ」
「素直に褒めただけじゃないですか」
「どこが素直なんだか」
ヨンギとアランの言い合いがあまりのも面白く、クレナは堪えきれずに吹き出した。
「なんか兄弟喧嘩してるみたい」
「はっ!?」
どうやら地雷を踏んでしまったようだ。アランが勢いよく振り向き、クレナの前に立ち塞がった。顔は久々に仏頂面。
「言っただろ! こいつはじいさんだって!」
ヨンギを指差し、アランはクレナに訴えかけるように言った。
「目上の人に指を差すのはよくありませんよ?」
指を差された張本人はにこやかな表情を浮かべてはいるが、なんとなく怒っているように見えるのはクレナだけではなかったようだ。先程まであんなに強気だった筈のアランが怖じ気づいたように後退り、ヨンギと距離を置く。ふたりの様子に止めに入るべきか悩んでいると、いつもより低くなったヨンギの声がした。
「じいさん扱いされるのは、さすがの僕もいい気はしませんから」
一歩、ヨンギが近付く。すると一歩、アランが後退る。気が付けば、なぜかアランがクレナの背中に隠れているような状況に仕上がっていた。クレナは仕方なく両手を広げ、喧嘩の仲裁に入る。
「ふたりとも喧嘩はよくないって! 街までもう少しなんだから争ったら駄目だよ」
「もとはといえば、お前が兄弟喧嘩とか言い出したのが原因だろ!」
ヨンギを怒らせたのがそんなにまずかったのか、アランの顔は真っ青になっていた。
「けど、アランとヨンギさんは
「同い年?」
呆れ顔でクレナをを見るアラン。そこで怒っていたはずのヨンギが急に大笑いをし始めた。
「え? ヨンギさん?」
「クレナ……いいか? よく聞けよ! あいつはああ見えて90歳越えてんだぞ!!」
アランの発言がどうも飲み込めず、クレナは首を傾げる。
「えっと……誰が?」
「一人しかいないだろ。ヨンギが……だよ」
その瞬間、頭が真っ白になった。思考回路が停止してしまったクレナに対し、ヨンギはさわやかな笑顔で答えた。
「すいません、隠していたわけではないですよ? 年齢は聞かれなかったので……それに死んだのは十歳ですから、中身は若いままです」
「ここに来て80年以上のやつが、若い言うな!」
なんとか自我を取り戻たクレナはもう一度ヨンギを見遣る。外見は20代前半にしか見えない。しかし、中身は80歳なんてにわかに信じがたい。
「どういう事?」
「クレナさんにはまだ教えていませんでしたね」
ヨンギがいつも通りの顔つきに戻る。それに内心ホッとしているのは、紛れもなくアランだったであろう。
「この世界へ導かれた瞬間、神がその人の潜在意識へと入り込み、そこで得た情報をもとに、その人が最も望む年齢設定を行ってくれるんです。そして、ここでは一切歳はとりません」
「そうだったんですか……」
コテージを出発する日の朝、アランがヨンギをじいさんと言った理由と、アランに対して逆らえない事情がやっと理解できた。クレナは納得したように深く頷く。
「それなら、アランも違うの?」
「俺は見た目通りだ。ここに来たのが二十二歳の時で、あれから二年経ってるから……実際は二十四歳」
「わたしとアランの見た目が変わらないのにはなにか理由があるんですか?」
「アランとクレナさんは今の姿が理想ってことですね」
「やっぱり謎多き世界ですね」
「あと、教えていないと言ったら……言語ですか」
「言語……もしかしてヨンギさんやアランと普通に話せるのも」
「そうです。これも神の力によるものなんです」
初めは日本語が得意なんだとばかり考えていた。だけど、ここまで話しやすいのもおかしい。他の国に比べて日本語は厄介で、理解が困難だと聞く。それがアランのような人まで話せるなんて、偶然とは考えにくい。少し考えれば分かることなのに、全然気にも留めていなかった。
「この世界へ来た瞬間、どの言語も統一されるようになっているんです。そのおかげで生まれた国の異なる僕らも不自由なく話せるという訳です」
今更ながら、すごい世界に来てしまったのだとクレナは痛感した。しみじみ思っていると、アランが何かを知らせるように肩を叩く。
「どうしたの?」
「ほら、見てみろ」
今進む道の先を指差すアラン。ヨンギとクレナが同時にその方向へと顔を向けた。
「見えましたね」
とうとう目指していたものが目視できる距離にあった。
「あれが
「ああ、あと少しで着くな」
その一言に、し舞い込んでいた筈の寂しさが大きく膨らんでくるのを感じた。
「行きましょうか」
「はい」
心なしか重くなった足取り。それを振り切るように、クレナは力強く一歩を踏み出した。
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