Saelum 08

 朝日の眩しさに目を覚ます。見慣れない天井に、いつもと違う布団の感触でクレナは夢心地から現実へと引き戻された。


「そっか……ここは別世界でした」


 夢オチも期待していたのだが、そうも簡単にはいかないらしい。クレナは落胆からか小さく溜め息をつく。


「あれ?」


 今の状況に違和感を覚え、クレナは首を傾げた。昨晩はアランと話していたまで覚えているのだが、自分で部屋に戻った記憶がまるでない。血の気が引く音がする。


「わたし、話しながら寝ちゃった?」


 なら、なんで部屋に戻ってきているのだろうか。考えなくとも答えはひとつしかなかった。


「アランだ」


 恥ずかしさに項垂れる。いくら気を許したとはいえ、あそこで寝落ちなんて有り得ない失態だ。しかも二階までアランに運んでもらうなんて、考えただけで居たたまれない気持ちになる。


「絶対怒ってるよ」


 アランの不機嫌顔が目に浮かぶ。慌てて布団を押し退け、ベッドからおりようとした時だった。窓から人影が見えることにクレナは気が付いた。そっと窓を開けると、その人物がハッキリと確認できる。


「アラン」


 刀を持ち、すっと背筋を伸ばし構える。深呼吸をした刹那、目では追い付かないほどの素早さで刀を振り始めた。あまりにも迫力ある光景に、クレナは言葉を失う。


「朝から悪趣味だぞ」


 手を止めたと同時に、アランはこちらを見上げる。


「ごめんなさい!すごかったら……つい」


 悪趣味とまた言われ、反論したい気持ちもあったがここは素直に謝った。昨日の失態への罪悪感が優先してしまったからだ。アランは刀を鞘に戻し、指輪へと変化させる。そしてもう一度、クレナの方を見上げた。


「もう朝飯だから、さっさとアホ面直してこいよ」


「アホ面じゃないです!」


「昨日は随分とアホ丸出しで寝てたけど?」


 やっぱりかと、再び恥ずかしさが込み上げてきた。


「それは謝ります!」


「余計なことしなくていいから、早く支度しろ!」


「なら、部屋まで運んでくれてありがとう!」


 アランの動きが止まる。


「……クレナ」


「はい!」


 はじめて名前を呼ばれ、上ずった声で返事をする。それを見て、微かにアランが微笑んだ。


「敬語もやめろ……気持ち悪い」


 その一言を最後に、家の中へと戻っていってしまった。


「今、笑ったよね」


 ――幻覚でも見たのだろうか?


 昨日から、ふたりのせいで鼓動が慌ただしく動く。


「早く慣れなくちゃ、心臓がもたないよ」


 クレナは気を取り直し、支度を始めたのだった。



「おはようございます、クレナさん」


 支度を済ませ、階段を降りるとリビングから出てきたヨンギの笑顔がクレナの目に飛び込む。


「ヨンギさん、おはようございます! 昨日はありがとうございました」


「あのあと、眠れましたか?」


「えっ……はい、なんとか」


 まさかアランの隣で寝落ちしたとは言えない。なんとか笑顔で誤魔化す。


「それは良かった。朝ご飯出来てますから食べてください」


「すいません。ありがとうございます」


「僕は出発の準備をしてますから、何かあればアランに聞いてください」


「はい」


 ヨンギは優しく微笑むと、外へと出ていってしまった。そっとリビングを覗くと、テーブルには焼きたてのクロワッサンに、スクランブルエッグとサラダ、なんとも理想的な朝食が並ぶ。ここが現実世界なら文句なしなのにとクレナは内心思った。


「ほら」


 いきなり珈琲の入ったマグカップが視界に入り込む。アランもこれから朝ご飯のようで、見ればテーブルにはふたり分用意されていた。


「ありがとう」


「ブラックだから、砂糖入れたかったら勝手に入れろ」


「大丈夫。ヨンギさんはもう食べちゃったの?」


「あいつは無駄に朝が早いからな……じいさんなんだよ」


「そんなことないよ。朝強いのって羨ましいけど」


 昨日は“さん付け”をやめろと言われ、今日は敬語をやめろと言われてしまったから、どうも調子が狂う。


「アラン」


 席について、向かい側に座ったのを見計らって声をかける。


「今日ってどこに向かうの?」


太陽の都市ソールだ。ここへ来た人間の大半はそこで暮らしてる。昨日みたいな奴らも少ないし、治安がいいから住みやすいんだ」


「こういう世界にも治安とかあるんだね」


「一応、悪人だろうが善人だろうが一度はここへ引き寄せられる。どんな人間にも少なからず背負うものはあるからな。けど、ここで規則ルールに背く行為をすれば誰であろうと地獄イーンフェロスへ送られる……」


 昨日、なんとなくヨンギから聞いてはいたけれど、まだまだ謎だらけな世界。質問したいことはいくらでも出てくる。


(こんな状態でもしひとりになった時……わたし大丈夫なのかな?)


 次の町へ行けば、アランやヨンギとも別れることになるのだ。それはなんだか心細さを感じる。


(ひとりで見付けられるのかな?)






 ◇◇◇  ◇◇◇





 朝食を済ませ、いよいよ出発の時間。これからは動きやすい格好がいいと上はTシャツにパーカー、下は柔らかな素材でできたジーパンを用意してくれた。靴も歩きやすいスニーカーを準備してもらえたおかげで、ヒールが欠けたパンプスを履かずに済んだ。準備を済ませたクレナがコテージから出ると、ヨンギとアランが誰かと話しているのに気付く。黒いスーツを着たふたり組の男女だった。


「クレナさん」


 こちらに気が付いたヨンギが手招きする。


「紹介しますね。昨日説明にも出てきた市役所の方です」


 悪戯っぽく笑うヨンギに対し、クレナは驚きのあまりふたりを凝視した。


「天使!?」


 こんなにも早く天使に会えるとは思ってもみなかったクレナは思わす叫んでしまった。

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