Saelum 06
一頻り笑ったところで、クレナはまたヨンギに質問を投げ掛けた。
「それなら生者は? わたしのように魂だけがここへ来た人は、最終的にはどうなってしまうんですか?」
「それは……」
その問いに、なぜかヨンギの表情が曇る。言いにくいことを聞いてしまったと思ったが、クレナは引くわけにはいかなかった。自分の最期を覚悟する必要があるからだ。
「知りたいんです。ヨンギさんお願いします! 教えてください!」
「分かりました……ただ、あまり良い話ではないですよ。それでも構いませんか?」
「構いません」
力強く首を縦に振ったクレナに、ヨンギは諦めたように話し始めた。
「もとの世界に帰れるのは奇跡に近い。ほとんどの生者側は自分の後悔と未練に立ち向かうことを断念してしまうからです」
「断念したら、どうなるんですか?」
「まず魂だけが導かれた生者が生きることを断念してしまった場合……もとの世界にある肉体へは二度と戻れない手続きが行われます」
「それは残してきた体は死んでしまうって事ですね?」
ヨンギは呟くように“はい”と答えた。予想していた答えではあったけど、正直気持ちは沈む。
「そうした場合、死者として更生を望む日が来るまでここで暮らすことになります」
「だったら体ごと来てしまった人は? ずっと行方不明のままなんですか?」
「体ごと来てしまった場合は、断念した瞬間に肉体だけもとの世界へ戻されます。何年も行方不明だった人が遺体で発見されるニュースを目にすることがあるでしょう? ただ、戻された体は怪しまれないように病気や自殺、または殺害されたように見せかけるんです」
他人事のように見てきたニュース番組。神隠しなんて、言い伝え程度にしか考えていなかった。それが実在していて、自分自身も知らないうちに見聞きしていたなんて思うと、急激に恐怖が芽生える。クレナはゾクッと肩が震えるのを感じた。
「大丈夫ですか?」
心配そうに覗き込んでくる。決して大丈夫とは言えない。帰る手段も分かっていないのだから、不安ばかりが募る。だけど、生きることを断念してしまったら、生きている可能性だって捨ててしまうことになるのだ。クレナは、ヨンギを真っ直ぐ見つめ返した。
「わたし……諦めたくありません。絶対にもとの世界に帰りたいです」
ヨンギの瞳が大きく見開かれた。
「もしかしたら死んでいるかもしれない……けど、可能性を捨てたくありません」
神様の試練がどんなものであれ、クレナには乗り越えなくてはいけない理由があった。生きることを諦めてしまったら、それこそ後悔してしまうだろう。
「わたし、生きます! 必ずこの世界から出て、生きてみせます!」
すると、なんの前触れもなくクレナの目の前にビー玉サイズの光の塊が現れた。青白く光るそれは、ゆっくりとクレナの手もとへと近付く。いきなり起こった現象にクレナは慌てふためきながらヨンギに問い掛けた。
「これは……なんですか!?」
落ちてくる光を無意識に受け止めるようと両手を広げると、その光は姿形を変え、綺麗なシルバーのブレスレットとなった。細かなチェーンには先ほどの光と同じ色の宝石がひとつ。
「ヨンギさん……これは?」
困惑しながら、さっきから返事のないヨンギに再度尋ねる。しかし、ヨンギもクレナと同様、驚いたような顔をブレスレットに向けていた。
「すみません……分かりません。はじめて見ました」
ヨンギの指先がそっとブレスレットに触れる。
「これがもしも神からのメッセージだとしたら……」
次はわたしの手を力強く握りしめる。
「クレナさん、あなたはまだ生きているかもしれない!」
「えっ!?」
「これはきっと帰る手懸かりなのかもしれません」
僅かだけど希望が見え始めた。嬉しさからヨンギの手を握り返す。
「わたし、頑張ります!」
目尻に涙を浮かべながら、クレナは笑顔で言った。
「クレナさんの笑顔は素敵ですね」
「えぇっ!?」
「あなたには笑顔が一番似合ってます」
笑顔でさらっと恥ずかしい台詞を言うヨンギに、僅かながら心臓が跳ね上がった。はじめて会った時から思ってはいたけれど、とても真面目そうな好青年で紳士的な彼だが時々すごいことを平気で口にする。きっと無意識に違いない。
(本当……韓流ドラマに出てきそうだな)
ヨンギはやはりなにも気にする素振りは見せず、手を握ったままクレナを立ち上がらせた。
「クレナさん、約束します」
「約束?」
「僕があなたを守ります。次の町まで必ずあなたを送り届ける……それが今の僕の使命だと確信しました」
「あの……ありがとうございます」
顔が火照ってしょうがない。鼓動だって馬鹿みたいにうるさい。
「だからクレナさん……旅の間は僕から離れてはいけませんからね」
「えっと……はい、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
ドラマのワンシーンを再現しているみたいで、握られた手がとても熱く感じられた。
「では、中へ戻りましょうか」
「はい」
だが、当の本人は無自覚。これは心臓に悪い旅になりそうだと、クレナはコテージへ向かうヨンギの後姿を見つめながら思った。
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