Saelum 02
恐怖心から目を瞑ると、クレナが逃げようとしていた方向から足音が聞こえてきた。片目だけをうっすら開くと、純白の綺麗な革靴と、同色のズボンだけが視界に入る。
(……誰か来た!)
あいつらの仲間かと身を強張らせるも、その足はクレナの横を通り過ぎていく。驚き上半身を起こすと、綺麗な金髪が印象的な男性の後ろ姿が瞳に入り込んだ。
(誰?)
全身純白のスーツを身に纏い、右手には服装に不釣り合いな刀が握られていた。刃が放つ光沢は偽物ではないと素人目でも分かる。明らかにそれは本物の日本刀。
クレナを追い掛けてきた男たちは、突然現れた謎の人物を見るなり、怯んだように後退りする。ナイフを握っていた男は悔しげに顔を歪ませ、舌打ちした。
「もう来たのかよ……
(カンボーイ? なにそれ……初めて聞いた)
聞き慣れない呼び名にクレナは混乱するばかりで、この隙に逃げるという判断すら失う。すると、金髪男は持っていた刀の刃をゆっくり肩に触れるか触れないかの距離まで近付け、低い声で告げる。
「お前たちの行動は
理解不能な発言に、わたしは思わず首を傾げた。
(浄化? この人は何者なの!?)
目の前の人物を凝視していると、背後からまたも人の気配が近付く。
(また誰か来た!)
その人は穏やかな口調で言った。
「無駄な戦いは避けたいのですが……ご理解頂けないのでしたら」
燕尾服の形に似た黒のタキシードを着こなし、いかにも紳士的な好青年。少し癖っ毛の黒髪に丸い縁取りの眼鏡を掛けた彼は、張り詰めた雰囲気にも関わらず、余裕の笑みを浮かべている。右手の中指に嵌めた指輪をそっと左手で覆うように翳した。途端に指輪は青白い光に包まれる。
「
彼の放った一言で、指輪は光輝き、姿形を変えていく。一瞬にして指輪は
「軽く消えていただきましょう」
(なんかサラッと凄いこと言った!?)
顔には似合わない言動。クレナは目を丸くした。
「まずい、逃げるぞ!」
「お前らなんかに捕まってたまるか!」
森の奥へと逃げ出した彼らに銃口を向ける。
「あなた方が逝くべき場所は
静かな森の中で銃声が鳴り響く。彼の放った銃弾は確かにふたりを捕らえた。目の前で人が撃たれたショックに、クレナは声も上げられず、その場で震え見つめるしか出来ない。
(本当に撃った……あの人たちを殺しちゃったの!?)
ここに留まり続ければもしかしたら自分も撃たれるかもしれないと危機感が襲ってきた。震える足を動かそうと力を籠めた瞬間だった。地面に崩れ落ちたふたりを囲むように風が吹き始め、みるみる内に身体が透き通っていく。風は円を描きながら空へと上がっていき、彼らの姿もそれに合わせて消えていってしまった。
その光景を平然と見つめる
「あ……あのっ」
やっと絞り出した声に反応したのは、金髪男だった。
「あんた、どっち?」
「え?」
さらさらの前髪を右側に流し、はっきり確認できる左目は綺麗なブルーの瞳をしている。右目は前髪と、さらに黒い眼帯で隠されていた。
外見に目を奪われ掛けたが我に返る。
質問の意味が全く分からない。
しかも、何もしていないのに睨まれているのは何故だろうか。
「どっちって、なんの事ですか?」
思わず睨み返してしまった。
そんなクレナに目を向けつつ、もう一人の彼はまた指輪を嵌めていた手に拳銃を持ち直し、左手を翳す。
「
その言葉とともに、拳銃は右手の中指に指輪として姿を変える。
(すごい……魔法みたい)
「間に合って良かったです。お怪我はありませんか?」
無愛想な金髪男とは対照的に、彼は優しい口調でクレナに手を差し伸べた。
「立てますか?」
「はい、ありがとうございます」
彼の手を借り、立ち上がると直ぐ間近で目が合う。相手の瞳が大きく揺らいだ。けど、それは一瞬のことで、また笑顔に戻る。
「大丈夫そうですね」
「助けてくれたんですよね? ありがとうございました」
どうやら危害を加えるつもりではなさそうだ。状況はさっぱり分からないままだが、このふたりは悪い人たちではないのだとクレナは確信する。
「いえ、ちょうど近くを通りかかったおかげで気配が早く察知できたんです。あなたは運が良かった」
「あの、意味が分からないんですが……そもそもここはどこなんですか?」
その質問に、金髪男が舌打ちする。顔もいかにもと言いたげなほど不機嫌そうだ。
(なんなの、あいつっ!?)
「あっちは気にしなくていいですよ」
「……さっき消えた人たちってどうなったんですか? それにあなた達はなんなんですか?」
「来たばかりで分からないことだらけでしょう。どうでしょう……わたし達の家へ来ませんか?」
「おい!」
金髪男の制止は、もはや聞いていないように彼は続ける。
「説明すると長くなりますから、お茶でも飲みながらゆっくり」
「なに勝手に決めてんだよ!」
刀を鞘に戻しながら、不服そうにこちらへ近寄ってくる。そんな彼の態度に、にこやかだった彼の顔付きが変わった。
「女の子をこのまま置き去りにしてはいけません。彼女がどっち側にしろ、説明はわたし達の義務なんです」
怖いくらいに真剣な表情。まるで別人だ。金髪男もそれを見たせいか、そっぽを向いて歩き出した。気付くと、さっきまで持っていたはずの刀は姿を消し、左手の中指には指輪が光っている。
「さぁ、行きましょうか」
「は、はい!」
さっきから頭が追い付いていかないが、クレナに悩む余地はない。
今、自分が置かれている状況を一刻も早く理解しなくてはいけないと、クレナはふたりの後を追った。
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