第37話 優しい人
母は病弱だったけど、優しい人だった。
「ジャレッド、あなたは頭が良いから、きっと名門校に進学出来ると思うの。でも、頭が良いからと努力を怠ってはこの世の中で生きて行けないわ。」
「はい。母さん。」
それが母の口癖だった。父は酒癖がひどく、俺が生まれる前に酔っ払って通りかかった王族を包丁で刺し殺してしまい、死刑になったそうだ。
その所為で母さんは、何度も俺に成人しても決して酒を飲んではいけないと言ってきた。
7歳の頃に働きながら独学で勉強を始めた。朝から昼は母の看病や雇い主の元で働き、夜は遅くまで勉強する毎日が3年続いた。
10歳になり、国内にあるそこそこの名門校に受験し、合格した。働いたり奨学金を貰ったりしながらなんとか学費を稼ぎ、なんとか卒業まで行くことが出来そうだった。忙しかったけど、俺が母の看病を怠ることはなかった。
「母さん、俺、早期卒業出来そう。そうしたら、もっと給与の多いところで働いて、薬も買うことができるかも。」
「ジャレッド、父さんも居ないし、私もこんな体だから働けないのに、今までありがとうね。」
「大したことないよ。俺は母さんが大好きだし。父さんは別だけど。」
「……」
母さんは、俺が父さんの話をするといつも悲しみのような表情をする。俺は俺と母さんを置いて死んだ父さんが嫌いだけど、母さんはそうではないのかも。
父さんがどんな性格だったのか、どんな人だったのかは知らない。もう、知ることも出来ない。
15歳の時に早期卒業した。これで母さんも安心出来るだろうと思っていたけど、安心しすぎたみたいで、卒業した直後、永遠の眠りに着いた。
最後で永遠の寝顔は安らかで、ほっとしたようだった。
「さようなら。母さん。」
そう言ったけれど、現実を受け入れることは数日間出来なかった。俺は何日もなにも飲み食いせず、ただ母さんの死体を眺めていた。
ウジが湧いても、ハエが飛んでいても、焼いて骨だけ残し、墓に入れることが出来なかった。そんな姿の母さんを見たくなかった。
そんな生活が終わったのは、大魔法師様がいらっしゃってからだった。
「自分の母親がそんな惨めになっても平気とは、狂っている。この部屋は吐き気がするほど酷い匂いだ。」
「……魔法使い様ですよね?」
「ああ。私にただの魔法使いというのは無礼に値するが、間違いでもない。」
その言葉を聞いて、すぐに正体が大魔法師だと気付いた。大魔法師なら、母を生き返らせることも可能なのではと思った。
母を布団に寝かせ、振り向いて大魔法師様の黒いローブにしがみついた。
「母を、生き返らせることは可能ですか……?」
「そんな魔法はない。例え黒魔法を使って生き返らせても、法律で私の首が飛ぶだけだ。」
「……じゃあ、なぜもっと早く来てくださらなかったのですか?あと、6日早く来てくだされば……」
「当初は2週間前に着くはずだった。だが乗船している時にサメに遭遇し、倒して来たから遅くなった。」
その話は、どうも本当のことだとは思えなかった。なぜか、都合を良くするための作り話に聞こえた。
大魔法師様の説得に根負けし、大魔法師様の炎魔法で母の遺体を骨だけ残し、墓に入れた。
その間ずっと、大魔法師様は俺を羨んでいるような、哀れんでいるような表情をしていた。
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