第28話 喜ばれる悲劇

とある日、護衛とはぐれて悪臭が漂う酷い街に迷い込んだ。


街はそこら中に死体があり、歩く度にクチョクチョと血溜まりを踏むような音がした。


「あの、高貴なお方にここは大変危険です。あっちの方面をまっすぐ歩くと明るい繁華街がございますので……」


少女は俺の後ろを指さしてオドオドと俺の機嫌を伺っていた。俺と同い年くらいだったが、身長は3歳児のように小さく、腕も骨の形がわかるくらい細かった。


でも、若紫色のショートヘアや、紅色のタレ目の瞳はこんな貧しい街を明るく照らす唯一の太陽のように、可愛らしく、光り輝いていた。この頃は、一目惚れだとは気が付いていなかった。


その少女は『ラベンダー』という名前だった。由来は母が好きな花だったから。年齢は俺と同じ5歳。


俺はラベンダーにあったその日から、こっそりと屋敷を抜け出しては貧民街に足を運んでいた。


「この国の人々は花が大好きなんだ。俺の家門、サンダーソニア大公家もね、花が由来してるんだよ。」


「……」


ラベンダーはあまり喋らなかった。でも、表情に感情がすぐ現れるから、無理に喋ってもらう必要もなかった。


俺はよく、ラベンダーを連れて繁華街を出歩いた。屋台で美味しいものを沢山買い、ラベンダーに食べさせた。


ラベンダーが特に好んでいたのは、玉ねぎや肉が刺さった串だった。見かけるたびに食べたい、と言っては、俺が奢っていた。


ラベンダーに頼られるのが嬉しかったから、悪い気はしない。


そんな暮らしが10年続いて俺たちが15歳になった頃、ラベンダーは明るく、よく話すようになっていた。


しかし、あと1年で俺は成人し、結婚しなくてはならなくなった。


だから俺は、ラベンダーに告白し、海外に逃亡して結婚しようと約束した。


決行日は1週間後。毎日バレないように少しずつ荷物をまとめ、家を出る準備をした。


誰にもバレていないと思ったけれど、部屋のドアが空いていて母の使用人が見ていたらしい。その使用人は母に報告し、母は俺の10年前からの行動を徹底的に調べ上げた。


そして、ラベンダーの存在も知られてしまった。すぐに母は刺客を手配し、刺客によって、弱いラベンダーは抵抗も出来ずに殺された。


俺がその事実を知ったのは、ラベンダーが殺されて1年後だった。1年間、俺は屋敷の外に出して貰えず、知ることの出来る情報も限られていた。


婚約者と結婚してから、使用人を通じて事実を知らされた。悲しみが深すぎて、涙すら流せなかった。


それから毎日俺は、椅子に座り、夜まで何も食べずにただひたすらにラベンダーとの思い出を思い出していた。


毎日毎日、ラベンダーは俺の夢に現れ、現実でラベンダーがはしゃぐ幻覚を見せ、俺の頭からラベンダーを離れさせない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る