第4章 血族 第八話

 現在オムス港の船着場中央付近は商船とサミット参加国の船でごった返していた、火急の事態故に直ぐにでも出港したいベルハルド達だが積み込み作業が思う様に進まない状態に苛立ちを隠せないでいた。

『これでは出港すら出来ない…』サミット期間中の船員達は交替制で見張番をたててはいたが非番の者は思い思いにオムスの街を楽しんでいる為に非常召集をかけても集まりきれていなかったのだ。

ベルハルドは憤っていた『食料と水さえ有れば間に合うと言うのに…』いたずらに時間だけが過ぎてゆき陽は西に大きく傾き始めていた、こうしている間にもナルバの街は魔物の大群に蹂躙じゅうりんされているかもしれないと言うのに。


ルシーナ「ベル!許可は降りたわよ!」


 首相官邸で運良くプルコギ首相を捕まえられたルシーナ達は事の顛末を伝えベルハルドの帰国とコールス船籍の出港許可を取りつけオムス港へ駆けつけた。

 しかしベルハルドと船の周りを観れば一目瞭然だった、出港の準備は滞り水夫達も呼び戻せていない…ベルハルドは自身の不甲斐無さに顔を曇らせていた。


ルシーナ「ベル聞いて!プルコギ首相が力を貸してくださるのよ!」


 ルシーナの説明からプルコギ首相が一刻も早く帰国したいベルハルドをおもんばって『新型高速船』の使用を許可してくれたのだ、これによりコールスまでの時間が大幅に短縮される。


ルシーナ「ベル!戦力として連れて帰りたいのは何人居るの?」

ベルハルド「そうだな、護衛として来た者を合わせて20人程は連れ帰りたい」

ルシーナ「…わかりました、ではわたくしも10人程を引き連れて一緒に参ります!」

ベルハルド「?!」

ルシーナ「…と言いたいところですが…」


 『高速船』は未だ試作研究段階で小中型、船員を除けば定員は30名が限度だった。

 当初ルシーナは自ら戦力を率いてナルバへ赴くと言い張っていたがチャールズの許しが得られず断念せざる終えなかった、しかしチャールズは同盟国の危機に『知らぬふりは出来ぬ』と戦力となる人員のみを送ることは了承した。

 イリス王国からはヴィンス隊6名と騎士団からヒーラーを4名の計10名が選ばれた、戦力としてはイリス王国最強戦力のクリス隊が赴くのが妥当なのだが『王族護衛の任を外す訳にはいかない』との声が大きく上がりヴィンス隊に白羽の矢が立ったのだった。


ルシーナ「選抜隊の皆さんには過酷な任務を押し付けて申し訳無いわ…」


 苦悶の表情で選抜隊を見渡すルシーナに選抜隊の10名は選ばれた名誉を笑顔で返すのだった。

 

※※※


 この時代の船舶は帆で風を受け推進力とする帆船が主流で逆風の場合でも魔石の力を風魔法に変換し帆に当て推進力を確保するものだった。

 今回使用する高速船も通常航行は帆を利用するが同時に魔石の力を水と風魔法に変換し外輪を利用して推進力とする技術が用いられていた、本来オラダニアとしては隠しておきたい技術であった事は言うまでもない。


オリビア「お前、まだ起きてたのか?」 

アスル「…オリビアさん…えぇ…眠れなくて」


 月と星の明かりしかない海を突き進む高速船の甲板で夜風に当たるバンパイアが2人、甲板へひとり向かうアスルを見掛けてオリビアは追って来たのだ。


オリビア「…私はお前の全部を認めた訳では無い…」


 オリビアはアスルに対して初めて落ち着いた静かな口調で話し始めた。


オリビア「…先程耳に入った…お前が見も知らない同族の為に例え単身でもコールスへ行きたいと志願していた事を…弱いくせに…」

アスル「そう…私ね!孤児院で育った、皆良くしてくれたし充分幸せだったと思う」

アスル「ローサは本当の姉妹以上の姉妹になれた…でもローサ以外は違った、感情がある様でない何処か冷めた目でみていた」

アスル「…生き残ったバンパイア達の話を聞いて同情なのかも知れない罪悪感からなのかも知れない!私にも何がなんだか解らないの…」


 目を伏せて流れ落ちる涙が風に流され海へ落ちる。


アスル「…でも、放って置けない自分でもどうしようもない気持が湧いてきて…」

オリビア「もういい…全部みなまで言うな…」

オリビア「バレンタイン一族を憎んでいる者も現在いまではそう多くはない…だがハイそうですかと水に流せるものでも無いのだ!」

オリビア「バレンタインは許せない…だがお前とは一時…休戦とする…」 

アスル「オリビアさん…」

オリビア「お前の今後をみせてみろ!」


 アスルは驚いてオリビアを見るがそっぽを向いたオリビアの表情は見ることができなかった。


黒傷「良い話じゃねぇか」

オリビア「?!」

アスル「?!」


 国際会議場の応接室で聴いた掠れた声の男、黒尽くめに特徴のある首飾り神聖教ペイン『黒傷』がそこに居た!オリビアは剣を構えアスルは指先を黒傷に向ける。


黒傷「まてまて!今は殺らない!殺るつもりなら声もかけなかっただろ!」

 

 二人はジリジリと距離を取る、昼間の圧倒的な力を憶えていれば二人がかりでも瞬殺される恐れがあるのは身に沁みているからだ。


黒傷「あ〜おりゃペインのひとりだがよ!魔族全部が憎い訳じゃ無い、さっきのも教会の命令だから仕方無しに…ってのもあるんだ…」

黒傷「最初は殺るために船に潜り込んだ、だが今のお前等を観てると『何か違うな』と思うんだよ」

黒傷「教会は魔族こそが悪!魔族を根絶せねば世界が滅ぶみたいに教えている…でもアルメラ様はそんな事一言も言ってないと思うんだ…俺からすれば人族だって酷いやつは沢山居る…」


 黒傷は少し寂しそうに空を見上げながら話す。

 アスルもオリビアも悲しい記憶を沢山持ち合わせている、しかしその相手は多種多様で決まった種族ではない…人族の黒傷も魔族の二人も異種族と言う以外は何も変わらないのだ。

 

アスル「貴方も色んな事を抱えてるのね…」

黒傷「あぁ…兎に角だ!今は俺の裁量でお前達をからにすると決めた!」

オリビア「…で?この後はどうするのだ?船はコールスまで止まらないぞ」

黒傷「だな〜…じゃあ俺もついでにスタンピードを叩きに行くか!」

オリビア「協力してくれると言うのか…」

アスル「なるほど!敵の敵は味方って言うものね!」

黒傷「あ〜、だがあくまでだからな!お前等が悪と感じたら即殺るからな!」

オリビア「望むところだ!」

アスル「望むところよ!」

オリビア・アスル「でも、ありがとう」


 この後、黒傷を皆に引き合わすのだがひと悶着もふた悶着もあった事は言うまでも無い。

 オラダニア高速船はコールスに向け順調に海路を進み2日後の深夜にはコールス王国ナルバ近海に到着するナルバの民が無事である事を願いながら…。



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