第3.5章 お出掛け 第一話

 セントルアから帰還して2週間が過ぎた、その間のヴィンス隊は日課の訓練に報告書の作成から任務期間中に溜まった雑務と忙しい日々を過していた。

 

ヴィンス「次は…ラヴの籠手だな」


 ヴィンスはラヴ手描きの地図と買い物メモを見ながら目的の防具店を探している、ヴィンスの後には少し不満顔のアスルがトボトボと付いてまわっていた。


アスル「ねぇ〜疲れたぁ」

ヴィンス「…時間通りにこなさないと周りきれないだろ…次が終わればランチタイムみたいだから頑張れ」


 二人は部隊備品の買出しついでに隊員達のちょっとした買い物や用事をさせられているのだ。


※※※


ときは1日さかのぼる。


ラヴ「みんな聴いて!明日の予定だった宰相護衛任務だけど先方の都合でキャンセルになったらしいのよ!」

ローサ「えっ?じゃあお休みですか?!」

ラヴ「バカ言ってんじゃないわよ!この隙間を利用して備品の買出しやら雑務を片付けるのよ!」

アスル「え〜っ!帰還してから休み無しじゃないですか!」

ラヴ「安心しなさい明後日の休日は確約してあげるから…ウフッ♡」

アスル「諜報局はブラックだ!王女に訴えてやる!」


 隊員達はラヴにより組分けされ各々然るべき雑務を言い渡される、その中で1番ハードと思われる買出しを言い渡されたのがヴィンスとアスルだった、王都の街をグルグルと徘徊させられる買出しにはセントルアでのベクター討伐戦で役に立たなかった二人が半強制的に任命されたのである。


ラヴ「二人共!スケジュールはギッシリ詰まってるんだらサボるんじゃないわよ!」


 分刻みのブラックスケジュールだった。


※※※


 と言うわけで、二人は朝からラヴに手渡されたスケジュールをこなしているのである。


ヴィンス「籠手はこれでよし!」

アスル「やったぁ!やっとランチね!」

ヴィンス「ああ……この丘を登ったところだ」

アスル「え〜この丘登るの?どこでもいいじゃん……」

ヴィンス「昼からの予定が丘の向こう側らしい…それにラヴの奢りみたいだぞ『予約してあるから好きなの注文しろ』と書いてある…」


 地図に順路は標してあるがそれとは別にヴィンスには1件ごとに指令が書かれている封書を手渡された、先に全てを開けてしまい見ようとするのが人の性なのだが良くも悪くも諜報員なヴィンスは先に開けず指示通りに事を進める。

 

※※※


 少しキツイ坂の途中には道を挟んで家が建ち並び石垣を挟んでまた1軒と段々畑の様に続いていく。


ヴィンス「辛いだろう!手を引いてやろうか?」

アスル「…な?!なな…なに言ってんの、だ大丈夫!これも鍛錬よ!鍛錬!なんなら先に行っちゃうから!」

ヴィンス「そうか…ころぶなよ…」


 焦って小走りに進むアスルの顔は仄かにピンク色をしていた。

 丘の頂上付近に差し掛かると石積の塀で囲まれた平屋建ての小さなカフェがあった。


ヴィンス「この店だな」

 

 二人は眼下に街とイリス湖を見渡せるテラス席に案内された、この店はテラスからの雄大な景色を眺めながら評判の珈琲を嗜める事で有名なカフェだった。

 アスルはテーブルに置いてあるメニュー表を一瞥する。

 「何を頼んでもラヴの奢りらしいぞ!」とヴィンスは言ったが『お得パスタセット』をたのんだ。

  いついかなる場所でも『超レア肉料理』を注文するのがアスルの定番なのだが今日のアスルは何処にでも居るお年頃の女子の様にお淑やかな注文をした。


ヴィンス「どうした?歩き疲れて食欲がないのか?」


 ヴィンスの言葉に少し『イラッ』としたアスルだったがビレイに教えられた『6秒数えて怒りを抑える』を実践する、そんなアスルの苛つきに気付かないヴィンスはラヴからの次の指示書を開封していた。

 指示書には次の行き先に『イリス湖』と記されているが備考欄に『ランチ中黙ってんじゃないわよ朴念仁!イリス湖の話題でも振りなさい!』と書かれてあった。


ヴィンス「………アスル…イリス湖好きか?」

アスル「はぁ?……」

「ドテッ!」

ヴィンス(ん?なんの音だ……)


 アスルは朴念仁が懸命に捻り出した言葉の意味を見つけ出そうと頭を捻る。

 ヴィンスは何かの音に周りをキョロキョロと見渡すがその視界を避けるように動く影には気づかなかった。


ヴィンス「いや…次がイリス湖の近くの露店街なんだが、遊覧船がオススメらしいから乗ってみるか?(と言えと書いてある)」

アスル「そうね〜折角だから乗ってみる?」


 質問に質問で返したアスルだが横目でヴィンスを見る表情は満更でもなかった。


ヴィンス「まぁ仕事中ではあるがたまには良いだろう…」


 仕事中にサボるなど許さないキャラだった生真面目ヴィンスの諜報局での評判は此処数ヶ月で大きく変化していた、融通の利かない性格は臨機応変になり生真面目さからくる事務的な言動も人の意見をよく聞き柔軟さが増したと言われる様になった。

 

アスル「景色も良いし珈琲も美味しい……」

ヴィンス「そうだな、だが此処は日が落ちてから静かに呑むにも最適だそうだ…」

アスル「へ〜……」

 

 陽射しは心地良いくらいの温かさをくれる、風が緑の間を優しく通り過ぎ少しのあいだ静かな時が流れた。


ラヴ「静かに流してどうすんのよ!『また一緒に来よう』やろがい!」

ローサ「まぁまぁラヴさん隊長にしては及第点ですよ!」


 平屋建てのお店の三角屋根の反対側ではイリスが誇る諜報員『愛の人ラヴ&紅い閃光ローサ』が聞き耳をたてていた。


ラヴ『あ〜あ〜此方ラヴ!聴こえるか?オーバー』

パン『ラヴさん聴こえます!オーバー』

ラヴ『そろそろ引き出しの少ないヴィンスはそちらに向かう!警戒は怠るな!オーバー』

パン『了解した!オーバー』


 今回の作戦は『はたからみたらモロバレだけど二人の気持ちを今一度確かめるわよ作戦♡』だった。

 宰相護衛のキャンセルを言い渡されたラヴが『暇な一日を無駄に過ごさず有意義に使おう』と心に決め発案したのが今回の作戦である。

 そんな事とはつゆ知れずヴィンスとアスルのふたりは次の目的地イリス湖へと向かう。

 


 イリス王国諜報員達はふたりの気持を確かめられるのであろうか!


 若いふたりの運命や如何に!!

 




 


 

 

 



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