第3.5章 お出掛け 第二話

 イリス湖遊覧船は海原を駆け抜ける外洋船ほど大きくはないが2階建てのブリッジが後方に立ち乗船客が息苦しく感じないように甲板を広くフラットな作りにしてある。


アスル「風が気持ちいいねぇ湖面もキラキラして綺麗だし!」


 船首近くのデッキを右へ左へ忙しなく移動しながらはしゃぐアスルは年相応の何処にでも居そうな女の子だ、孤児院出身だからか同年代の娘達より自立心旺盛で自我が少々キツイ『まぁ其処も含めてアイツだから…』そんな事を考えながらヴィンスは水面に映る王都をバックに波の音に合わせて風と踊ってみせる少女に魅入られる。


ラヴ「魅入られる…じゃないわよ!なんなら一緒に踊れ!レッツよ!ダンスよ!」

ローサ「いや〜それってどうなんですかね〜」


 愛の人&紅い閃光コンビはブリッジからふたりの一挙手一投足をチェックしている、そんなふたりの間に割って入る人影があった。


アルホース「いやいや御二人の趣味が覗きだったとはね〜」

愛の人「?!!」

紅い閃光「アルさ〜ん!」

愛の人「……驚かさないでちょうだい、今はアンタに構ってる暇ないのよ」

紅い閃光「今ですね!ゴニョゴニョ……」

アルホース「へぇ〜面白そうだな俺も乗った!」


 任務のついでに王都へ立ち寄ったアルホースが仲間になった。

 遊覧船を降りた二人は少し遅れてスケジュールをこなし始めた、パンにはチーズ・ローサには赤葡萄酒・ビレイにはグラス『今買う必要ありますか?』と言いたくなるような買出しだった。


アスル「あ〜!やっと終わりそうね」


 買出しがひと通り終わり腕を上げ背伸びをするアスルは雑貨が陳列された露店に目を奪われる、シンプルな指輪から手の込んだ作りの髪飾りなどお年頃の女子が好みそうな装飾品がならんでいた。


ヴィンス「欲しいのか?」


 ヴィンスの声はアスルに届いていない、アスルは髪留めを手に取りジッとみつめていた。


ヴィンス「オヤジそれをくれ」

 

 ヴィンスは店主に代金を渡す。


アスル「えっ!いいわよこんな高価な物!」

ヴィンス「セントルアでの礼だと思って受け取ってくれ…」

店主「良かったねお嬢さん、凄くお似合いですよ!」

アスル「ヴィンス…あり…がと…」


 ヴィンスは家族以外に贈り物をした事がなかった、そしてその行為がこれほど迄にこそばゆく照れくさく感じる事なのだと初めて知った。

 その感情を悟られないようにそそくさと歩き始めるヴィンス、置いて行かれないように小走りに付いてゆくアスルは恥ずかしげに俯いていた。


ラヴ「良くやったわ!偶然とは言え及第点よ!」

ローサ「良いなぁ私も欲しい〜」

アルホース「嬢ちゃんになら買ってやるよ!みにいくか!」


 この尾行に興味の薄れてきたローサとアルホースは露店の装飾品を見に行ってしまった、ラヴはと言うと『二人の雰囲気は整ってきた、ここからが本番なのよ!必ず決定的瞬間を!』と仕込みの為に次の目的地にいるパンとビレイに連絡をとっていた。


※※※


 日も暮れ始め空は茜色に変化し始めた、最後の目的地は王城への来賓用に建てられた洋館で一般にも公開されている2階レストランでは王城専属シェフを目指す若者が腕を競う場となり却って面白い趣向の料理が愉しめると評判の店である。


ヴィンス「次が最後の目的地のようだな…アスル見てみろ…」


 地図を指差しながら横に並び不意にアスルの肩を抱き寄せる。


アスル「ちょっ!」

ヴィンス「騒ぐな…そのままの姿勢で聞け」

ヴィンス「何かおかしいと思っていたが、どうやら尾行されている」

アスル「えっ!王都の中で?」

ヴィンス「昼食時に不審な音を聞いてから気にはしていたのだが、これは…相手はかなりの手練れだぞ…」

アスル「どうするの?」

ヴィンス「数は2…3…向こうが上だ…路地を利用してまくぞ!」


 二人はアスルを前に裏路地を一気に駆け抜ける。


ラヴ「気付かれた?『追うのよ!絶対にアソコへ追い込んで!』」


 辺りは既に暗闇に包まれ新月の明かりだけでは視界も極端に悪くなり二人は思うように進めないでいた。

 ヴィンスは敵に足取りを辿らせない様に東へ西へと無軌道に進むがその先々で追手が行く手を阻む、まるで意図的に誘導されているかの様に…


アスル「ヴィンス!アタシもおダメ!アタシ置いて逃げて!」

ヴィンス「クソッこのままでは埒が明かない!アスルしっかり掴まっておけ!」

アスル「ええぇぇぇっ!!」


 ヴィンスはトップスピードで駆け抜けた。


パン『おで…もうだめ……』

ローサ『隊長早い!!』

ラヴ『クヌヌッ!あれ程のスピードを持っていたとは…』

アルホース『いや〜愛だねぇ〜』


 アスルのスピードでは追跡から逃れられないと判断したヴィンスはアスルを抱きかかえスピードを上げ敵を避けながら壁から壁へ屋根から屋根へと王都の空を駆け抜けるのだった。


ヴィンス「ハァ…ハァ…なんとか…逃げられた…みたいだな…」


 ヴィンスは珍しく息も絶え絶えで精魂尽きた様子だったがその全力のトップスピードに追い付ける者は此処にはいない。

 ふと気がつけば二人は最後の目的地である洋館の屋上に辿り着いていた。


アスル「……そろそろ降ろしてもらえるかな……」

ヴィンス「す!スマン!」

アスル「ハンカチ…貸してあげる…」


 アスルは汗だくになったヴィンスを見兼ねてハンカチを手渡す、ヴィンスは汗でびしょ濡れのシャツを脱ぎ手摺に干した。


アスル「はい!喉カラカラでしょ…お酒だけど…」

ヴィンス「でもこれ…いいのか?」


 アスルはビレイのグラスにローサの赤葡萄酒を注ぎヴィンスに手渡した。

 

アスル「あれだけ必死に逃げてたら気付けないか…アレ敵じゃなくてラヴさん達だった、いつもの格好が目についたから…」

ヴィンス「えっ?マジか?でもなんで?」

アスル「……さぁねぇ……」


 ひと安心したヴィンスは手摺によりかかり額の汗を拭うとグラスのワインを一気に呑み干した。


ヴィンス「げっ!喉の渇きにワインは合わないな!」

アスル「アハハハ!水探しに行こうか!」


 先に行こうとするアスルの手をヴィンスがつかむ。


ヴィンス「いや!水はいいからもう少し…熱くなった身体に風が心地良いし……」

アスル「…そう…でも風邪…」

ヴィンス「街の!…夜景も綺麗だから…」

 

 ヴィンスとアスルは心地よい風にあたりながらワインを片手に50万都市の夜景に魅入っていた。

 二人はラヴが企てた最後の目的地でのスケジュールを意図せずこなしていることに気づいていない。


ヴィンス「酔ったのか?顔が紅いぞ」

アスル「何でもないわ…」


 更に逃走中に見た彼の真剣な横顔を思い出し、魅了された事に気付いて照れている彼女にヴィンスだけが気づいていなかった。



 


 

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