第3章 ふたりのTURNING POINT 第一話
ルシーダ辺境伯領より帰還して三ヶ月が過ぎようとしていた、その間ヴィンス隊にはこれと言った任務も無くアスルとローサには自分磨きという名の訓練をさせられる毎日が続いていた。
ビレイ「そこまで!これでアスルの0勝20敗で〜す」
アスル「ムキーッ!どうして勝てないのよ!」
連日行われている体術のみの模擬戦でアスルは本日20回目の敗北を喫した、お尻か膝が地についた方(いわゆる転けたら)の負けなのだがヴィンスは左腕を縄で身体に固定してのハンデ戦での20敗目にアスルは絶叫していた。
ラヴ「アンタは体幹から成ってないの、だからちょっと力を加えられると直ぐにバランスを崩すのよ!」
アスル「いーだ!私は狙撃手だからいいの!」
ヴィンス「アスル、狙撃手は現場で一人になりがちだ護身術の一つでも使えないと困るだろ」
これ迄は狙撃手アスルの傍には誰かしら見張り兼護衛役をつけていた、それでは人手が一人分欠けるのでアスルには自分で自分を守る為の訓練をさせる事に決まったのだ。
ラヴ「やっぱり基礎から鍛え直さなきゃ話にならないわね……そうだわ!こんな時は甲羅よ亀の甲羅!でも今は無いから私をおぶって素手で畑を耕しなさい!」
ラヴがアスルを捕まえようと両手を上げて追いかけだした。
アスル「ラヴさんマジで目が怖い!」
ヴィンス「逃走訓練だ障害物を上手く利用しろ!捕まったら城壁一周だからな!」
アスル「クゥーッ!アンタ覚えときなさいよいつかギッタンギッタンにしてやるんだから〜っ!」
絶叫しながら正門の方へ逃走してゆくアスルと入れ違いに侍女を従えて訓練場へと向かってくる集団があった。
ルシーナ王女「この部隊は賑やかさだけは超一流ね!御茶会の余り物が有るからと持ってきたのだけれど……」
ルシーナ王女は国王の執務室から遠目に観える訓練場でヴィンス隊が騒いでいるのを見掛けたので少し立ち寄ったそうだ。
先日王都で行われた予算会議において国内の児童に対して一定以上の教育を施す為の施設を増設する事及びイリス王国民と認められる全ての児童がその教育を受ける事を法として義務付けたのだ、長期的にみてそれが王国の経済発展に結びつくと認められたのはこの時代としては画期的な事だった。
この法案はルシーナ王女が中心となり発案された物だが、国の法律として定義されたのは世界で初めての出来事であった。
ルシーナ「その祝杯を陛下とたのしんでいたら貴方達の馬鹿騒ぎが目に飛び込んできたのですよ!」
少し意地の悪い言い方をしながら侍女達に運ばせた茶菓子を振る舞うルシーナだったが、立案に際しアスルやローサの何気無い意見を参考にした御礼だった事をサレンにバラされ赤面する可愛いところもあった。
ルシーナ「そんな事よりヴィンス隊長!フリューが馬鹿騒ぎが終わり次第執務室に来るよう伝えて欲しいと仰っておられたわよ」
ヴィンス「宰相が……」
アスル「ちょっと!私が走らされてる間にズルいじゃない!」
アスルを加えて更に騒がしさの収まらない隊員達を置いてヴィンスはフリューの下へと向かった、どうにも嫌な予感を感じながら。
※※※
王城二階の中央付近にある謁見の間への入口を通り過ぎる、そのまま廊下を東の方角に暫く進むとフリュー宰相の執務室がある、両開きの分厚いドアの前には警護の兵士が二人ドアを挟むように立っていた。
警護兵「失礼します、ヴィンス・カーバイン殿が参られました」
警護兵がドアを開き中へと通されると来客用に用意されてあるテーブルソファにはフリュー宰相とクリスチアーノ・カーバインが居た。
クリスチアーノ・カーバイン、氷帝の異名を持つイリス諜報局のエースでクリスチアーノ隊・隊長を務める男だ。
ヴィンス「お呼びにより参上しましたが……何故クリスが居るのですか……」
クリスチアーノはヴィンスの三つ上の実兄であり諜報局の先輩でもある、兄弟仲が悪い訳ではないのだが超が付くほどの合理主義者でヴィンスに対しては事あるごとに諭してくるこの兄をヴィンスは煙たく感じているのだ。
クリス「先ずは話を聴いたらどうだ」
フリュー「まぁまぁ二人共!ヴィンス君は座って、紅茶でいいかな?!」
いかなる時でも変わらない二人のやり取りに王国ナンバー2のフリューでさえ気を使わされる始末である。
フリュー「ではお茶も入った事だし本題をはなそう、ヴィンス君はロンデリオン公爵の事件を憶えているね!」
ヴィンス「はい」
フリュー「ロンデリオンの犯行の一つに魔石の不正取引きがあったのだが……」
当時ロンデリオンはロックウェラで採れる魔石の採掘量を偽り休戦中とはいえ敵国のムーア帝国へ密輸していたのである、当時のフリューは嫌味たっぷりの書簡を皇帝宛に送りつけていたのだ。
フリュー宛で返答は直ぐにあったのだが『寝耳に水である此方も調べて連絡する』とだけで其れから一年以上音沙汰がなかったのだと言う。
フリュー「ところが先々月返答があったのだ」
ロンデリオンから送られた魔石は流れを誤魔化すように幾つもの人物の手を渡りある男の下へと流れていたが一年程前に行方をくらませた。
男の名は『ノーマン・ベクター』帝国内の研究所にいた元主席研究員で現在はイリス王国とムーア帝国の間に挟まれたセントルア王国に居ることも判明したとの知らせだった。
フリュー「その知らせから直にメアリージョンの部隊をセントルアに派遣したのだが」
そのメアリージョン隊からの連絡が数日前から途絶えたのだ、フリューは安否確認の為にクリス隊を派遣する積もりだったのだがクリス隊には国王絡みの予定が詰まっている事とクリスが推薦した事によりヴィンス達に白羽の矢が立ったのだと言う。
ヴィンス「クリスの代わりですか……」
不服そうに応えるヴィンスだったが緊急を要する事態が考えられる事なのでとやかく言うつもりは無い『準備が整い次第出発せよ』との指令を受けヴィンス隊は翌日の早朝セントルア王国に向けて旅立つのだった。
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