第2章 辺境の地で……第六話

 数日が経った、エルマの街にあるアルギン商会の会館を調べ上げたヴィンス隊はニナ達と合流する為に領主邸を訪れていた。

 農林省の管理官達が資料を集めて館の中を右往左往する中、ヴィンス隊とニナは執務室で此の事件の報告書を纏めておかねばならないからであった。


ニナ「ルシーダ領内のニール使用に関する中間報告はこんな感じですね!」


 ニナは飢饉のあった五年前からの資料集めに確認調査・領民への聴き取りなど心身共に疲労の色が隠せない程にやつれていた。

 

ビレイ「ニナ少し根を詰めすぎでは?」

ニナ「心配してくれてありがとう、でもこれは農林省の失態だから」


 駐留している騎士団にルシーダ領内での農林省管理官の護衛と調査の協力を要請した、国境監視以外にやる事のない駐留騎士団は暇を持て余していた事で快く応じてくれている。

 聴き取り調査で多数の領民よりニール使用は領主だけの独断では無く多数の領民の意志も反映されていたと供述があった、何処からも助けてもらえず悪いことだと知りながらも藁をも掴む思いでやった事であり領主一人を裁かないで欲しいと口を揃えて嘆願するのだ。


ローサ「聴けば聴くほど哀しいお話ですね……」


 逆にレイモンドの取調では自分の独断で決め領民には強制したと供述している、どちらもが庇い合い収拾がつかない状態であった。

 

ヴィンス「ニナさん農林省には悪いが俺達はラーニア王国に行かなければならない」

ニナ「そお…やはり行かれるのですね!治安も悪く危険な国だと聞いています、ご武運をお祈り申し上げます」


 レイモンドとアースラからの供述によりラーニア王国に大規模な麻薬製造工場が有ることが判った。

 任務に際し同盟国に何かしらの干渉が発生する恐れのある場合はたとえ諜報局と言えどもフリュー宰相の了承を取らねばならない。

 しかし今回の場合、遠隔地で連絡のやり取りに時間がかかり過ぎる事と現場の意見として早急に対処が必要である事から返答を待たずヴィンスが部隊長権限を行使する事を決めたのだった。


※※※


 ヴィンス隊はラーニア王国モルガナ伯爵領に到着していた、アルギン商会のニール栽培工場は街から幾分かは離れているが隠す気など毛頭ないと言わんばかりに堂々と建てられていた。


ヴィンス(公然の秘密か……国を挙げての犯罪行為か、舐めやがって!)


 日が暮れて労働者であろう人の群れが街へ向かってから二時間程が経っている、ヴィンス達から向って正面に事務所として利用してそうな二階建ての木造建築と事務所左に隣接して馬鹿でかい倉庫のような木造の建物が二棟並んでいた。


ヴィンス(二階建ては事務所、でかいのは一方が素材倉庫でもう一方は製造所と言ったところか)


 辺り一面に拡がるニール畑に身を隠して様子を窺う。

 更に二時間程が経ったが予想通り見張りの人影は無くならない、事務所正面に二人が立ち他の四人が東西南北に一人ずつ畑の見廻りに歩き廻っていた。


ヴィンス「俺とローサで倉庫へ潜入、ラヴとビレイは事務所の方を!アスルは此処から指示を頼むパンはアスルの護衛だ!以上散れ!」

 

 ヴィンスからの念話で指示を受けた潜入組の四人はアスルの指示の下に上手く見廻りを躱して建物に近付いた、ラヴとビレイは事務所の裏側から難なく侵入していった。

 倉庫組はローサが危うく見廻りの男に気付かれそうにはなったが酒の入っていた男は急な小用に事務所へ駆けて行ってくれた。

 潜入組が其々目的の建物に侵入し証拠品を集めようとした矢先に事が起こった、街の方角から一台の馬車が近付いてくるのである。


アスル「貴族のものと思われる馬車が一台くる、街の方角2〜3分!」

ヴィンス「全員打合せ通り!慌てず無理と判断した場合は速やかに撤退しろ」


 馬車が事務所正面に到着すると貴族風の男が従者二人を連れて降り立った。

 男はモルガナ伯爵である、モルガナは馬車から降りると建物の方に向かって叫びだした。


モルガナ「こそ泥たちよ思ったより来るのが遅かったな!待ちわびたよ……(パチンッ)」


 モルガナが指を鳴らすと倉庫の中でヴィンスが放ったであろう雷鳴が響く、間をおいて倉庫の外へヴィンスとローサが弾き飛ばされてきた。


ローサ「隊長!シッカリして!」

ヴィンス「問題ない!それよりお前は逃げろ!」

 

 突き破られた壁の穴から大きな頭が出てきた。


アスル「な……何よあれ!頭が二つ……三つ……」


 その四足歩行の獣は漆黒の毛皮で身を包み犬の様な頭部が三つ『地獄の番犬ケルベロス』だった。


モルガナ「アハハハ、ケルベロス直ぐには殺すなよ!事務所の中の二人も出てきなさい私には見えているのだから、こんなところにさしたる物など置いておかない」


 モルガナの命令にケルベロスは黙って立ち止まり辺りを見回している、侵入したラヴとビレイも事務所から出てきた。


ラヴ「アンタ何物なの?」

モルガナ「今はラーニア王国モルガナ伯爵と言う事になっている、君達はイリス王国の者だね大まかな内容は把握しているが……しかしこれは密入国の上に内政干渉だと思うのだが良いのかね?」

ラヴ「此処で製造された麻薬をイリス王国内で売り捌いているのは判っているわ!素直にお縄にかかりなさい!」


 ラヴの指差す先でモルガナはいぶかしげな表情で首を捻る。


ビレイ「アナタが造った麻薬でどれだけの人が不幸になってると思っているのよ!」

モルガナ「……何を言うかと思えば、自業自得ではないか買うと言うから売ってやっているだけだ」

モルガナ「十数年前この地へ降り立った時、この国は貧困そのものだった」


 魔族との大戦から数年後モルガナはラーニア王国に流れてきた、ラーニアは国土の大半が山岳地帯で大規模な農耕が難しい上に資源に乏しく貧困に喘いでいた。

 領民に貧困層が増えれば治安が悪化し暴動が多発する、限られた富や食料を奪い合い時には殺し合う事さえいとわなくなる。

 

モルガナ「人という生き物はその後どうなると思う?少なからず持つ馬鹿げた良心にさいなまれ現実逃避を始める」

モルガナ「この国にも以前より麻薬は有った、しかし使用後の副作用として嘔吐・頭痛・倦怠感と私から言わせれば粗悪品此の上ない物だったがな!」


 モルガナはニールの花で是迄の麻薬とは違い副作用が少なく安価で製造出来る新種の麻薬を開発する。


モルガナ「欲しいと言うから作ってやった、買うと言うから売ってやったのだ!私から強要などしたことは無い!貴様らが言う需要と供給ではないか!」


 新種の麻薬に目を付けたアルギン商会のアースラはモルガナに近寄り国外への流通を取り仕切った人口の多い国へルートを伸ばす方が荒稼ぎが出来ると踏んだのだ、そして密輸に関し相手の弱みに付け込み恩を売って密輸ルートを確保するのだ。

 大金を使ってでもルシーダ領を狙ったのはルート確保が目的だった、人口三百万を越えるイリス王国はそれ程魅力的だったようだ。


モルガナ「ラーニア王国の連中もニールに関しては黙認している!何故だか解るか?この国はニールで稼いだ金が無ければ滅びるしか無いからだよ!それに要らぬというのに爵位まで寄こしやがったよ」


アスル「だからってやって良いことと悪い事が有るわ!アンタの薬で多くの人が人生を狂わせ家族を悲しませる、可哀想だと思わないの!」

モルガナ「私にはお前達の言う事が理解出来ないな……お前達は害虫が目の前で死んだら其の度に悲しむのか?私には無節操に数ばかり増やし地上の海の自然を食い潰している人族の方こそが害虫にしかみえんのだがな!」


ヴィンス「アスル辞めておけそいつとは話しても無駄だ……モルガナ!正確に言えば俺達はラーニアがどうなろうと知ったことでは無い自国ファーストだからな!だが我等の国に仇なす貴様は此処で葬る、それが俺達の使命だ」

モルガナ「クククッさすがはイリスの諜報員だな!話はもう終わりだ私も法に則り君達を裁こうなどと考えちゃいないよ、闇に生きる者同士闇の掟に従って決着をつけようではないか!」

 

 モルガナが『パチンッ』と指を鳴らすと脇を固めていた従者二人が呻き声と共にオーガへと姿を変えた。


モルガナ「先ずはお手並み拝見といこうか!」


 オーガ二体とケルベロスがヴィンス隊に襲い掛かった、ラヴが居ればオーガ二体はなんとでもなる、ビレイが遠巻きに牽制すればラヴが隙を突いて攻撃する。

 駆けつけたパンが参戦するとオーガ二体に成すすべはなかった、パンが一体を引き付ければサシの勝負でオーガに引けを取るラヴでは無かった。


モルガナ「ほぉ人族にしては中々やる」


 しかしケルベロスの方は簡単にはいかないヴィンスが雷撃を放つも二階建ての家の様な巨体には似合わない俊敏な動きと洞察力で尽く躱された。

 ラヴ達が合流しても戦況は大きくは変わらなかった、ラヴやローサの攻撃を躱す隙にヴィンスの雷撃が極たまに当たるも左程ダメージは与えられずにいた。

 ケルベロス対ヴィンス隊、殆どダメージを与えられないまま時間だけが過ぎてゆく。

 疲れの見え始めた両者はお互いの攻撃を躱しきれずに受け始めていた。


『痛い……』

『もぉイヤだよ……』


 何処からともなく聴こえる悲痛な声にアスルは周りを見渡す。


モルガナ「☓☓☓☓☓!泣き言をいうなケルベロス!

ケルベロス「グルルルもう命令しないで!

モルガナ「☓☓☓☓☓反抗しても無駄だと何度言えば解るか!」 


 モルガナとケルベロスは人族では解読出来ない言語で話している様だった。


モルガナ「ええいっ!これしきの相手に手こずりおって!」


 ケルベロス一体では分が悪いと判断したモルガナは自身も参戦する。


モルガナ「私の手を煩わすな!」


 モルガナの身体が発光したかと思った次の瞬間タンク役としてケルベロスに対していたパンの前に立ちはだかり人の眼では追いきれないスピードでパンのみぞおちに一撃を喰らわせていた。


パン「グガッ!」

ヴィンス「大丈夫かパン!」

モルガナ「この姿に戻る事は無いと思っていたのだがね」


 モルガナは発光が止むと本当の姿で現れた、山羊のような大きな二本の角と背中には蝙蝠の様な大きな羽が生えていた。


モルガナ「地獄の門番、名前は無いモルガナと言う名は人族の世界で生きてゆく為の物だ」

ローサ「アイツ魔族だったの?!」

ビレイ「道理で人を害虫扱いする訳よね」

ヴィンス(地獄の番犬の次は門番か……)

 

 ヴィンスは撤退を考えてはいる、しかしこの二体の底知れぬ魔物達から全員が逃げ切れるとは思えなかった。

 実際二体の魔物には全く隙がない、突撃しては弾かれを繰り返しダメージはヴィンス達のみに蓄積されてゆく。

 歴戦の雄ラヴでさえカウンターを辛うじて防御するのが関の山であった。


ヴィンス「ビレイ!結界を張りながらアスルとローサを連れて逃げろ!」

アスル「アンタなにを言っ……」

ビレイ「問答無用!来なさいっ!」


 指令を受けたビレイはアスルとローサの腕を掴み国境に向かって走り出した。


『それで良い!早く逃げて!』


 門番と番犬二体と人族三人の闘いなど答えは直ぐにでる、モルガナがパンを蹴り飛ばすと背後から迫ったラヴには肘鉄で応戦する圧倒的なスピード差でラヴ達は更に酷くカウンターを喰らい続けた。

 ヴィンスもケルベロスに対して雷撃やスキルを駆使して応戦するが小さな切傷を付けるのがやっとのことだった。


モルガナ「☓☓☓☓☓ケルベロスこいつ等は虫の息だ!女達を逃がすな!

ケルベロス「グルルルル僕はこんな事したくないのに!ガウッグラビティ(重力魔法の一種)」


 モルガナに命令されたケルベロスの眼が紅く光るとビレイ達三人の動きが止まり地面に押し付けられるように這いつくばった。


『もう駄目だ皆を殺しちゃう……』

アスル「さっきから誰?ケルベロスなの?!」

『えっ?!……君聴こえるの?』


 モルガナ以外に自分の声が聴こえていると驚いたケルベロスはグラビティを解いた。


ケルベロス「キャウキャウワォーンお姉さん僕の言葉が解るならお願い!腹部に埋め込まれた魔石を壊して!


 何処からともなく聴こえる声の主がケルベロスだと気付いたアスルは腹部にあると言う魔石を確認する。


アスル「何か分かんないけど判ったわよ!」

アスル「皆!ケルベロスのお腹の魔石を壊すから援護して!ローサは私をケルベロスのもとへ連れてって!」

モルガナ「そうはさせるか!!」


 アスルを抱えたローサは『超加速』でケルベロスへ突進する、ヴィンスとラヴがモルガナの足止め試みるも尽く交わされケルベロスの下へ向かわせてしまった。


モルガナ「此処までだ小娘!」


 モルガナはローサの前に立ち塞がりローサの腹部目掛けて拳を放とうと構えると慌てたローサはアスルをケルベロスの方へ放り投げてしまった。


ヴィンス(な…なんで上に!それでは腹が狙えんだろう!)

モルガナ「馬鹿が!ケルベロスに喰われれば良い!」


 超加速で勢いの付いている状態と身体強化されたローサの馬鹿力で放り投げられたアスルはモルガナの頭の上を越えケルベロスの頭にぶつかる軌道で飛んでいる。


アスル「え〜い!ケルベロス!チンチン!!」

全員「?!!!」


 解説するまでもない、飼い主が犬に教える芸の一種で後ろ脚のみで立ち上がるポーズである、昔ケルベロスが忠誠を誓うハーデスに教えられていたのかどうかは此処では考えないで欲しい。


ケルベロス「バウッ!」


 ケルベロスがそのポーズをとることにより腹部の魔石がアスルの目の前に現れた。


「ダァァァァン!!」

「ピキッ!」


 アスルが右手から放ったダークライフルは魔石を直撃する、しかし以前闘ったダークナイトの時と同じくヒビが入るに留まった。

 しかし今回も以前と同じくアスルに意識を持っていかれているモルガナの脇をすり抜けローサが駆け寄っている!。


ローサ「超加速か〜ら〜の〜……一閃!」

「パリンッ!」


 目にも止まらぬその剣技はケルベロスの腹部に有るバスケットボール程の魔石を貫いた。

 飛ばされたアスルはそのままの勢いでケルベロスの胸へとぶつかるがフサフサの毛がクッションとなり優しく受け止めてくれていた。


モルガナ「おのれ!しかしハーネスが無くなった程度の事、痛くも痒くもないわ!」

モルガナ「☓☓☓☓☓ケルベロスその黒髪を咬み殺せ私は赤髪をやる!


 迫るモルガナにローサはローズウッドを両手で持ち身構える。


モルガナ「お前ごときが私の一撃を受けき『ガゲッ!』」

『カブッガツッゴリッゴキッゴキュゴキュ……ゴックン』


 ローサの目の前には先程まで自分に迫ってきていたモルガナの下半身だけが横たわっていた、ローサの真後ろに居たケルベロスがローサの頭の上からモルガナに噛みついたのである。


アスル・ローサ「た……食べちゃった」

ヴィンス「アスル!そいつから離れろ!そいつはまだ…」

アスル「待って!この子は違うから!」


 ケルベロスの腹部に埋め込まれていた魔石はまさに飼い犬の首輪だった、一定階級以上の魔族の命令には服従するよう施されていたのだ。


ケルベロス「バウバウバウ(アイツ嫌いだったんだ!偉そうに命令しては嫌な事ばかりさせるから)」

アスル「良かった……のよね?、これでもうアナタは自由なのよ…ね」

ケルベロス「バウバウバウバウバウバウ(僕の言葉が理解出来るって事はお姉さん魔族なの?)」

アスル「聞くところによると私は魔族と人族の混血種みたいなの、魔族の血も混ざってるからわかるのかしら?」


 少しちがう、産まれてから魔族と暮らしたことの無いアスルに魔族語がわかるはずも無い、ケルベロスとモルガナの場合は魔族語での会話だったのだがアスルとケルベロスは魔族同士固有の思念伝達の様なものだったが今は二人共(一人と一匹)理解していない。


ケルベロス「バウバウワォーン(僕お姉さんに付いて行くよ!僕の言葉が判るのも大事だけど魔力量が魅力的で)」

アスル「何か良く分かんないけど……ダメなんじゃないかな?たぶん……」


 アスルとケルベロスが話している不思議な光景に痺れを切らしてヴィンスが口を挟んだ。


ヴィンス「アスル!さっきからお前の独り言を聴いていて想像はついているのだが、コイツは付いてきたいと言っているのか?」

アスル「アンタ良く分かったわね!良いの?!」

ヴィンス「駄目に決まってるだろ!こんな奴が王都に現れてみろ街中パニックになって大惨事が起きるぞ!」

ローサ「え〜良いじゃんこの子のお陰で助かったんだし!隊長が上手くやってあげてよ!それにこの子モフモフして触り心地良いし〜」

ケルベロス「バウバウバウグルルルッ(何言ってるか分かんないけど、この男何かむかつくから喰って良い?)」

アスル「だめだめ!!」


※※※


 今回の騒動でラーニア王国の現状とニールに関する全容が明るみになった、イリス王国を含む西方諸国連合議会はラーニア王国が独立した国家として破綻している事を問題視し四方を囲む何れいずかの国家に併呑される事を勧めた。

 ラーニア王国の王族と主要な貴族達が無条件に応じた事に各国は驚きを隠せなかったが、これ以上は独立国家としての未来は無いと悟っていたのだろう。

 協議の結果ラーニア王国は西に国境を接するオラダニア共和国に併呑される事となった。

 オラダニア共和国は西方諸国の中心に位置し国土は小さいながらも交易の中心国家として海洋交易に秀でた国である、国土が狭い分人口も伸び悩み人手を欲していたのが決まり手となった。

 ルシーダ辺境伯領はニールの影響が無くなるまで今後数年間の農耕が不可能となる、領民は他の領地への移民を余儀なくされる上に領主レイモンドの処刑が決定したとのデマ情報が流れた事で一部暴動が起きる騒ぎもあった、だが王国側は飢饉時のルシーダ領への援助等の不備も認めレイモンドへの量刑に恩情を掛けるとの約束で領民達の暴動を起こさせずに済ませた。


フリュー「……と、以上がラーニアとルシーダに関する報告となります」


 イリスノリアの王城にある謁見の間の玉座にチャールズ国王が鎮座し、玉座から見下ろす位置にヴィンス隊の面々が片膝をつき静聴していた。


キヒロ警護大臣「それはさておき!その窓の外の魔物はどういう事なのだ!ヴィンス君!」

ヴィンス「キヒロ閣下……先程も申しました通りです……ケルベロスが勝手に付いてくるのです……」

キヒロ「勝手にと!兎に角何とかならんのか!城内はパニック寸前!何より陛下の御前なのだぞ!」

ヴィンス「それも先程も申し上げました通り、我々人族がどうこうできる魔物かどうか……閣下もご存知でしょう」

国王「まぁ良いではないかキヒロ!アスルあの犬は大人しいのであろう?」

アスル「あの子には絶対に人を傷つけないよう言い聞かせてありますので御安心を!」

キヒロ「そうは言ってもだ……」

ケルベロス「グルルルルッ(アイツ面倒くさそうだし喰って良い?)」

アスル「誰も食べちゃだめ!」


 ラーニア王国を発つ際に説得を試みるもケルベロスはアスルの傍を離れようとはしなかった、説得出来ないと諦めたヴィンス達はパニックを避け夜陰に紛れて王城の中庭に引き入れ今に至る(当然チャールズとフリューには事前に御伺をたてている)。


ヴィンス「このケルベロスはアスルの言う事は素直に聞く……いやむしろアスルに対して忠義を尽くしております、そこで一つの案なのですがケルベロスを王城の門番として使ってやっては如何でしょうか!キヒロ閣下に同席頂いたのもこの事をお伝えしたかったからなのです」

キヒロ「ももも門番にだと?!」

ヴィンス「もし門番として成り立ったとしたら、チャールズ国王陛下は地獄の番犬を飼いならす人族初の偉業者と後世に語り継がれるのではと愚考いたしますが……」

 

 頭を深く下げ笑いをこらえるヴィンスを『コイツたのしんでる』と傍らのヴィンス隊員達は生暖かい気持ちで静聴していた。


国王「成る程、確かに面白い!良かろう魔獣ケルベロスを我が城の門番として雇ってやろうではないか!のぉフリューよ!」

フリュー「陛下が宜しければ……」


 茶番である……昨夜チャールズもフリューと共に事の一切を聴かされている、なんなら門番をと言い出したのはフリュー宰相だったのだから。


キヒロ「へ……陛下ぁ〜……」

アスル「良かったね!ケルベロス!」


 一度言い出すときかないチャールズと喜び合うヴィンス達を見て、キヒロ警護大臣は大きく肩を落とし大きな大きなため息をつくのだった。



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