第2章 辺境の地で……第五話
一触即発の状況だった、瞳孔が大きく開き息が荒くなるレイモンドはダガーのグリップに手を掛けているがまだ鞘からは抜かれていない。
対面に座るレイモンドをニナはなだめるようにゆっくりとそして静かに話す。
ニナ「閣下、落ち着きましょう……此処で私達が言い争っても何も解決しません」
ニナ「出来ればこれからの領民の為になる事を話し合いませんか」
息荒く小刻みに震えていたレイモンドは領民の為と言う言葉に少しずつ落ち着きを取り戻している様だった。
レイモンド「そうだ!領民の為だ!領民の為になる話をしよう」
まだ普段通りとは言えない様子のレイモンドは額から流れ落ちる汗を袖口で拭き取った。
レイモンド「私は止めていたんだ!奴等は君達が気付く前に消してしまえと言った、私は領民さえこのままで……このままで……」
レイモンド「そうだこうしよう!君さえ知らなかった事にしてくれれば良い!何なら金も渡そう」
ニナ「それは駄目です閣下!これ以上罪を重ねるのは辞めて下さい」
レイモンド「何故だそうすれば領地は今のままだし君も潤う……それに私も今のやり方を続けるつもりは無い、後三年いや後二年待ってくれ!それまでにはニールを使わずとも収穫量を保つ事が出来ると考えている」
ニナ「駄目です、閣下もご存知でしょう!ニールを使用した作物を摂取し続けた時に身体の不自由な子供達の産まれてくる確率を……」
ニナ「私も出来る限りの事はします!だから自首して下さい!領民の未来の為に……産まれてくる子供達の為に!」
レイモンドは黙したまま動かない、彼は彼なりに頭の中で心の奥底で葛藤しているのだろう。
ニナは領民の為を考え領民の為に生きてきたレイモンドの良心に最後の望みを託した。
レイモンド「クククッ……君には解らないか……遅かったんだよ!仕方が無かったんだよ!今が無くなれば未来は来ないんだ!!」
レイモンドが一步踏込む、抜刀されたダガーの剣先がニナに向かって突き出された。
「キィィィン!」
こんな世界でも平和に暮らす一般人なら命を狙われる経験などそう多くは無い、剣先がスローモーションの様にユックリと自分に突き出されてゆく『殺されるんだ、お祖父ちゃん』恐怖で動かない身体を更に強張らせ目を瞑った。
『死ぬ瞬間てこんなに長く感じるんだ』ニナは堪えきれず薄く目を開くと自身の胸の先数センチで剣先が宙に浮いていた。
レイモンド「どうなっている!」
ビレイ「兎に角間に合って良かったわ〜」
突き出された剣先から水面にうつる波紋の様に光の輪が拡がってゆく、ビレイが発動した防御結界だった。
部屋へ突入してきたビレイとヴィンスを視てレイモンドが人を喚び出すが誰も応答しない。
レイモンド「賊だ!誰か居らぬのか!デミオ!」
ビレイ「そこ迄よレイモンド!使用人たちには下で大人しくして貰っているわ」
ヴィンス「レイモンド観念するんだな、話は廊下まで聴こえていたぞ」
玄関ロビーではパンが抵抗する使用人を縄で縛り抵抗しなかった者達と共に纏めて見張っていた。
レイモンドは全てを悟り床に膝から崩れ落ちたままの状態で俯いている、そんなレイモンドにニナが語り始めた。
ニナ「前任者のサモンは担当領地での収賄及び恐喝の容疑で収監されているのです」
とある領主の告発により農林省でサモンの収賄疑惑が浮上した、省内会議の結果繋がりのある領地全てを農林省独自で調査する事となった。
ニナはルシーダ領担当となり視察と調査をしているうちにある事に気付いたのだ『ルシーダの耕地には虫がいないどころか蛙や他の小さな動物まで居ないと言うことに』
ニナ「気付いてしまえば答えはすぐに出ましたニールだと、ニールに浸かった作物を動物や虫が避けているのだと、贈収賄で済めばまだマシだと祈る様な気持ちで何度も検査を繰り返しましたが結果は変わりませんでした」
項垂れるレイモンドを騎士団の駐在所へ送るたの馬車を用意するヴィンスにアスルから念話で報告が入った。
アスル「ごめん一人取り逃がした、確かデミオって男!」
ヴィンス「あの男か……心配ない商会に向かったのだろう、お前はそのまま商会で張っているラヴ達に合流しろ」
ルシーダ辺境伯領でのニール使用は王国中を揺るがす事件となる、しかしまだヴィンス達が追っている違法薬物等の件は解決していない。
※※※
ラヴ「ホホホホ、連絡のあった男が入ってから騒がしくなってきたわね!」
ローサ「ラヴさんそろそろ突っ込みますか?」
ラヴ「慌てないの!本命を確認してからよ!」
宿屋で検査結果を見せられたヴィンス達は一つの結論に辿り着いていた。
事は全て飢饉の有った五年前に始まっている、飢饉・飢饉からの急速な復興・アルギン商会のイリス王国への進出・違法薬物の王都への流入増加時期。
そこでヴィンスはニナが動くなら二箇所しか無いと隊を二手に分け一方をレイモンド邸へもう一方をアルギン商会へ差し向けたのだった。
案の定レイモンド邸での出来事でレイモンドを捕獲しニナを保護出来た、方やアルギン商会には逃げたデミオが駆け込むなり荷物を抱えた商会の者達が蜘蛛の子を散らすように彼方此方に散開している。
ローサ「ラヴさ〜ん本当に大丈夫なんですか〜」
商会に到着してから三時間程が経ちローサは暇を持て余し砂地に落書きを書いては消し書いては消しを繰り返していた。
ラヴ「……み〜つけた!」
商会の建物から少し派手目の衣装をまとった代表の男アースラと先程駆け込んだデミオが納屋から出てきた馬車に乗り込もうと近寄っていった。
ローサ「ラヴさん!アイツラですか!」
隣りに居た筈のラヴを見ると其処にはもう居ない、ローサが慌てて馬車の方を振り返ると潰れたキャビンの上にラヴが仁王立ちしているのがみえた。
アースラ「な、何だお前わ!」
驚くのも無理はない、乗り込もうとした馬車のキャビンが大音響と共にひしゃげて潰れその上にピンクのタンクトップに短パン姿の髭面が居るのだ。
ラヴ「のさばる悪をなんとする天の裁きは待ってはおれぬ!愛の人ラヴ・ガーナー見参」
呆気にとられポカンとする二人を背後から跳び越えまた一人参上する。
ローサ「遅れて飛び出てジャジャー……ん?ジャジャジャジャジャジャ…ん?……紅い閃光ローサ・フルニエ見参!」
このコンビはいつかの為にと日夜鍛錬するがヴィンスに固く禁止されていた参上ポーズを決め悦に入っていた。
ラヴ「お前等の悪事はお見通しよ!その抱えた荷物を頂こうかしら!」
アースラ「何か知らんがお前達やっておしまい!」
デミオを先頭に周りにいた商会の男達や雇われた傭兵がラブ達を取り囲み辺りは乱闘となった、しかし愛の人と紅い閃光の前に一人また一人とうめき声をあげて倒されていくのであった。
ほんの数分ですべての男達が呆気なく倒された。
アースラ「な、何なんだお前達は……かくなる上は!」
アースラが懐から二つの魔石を取り出した、二つの魔石は光り輝き二体の魔物が姿を現すウェアウルフとオーガだった。
オーガとは成長すれば体長三メートル程で姿形は人族とほぼ変わらない、頭部に一〜二本の角を持ち下顎から上へ突き出た牙が特徴的だ。
戦闘力は多種類の武器防具を使用する為ウェアウルフの二〜三体分に相当する強敵である。
アースラ「化け物たち奴等を殺せ!」
魔石から召喚された魔物達は主であるアースラの命を受けラヴとローサを標的と決め、先ずはウェアウルフが二人の内で弱そうなローサに
ラヴ「ふ〜ん……ローサ!ワン公はアンタが一人で相手なさい、鬼の方はワタシが相手するわ!」
ローサ「了解でぃす」
ウェアウルフとの対戦は一年前にサレン達に初めて会った時依頼である、以前のローサには到底太刀打ち出来る相手では無かった。
ウェアウルフの攻撃パターンは素早い動きで相手を撹乱し隙を見て鉤爪の一撃で相手に致命傷を負わせるのだ、当時のローサも体術『加速』の連続使用で対抗したが全く歯が立たなかった。
ローサ(私はこの一年で変わった……)
ローサはウェアウルフが自身の間合いに飛び込んでくるのを待っていた、以前ならば後手に回るだけで悪手だっただろうが。
ローサを観察しながら自分の間合いまでジリジリとウェアウルフが詰寄るが其処は既にローサの間合いだった。
ローン「(超加速!からの〜)
ウェアウルフからすれば獲物が視界から消えたら寝落ちした位に感じただろう。
痛みを感じる間も与えぬ程の瞬時に急所を貫き絶命させるローサの『必殺?』技である。
ラヴ「逞しくなったわねローサ♡」
ローサ「エヘヘヘ……」
珍しく褒められた事に照れながら振り向くとオーガは既に倒されラヴの足下で霧散しようとしていた。
アースラは捕らえられこの後ラヴ達により詰問される事になる、荷物の中身が大量の違法薬物だったからだ。
ヴィンス隊からすれば思った通りの結果が出た、いよいよ国境を越えてラーニア王国内に在るアルギン商会の本拠地を調査する事となるのだが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます