第2章 辺境の地で……第四話

 ニナ達管理官一行が領内の視察を始めてから四日が過ぎた、今日も早朝から各村を周り村長と面談や農夫達と作物に対する問題点などの聴き込み等を日が暮れる迄行った。

 通常は領主や領内の担当者が行うような事で王都の管理官がここまで事細かに聴いてくれるのは珍しいと農夫達には好評だった。

 夜もふけ村長から今夜の宿にと提供された空き家の一室でニナとビレイの二人は床についていた。


ビレイ「ニナ……眠れないの?この建物には防御結界を施してあるから安心してくれて良いのよ」


 床に入って半刻あまり、何度も寝返りを打つニナにビレイは優しく声をかけた。


ニナ「ごめんなさい、きになりますよね……」

 

 視察も四日目を過ぎ目に見えない疲労が溜まってきているのは確かだ、ニナはまだまだ若く一般的な健康的女性ではあるが普段から戦闘を目的とした鍛え方をしている自分達とは違うのだなとビレイは思った。


ビレイ「眠れないなら少しお話しでもする?」


 そんな言葉を待ってたかのようにニナが早口で話し始めた。


ニナ「ビレイさんは何故警護隊に入ろうと思ったんですか?……言いたくなければごめんなさい」

ビレイ「……私は魔族との全面戦争の時に前線の村に居たのよ、村は魔族軍に焼かれ家族もその時に亡くなったわ……私だけが今みたいに防御結界を無意識に発動していたみたいなの」

ニナ「ごめんなさい!こんな事きいて!」

ビレイ「良いのよ気にしないで、その時に村の救助に駆けつけたラヴさんに出逢ったの……彼は独りぼっちの私を引き取って育ててくれた、彼はとても良くしてくれたし私は彼を心の底から尊敬している、彼はこの仕事に大反対したけど後は想像に難くないわね」

ニナ「お二人にそんな過去が有ったとは……」

ビレイ「ほんと昔の話よ……」


 話が途切れ少しの間の後ニナが話し始めた。

 ニナの祖父が同じく農林省の役人だったらしい、物心ついた頃は祖父宅の裏庭にある家庭菜園がニナの遊び場だったそうだ。

 学校へ通う頃には菜園の観察日記を続けるニナの脇で作物の話を楽しそうに語る祖父が好きだったという。

 ニナが成長してくると祖父は近場の視察の時にはニナの同行を許した、視察現場での祖父は村長や農夫達と楽しそうに語り合う姿が印象的だった。

 そんな祖父も歳には勝てず告別式の時にある村の村長らしき男がニナに言ったそうだ『君のお祖父さんには本当に感謝している、魔族との戦争で荒れ果てた畑を一緒になって耕してくれた、いつも我々農夫の事を第一に考えどうすればもっと収獲が増えるのか!どうすれば我々が困らなくなるのかと親身に考えてくれたし、間違ったやり方をしそうになったら叱責してくれるのもお祖父さんだけだったよ』涙ながらいった。


ニナ「私もそんな祖父の様になりたくて農林省に入りました」

ビレイ「良い話ね、今のニナをみたらお祖父さんも喜んでくれるでしょうね!」

ニナ「喜んでくれるでしょうか……」


 少し照れくさそうに、でも少し寂しそうに微笑んだニナをみてビレイは『お祖父さんとの思い出に寂しくなったのかしら』と思うのであった。


※※※


 ルシーダ辺境伯領へ着てから一週間が経過した、ニナ達の視察も一段落がつき今夜はエルマに帰っていた。

 ヴィンス隊全員が揃うのは珍しいので夕飯前にミーティングをする流れとなった、各班での調査結果を報告しあい今後の方針を話し合う。


ヴィンス「以上で終わりか……ではビレイとパンは引き続き管理官の護衛役を頼む、俺とアスルはラヴ組と合流でアルギン商会を洗い直そう」 

ローサ「この一週間色んな人に話を聴いたけど何処で聴いても領主様のお陰・商会様々としか言わないですよねぇ〜」

ヴィンス「確かに俺達の方も似たような手応えだ、強いて言えばアルギン商会に雇われている傭兵達位か……」

ヴィンス「ビレイ!ニナさんはルシーダ領の事で何か言ったりはしてないか?」

ビレイ「特に何もなかったわね、疲れが抜けなくて辛そうだったけど、一般女性にあの任務はかなり厳しいと思うわ!」

ヴィンス「そうか……ところでニナさんは部屋か?」

ビレイ「ええ!私達がミーティングで護衛に付けないから今は部屋で休んでもらっているわよ、終わったら外食にでも誘おうと思ってるけど!」

 

 捜査も左程進展せずいたずらに時間だけが過ぎでいた。

 その時、ドアをノックして同行していた管理官の一人が顔を覗かせて言った。


管理官の男「申し訳御座いません、ニナさんを探してるのですが此方にも居られませんね……実はこんな事があり結果を見たニナさんが部屋を飛び出したので……」


 何かの検査結果が書かれた紙をみたヴィンスは全員にニナを探すよう命令した。

 宿屋や周辺を探してみるもニナの姿は何処にも無かった。


※※※


レイモンド「おおっ!ニナ殿自らお越しくださるとは感激ですな!」


 ニナは領主邸に訪れていた、接客用のソファに案内され『珍しい茶葉を手に入れたので』とリンゴの風味が豊かな紅茶が用意された。


レイモンド「視察の方は順調と聴いておりますが如何でしたか?この様な田舎ではテント生活も余儀なくされたとも聴いており心配していたところです……ささっ美肌効果もあると言う紅茶ですよ!」


 ソファに座り二度三度紅茶を口にしたニナが意を決し話し始めた。


ニナ「現在栽培中の作物は立派に成長しておりましたし新たな耕地の開墾も順調に進めておられるようでした、農作業をする方々も村ごとに皆で協力・助け合いながらとても楽しそうに働いておられます」

レイモンド「そうでしょうとも!我が領民は一丸となって復興に取り組んでくれましたからな!私も鼻が高い思いです」


 レイモンドは大声で悦び笑う、うつむき加減で淡々と話ていたニナはレイモンドが笑い終わるのを待つと顔を上げ睨みつけるような目で再び話し始める。


ニナ「ですが!此処ルシーダ辺境伯領で採れた作物は全て焼却処分せねばなりません!」

レイモンド「……どう言う事ですかな……」

ニナ「閣下……は御存知の筈ですよね……ニールと言う植物が持つ危険性の事を!」

ニナ「閣下は領民の未来をどう御考えなのですか?!……」

レイモンド「……」


 ニールは高原から山岳地帯等の標高の高い地に自生する花であり、その花や葉を腐葉土等と混ぜ作物に与えると成長が飛躍的に向上するのだ。

 しかしイリス王国では魔族戦争末期にニールを使用した耕作を法律で全面的に禁止していた、何故ならニールは作物成長の栄養素ともなるが麻薬製造の原材料にもなるからであった。

 少しの間があり青ざめていたレイモンドの顔が徐々に紅く怒りの表情に変わっていく。


レイモンド「王都で温々と暮らしてきたお前達に何が判る!」


 レイモンドは語り始めた、魔族戦争で荒れ果てたこの辺境の地をいちから開拓した。

 年々耕地を広げ領民も少しずつ増えていった。

 小さな村一つから始まったこの地は皆が家族の様に信頼しあい助け合いながら村は町となりその町の周りにまた村が出来てゆき苦節十数年人口は一万を越えた。


レイモンド「だがそれは突然きたのだよ」


 五年前の大陸大飢饉である、大陸全土を襲った厄災は道端の雑草にすら生きる事を許さなかった、干ばつ・日照り・極度の水不足、王都のような大河の近辺ならまだしも小さな河川しかない辺境の地は穀物も枯れ穂や実など壊滅的状況だった。

 それでも領民達は抗い立ち向かい何とか二割程の耕作地を守り抜いたのだ。

 その頃には王都からの援助金や被害の少なかった地方からの物資も目処が立ち何とか次の冬を越せると算段がたったはずだった。

 その日も朝から晴天で干からびた地に追い討ちをかける日差しが恨めしい日だった、夕刻近くになり太陽が西に大きく傾いた頃、太陽が消えてなくなったのかと思わせる程突然辺が暗く変化した、皆が西に有るはずの太陽を見上げると雲に似た黒い影が空一面に広がっていく。

 害虫の群れだ!ルシーダ領に侵入してきた害虫の群れは僅かに残った作物だけでは飽き足らず家屋や倉庫に押入全てを喰らい尽くす、あまつさえ抵抗出来ない家畜までもが被害にあってしまった。


レイモンド「地獄の様だったよ、奴等が飛び去った跡の町の状況は」


 食べる物は皆無、家畜も失くしてしまった、領民の中にも噛みつかれて傷を負った者が多数いた。


レイモンド「冬が越せない……絶望したよ、だが私は落ち込んでいる場合じゃ無いと奮起し再度王都や近隣の領主へ事態を説明し援助を求めた」

レイモンド「だが駄目だったよ他の領地も自領で手一杯!他領地の面倒までは見切れないと言われた、王都も同じだった」

レイモンド「冬が訪れ領地を去るものが続出した、行く宛のない者の中に多数の餓死者も出してしまったそんな絶望的な私達に手を差し伸べてくれたのが隣国ラーニア王国のアルギン商会だった」


 アルギン商会は当面の食料の援助を約束してくれた、節約さえすれば冬を越し来期の収穫まで命を繋げる。

 しかし問題は山積みだった、限られた時間で干ばつと害虫により荒れ果てた穀倉地帯を元に戻す事は不可能に近かった。

 苦悩するレイモンドにアルギン商会から一つの案が提言された『我等が作物の成長を飛躍的に促す肥料を提供する』と、その見返りとしてルシーダ辺境伯領に有るラーニア王国との国境検問所でのアルギン商会への特別な優遇をすると言うものだった。

 これ以上領民を飢餓で失うわけには行かないレイモンドはすべてを理解した上で了承した。

 国土の大半が山岳地帯のラーニア王国では数少ない土地で効率よく農作物を栽培しなければならない、その為ニールの栽培に成功し農作物への利用を合法化しているのだった。


レイモンド「あれは悪魔の囁きだった、しかしこれ以上領民をその子供達を死なせたくない……イヤ!死なせるわけにはいかなかったのだ!」


 経緯を語るレイモンドは額に汗が浮かび目を見開き、そして腰帯に携帯しているダガーをそっと握った。




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