第2章 辺境の地で……第三話

 王都を出て十日目の朝が訪れた、この十日間ひたすら馬車に揺られ続けてきた。

 前の五日間は森を抜けた為時折小さな魔物に出くわし戦闘になる事も有ったが日陰も多く夏の日差しが避けられたのは大きかった。

 辺境伯領に近づくにつれて周りの風景は緑から黄土色に変化してゆき日差しを遮る木々も無い荒野といった感じで熱気が酷かった、但し獣達は熱気を避けてこの辺りにはいない為に襲撃を受けずに済んだのは有り難かった。


ニナ「皆さんおはようございます!朝食の用意ができましたよ」


 朝から元気が良い娘の名は『ニナ・バーミリオン』イリス王国農林省の管理官である。

 今回のルシーダ領での調査の為に旅費等の見積をフリュー宰相に提示したところある条件を付けられた。

 農林省がルシーダ領での管理官の護衛役を探してるので其処に同行せよとの事だった『旅費以外にも報酬まで出してくれるからラッキーだね!』と軽い感じで言われた事と何処からこの様な話を探してくるのか?!とヴィンスは少し苛ついた。

 ニナはヴィンス達の事を王都警護隊であり王都で起こった事件の捜査兼自分達の護衛役としてルシーダ領へ行くのだと聴かされていた。

 全員で輪になり用意された野菜のスープとパンを食べながら朝のミーティングが始まった。


ヴィンス「今日の夕刻にはルシーダ領に着くだろう、やっとこの熱気しか無い荒野ともおさらば出来る」

 

 口には出さないが全員喜んでいるのが表情で判った。


ヴィンス「此処からは三班に別れて行動する、ニナさんの農林省組にはビレイとパンが護衛として帯同、ラヴとローサは商会として街を中心に、俺とアスルは警護隊として容疑者の身辺から調査を始める」

ヴィンス「ニナさんには我々の素性がバレないようにだけ気を付けて頂ければ結構ですので」

ニナ「了解です!でもさすが警護隊の方々ですね!我々のお仕事とは緊張感が違います!」


 この場にいる者達はにこやかにおっとりと話すニナに癒される思いだった、同じ王国の同じ役人なのに住む世界が違うとここまで違うものかとさえ思う程であった。


※※※


 昼過ぎにルシーダ領に入ると景色は再び緑の量が増えていった、一つ目の集落が見える所まで進むと見事な穀倉地帯が広がり始めた。

 作業中の農夫に聞くともう一息頑張って進めばルシーダ領の中心地『エルマ』に着くと教えてくれた。

 エルマは辺境の街らしく高さこそあれ木製の柵で囲まれていた、領民の半数程がこの街に住み残りの半数程が各々の集落を作り農作業に勤しんでいるようだった。


 街に入ると農林省組は領主邸を目指した、先ずは到着の挨拶を済ませる為だ。

 ラヴ&ローサの商会組とヴィンスとアスルの警護隊組は『今日はもう遅い』と任務遂行は明日からとして長旅の疲れをとるために宿を手配し休息する事とした。


※※※


 街の北側へ緩やかな上り斜面を進むと領主の館があった。

 街なかの建物もそうだがルシーダ領は木製の建物が主流らしい、領主の館も木製で大きめに造られてはいるが領主の館としては質素で小ぢんまりとしたものだった。


使用人「領主様、王都のお役人様方がお越しになられました」

 

 腰の曲がった使用人に案内され執務室へ通されると領主である『レイモンド・ルシーダ』辺境伯が所狭しと積み上げられた書類や書籍の隙間から顔をのぞかせた。


レイモンド「出迎もせず申し訳ない!良くぞお越しになられた!おわっ!」


 慌てて出迎えようとレイモンドが席を立つと机の上に積まれた書類達が雪崩のように床に散らばった。

 腰の曲がった使用人が拾い片付けるのを尻目にレイモンドはニナの元へ近寄りニナの右手の甲に挨拶をした。


レイモンド「新しい管理官殿がこんなに美しい方だったとは、レイモンド・ルシーダです!この度はお世話になります」

ニナ「ニナ・バーミリオンと申します、前任者よりご領地の事は引継を済ませておりますが確認の為に数日は閣下のご領地にて調査をさせて頂きますがご了承ください」

レイモンド「当然です!ただ私も多忙でして、代わりに私の従者でデミオと言う者を案内役として付けますのでその者に何也とお申し付けください」

レイモンド「ところで前任者のサモン殿からは仕事以外で何かお聴きになられてますか?」

ニナ「仕事以外ですか?……何でしょうか?」

レイモンド「では正直に申します、実は私は生まれも育ちもこの様な田舎ですから、王都の役人様……ましてや女性の役人様にどの様に歓迎して良いものか悩んでしまうのです!なので交代等の時には前もってお知らせ頂きたいと申し上げていたものですから」

ニナ「そういう事でしたか!ではご説明させて頂きますが我々農林省の管理官は任務に際し一切の歓待及び金銭のやり取り等を固く禁止されておりますのでご安心ください」


 農林省でのニナ・バーミリオンはクソが付くほど生真面目で省内では融通の利かない頑固者と陰口を叩かれる程だった。

 顔合わせは滞り無く終わり管理官一行は領主館をあとにした。


レイモンド「デミオ君聴いての通りだ、急にサモンからの連絡が途絶えたのでまさかとは思っていたが……代わりのアレは簡単にはなびかん人種だな商会にも報告しておいてくれ」

デミオ「いっその事消してしまう方が早かろう」

レイモンド「今後のこともある自重してくれ……すべては領民の為だ」


 先程迄は管理官達ににこやかな表情で接していたレイモンドだったが今の彼は苦悶の色が見え隠れしていた。


※※※


 翌朝ニナ達管理官一行は従者デミオに案内されエルマから北の村落に向けて出発した。

 ヴィンスとアスルの二人は日の出と共に出立しエルマから西へ二つ目の村落にある容疑者アコースの自宅へ向かった。

 目的の村落に向かう道中は右も左もまだ青々とした成長途中の小麦畑が広がっていた。

 正午前には目的の村落に到着しアコースの自宅を見つけるのに時間は掛からなかった、農夫の自宅らしく庭に納屋があり玄関周りには農具が処々に立て掛けてあった。


ヴィンス「お前はどうする?辛い話になるだろう……待っていても良いんだぞ」

アスル「ありがとう……でも色々避けてちゃ成長しない!でしょ!」

男「おいアンタら!」


 玄関先で話しているヴィンス達に声を掛けてきたのはこの村の村長だった、この辺りでは見掛けない二人組がうろついていると通報があったとの事だ。


ヴィンス「心配させてすまない、詳しい事は話せないが俺達は王都の警護隊だ」

村長「儂ら田舎者にそんな物見せても本物偽物の区別などつかんわい!」


 ヴィンスが身分証を見せながら村長に説明していると家の中から騒ぎを聞きつけた初老の女性と少しお腹の膨らんだ若い女性が出てきた。


アスル「あの!サナイさんの親族の方ではありませんか?!」

 

 村長とのやり取りでは埒が明かないと思ったアスルはサナイの知り合いである事で怪しい者ではない事を証明しようと考えた。


初老の女性「貴女サナイのお知り合い?」

アスル「そうです!サナイさんの頼まれ事でお伺いしたのですが村長さんに怪しいと疑われてまして!」


 アスルはサナイから預かった手紙二通を初老の女性にみせると筆跡がサナイの物だと判り村長を諭してくれた。


初老の女性「私はサナイの姉のエスミでこの娘は姪のユマです、遠路はるばる良くお越し下さいました、たいしたおもてなしは出来ませんが中へどうぞ」


 エスミはヴィンス達を招き入れようとしたが村長は『何かあってからでは遅い』と頑なに言い張り結果的に同席する事で納得させた。


※※※


 部屋に入りこの後の話に村長も同席して構わないかを確認したヴィンスは王都での出来事を詳しく話した。

 ひと通り話が終わったところでアコースの遺品を診てもらうとベストがユマの手製であったらしくベストを抱きしめながらユマは号泣した。


ヴィンス「現場では警護隊が治療を試みたが既に手遅れだったと聴いています」


 アコースが王都に居た理由を聞くとルシーダ領に根を張るアルギン商会の存在が判明した、商会は月に2〜3度王都へ商いの物資を輸送するのだそうだ、その際に輸送隊の人員不足を補う為に農閑期の農夫が報酬目当てで御者役を引き受けているとの事だった。

 

ヴィンス「職務上お聴きしなくてはなりませんが……アコースさんは違法薬物に何等かの関係を持っている形跡はありましたか?」

村長「そんな事聴いたこともないわ!のぉエスミ!ユマ!」

エスミ「あの子は昔から家族思いでクソが付くほど仕事に真面目な子でした……警護隊のご厄介になるような事はせぬと信じております……」

ヴィンス(本当に辺境の地の素朴な農民一家なのだろうな……)

 

 悲しみを堪えながらヴィンス達の質疑に丁寧に応えるエスミとユマにさすがのヴィンスも罪悪感を感じずにはいられなかった。


村長「もぉええじゃろ!家族を失った二人にこれ以上失礼な話はやめてやってくれ!」


 静かに聴いていた村長が堪り兼ねて激しく文句を言い出した。


ヴィンス「分かりました……色々失礼なことを言って申し訳ありませんでした」

ヴィンス「我々は之にて失礼しますが、暫くは捜査の為にエルマに滞在します、またお聴きしたいことが出来たら申し訳無いがお伺いします……ではこれで」

 

 宿屋への帰路につくヴィンスとアスルの二人は言葉数少なく静々と歩き続けていた。

 

ヴィンス「あの妊婦、無事に出産出来ると良いな……」

アスル「えっ?アンタが他人の心配するなんてビックリするじゃない!」

ヴィンス「俺にも情ぐらいあるさ!何だと思っているんだ……」

アスル「あら!仕事のと思ってましたわ、ごめんあそばせ!」

ヴィンス「フンッ……」

 

 いつもと違い感情移入のし過ぎで塞ぎ込む位に落ち込まなかったアスルを見て少し安心するヴィンスだった。

 

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