第2章 辺境の地で……ep2

 明くる日の朝ヴィンスとアスルは王都の中央にある噴水広場に居た、広場には朝市の露店が立ち並び新鮮な食材を求める人や仕事場へ出掛ける人達でごった返していた。


 広場の脇にある露店の長椅子にヴィンスとアスルが朝食のサンドウィッチを頬張りながら座っていた。


アスル「この玉子サンド美味しい……」


 朝早くからの出勤命令のご褒美として巷で評判店のサンドウィッチを要求したアスルは幸せそうに言った。


ヴィンス「ゆっくり味わってないで早く食っちまえよ」

アスル「あ〜後は隣に居るのがアンタじゃ無ければね〜……」


 昨晩押収した手紙の内容を調べたところ広場の目と鼻の先に住むサナイ・イレラルと言う女性宛だと判明した、内容はごく普通に身内への近況報告だった。

 何かの暗号かとも疑って調べてはみたものの只の手紙以外何物でもなかったので一度その人物に会いに行くことになったのだ。

 当初はヴィンスとローサの二人が行く事になってはいたが二日酔が酷く起き上がれないローサに代わり急遽アスルが来る事になったのである。


ヴィンス「おい!もう行くぞ!」

アスル「あっ!まだジュースが残って!!」


 ヴィンスは飲みかけのオレンジジュースに後ろ髪を引かれるアスルの衿足を掴んで引きずりながらサナイ邸へと歩を進めた。


※※※


 広場から2ブロック程西へ歩くと同じ形の家が数軒建ち並びその中に目指すサナイ邸があった。


 アスル「番地も合ってるし表札もイレラルと間違いないわ」


 ヴィンスがドアをノックすると直ぐに応答があった、暫く待つとドアが開き中から初老の女性が顔をのぞかせた。

 ヴィンスはその女性がサナイ・イレラルだと確認すると自らを警護隊と偽り昨夜押収した手紙を女性にみせ事情を説明した。

 サナイは酷く困惑していたが手紙はルシーダ領に住む姪子からの物で姪の旦那はアコースと言いルシーダ領で農夫をしている事を教えてくれた、しかし会った事は無いらしく身元確認は出来そうになかった。

 事件に関与或いは巻込まれた可能性があるのでルシーダの家族にも会いに行かなければならない事を伝えると姪への手紙を届けてほしいと頼んできた。


ヴィンス「規定違反になるが事情が事情なだけに引き受けよう、日暮れ頃に人を遣わすのでそれまでに用意してくれ……ではこれで……」


 そう言うとヴィンスとアスルはサナイ邸をあとにした。


ヴィンス「アスルお前は日暮れまで見張っておけ」

アスル「えっ?サナイさんを?何故?」 

ヴィンス「ああは言ってもあの女が組織の人間では無いと言う確証はない、良い人間を演じているだけかもしれん……」

アスル「アンタ本当に嫌な性格してるわよね」


 ヴィンスは決して間違ってはいない、だが諜報員になって間のないアスルは素直に受け入れられず何もかもを疑ってかかるヴィンスを認められずにいた。


※※※


 日暮れ近くになった、玄関先が見える路地にアスルは座り込んでいた。

 正午頃にサナイが一度出掛けたので後をつけたが広場近くにある評判の菓子店で買い物をするとそれ以外には何処にも寄らず帰宅していた。


アスル(そろそろ良いかな……)


 少し早いと思ったが痺れを切らして玄関ドアをノックするとサナイは直ぐにドアを開けアスルをリビングへと迎え入れた。


サナイ「お嬢さんごめんなさいね!紅茶でも如何かしら」

アスル「ありがとう御座います、でも任務中なのでお気持ちだけ頂きます」


 疑う事に気持ちが引けているアスルはサナイの些細な好意を痛く感じるのだった。


サナイ「気が利かなくてごめんなさいね」


 そう言うとサナイは用意していた二通の手紙と箱に入った焼菓子を二箱テーブルに置いた。


サナイ「面倒をお掛けするけど手紙は姪のアレッサとアレッサの母親で私の姉への二通をお願いできるかしら、それにきっとあの子は悲しむからあの子が以前に美味しいと喜んでいた焼菓子も添えて……もう一つはお願いを聞いてくれる貴女達へ……」


 手紙の内容は聴いてはいない、だがサナイは恐らく哀しい報告を聴くであろう身重の姪と姉への気遣いに菓子を添えたのだろう。


アスル(こんなに優しい気遣いができる人を疑うなんて……)

アスル「確かにお預かり致しました、必ずご家族にお届け致します」


 この場には居ても立ってもいられない感情が溢れたアスルはなんとも言えない顔で足早に帰路につくのだった。


※※※


 預かり物を携えて諜報局室へ戻るとヴィンス隊の面々が出迎えてくれた。


ローサ「アスルお疲れ様」

ビレイ「お疲れ様!紅茶いれたから座りなさい」


 アスルは身体が疲れを感じている訳では無い事は判っていた、あの女性を疑わなくてはならない任務に心が追いつけない事に疲れを感じているのだ。


ヴィンス「アスル、預かり物はこれで以上か?」


 ヴィンスは中央のテーブルに置かれた預かり物の中から手紙を取るとその封筒にペーパーナイフをあてようとした。


アスル「ちょっと!アンタなにしてるのよ!」

ヴィンス「何って?中身を確認するに決まってるじゃないか」


 語気を荒げて詰めるアスルに当然の事だとヴィンスは平然と答えた。


アスル「やめなさいよ!」

ヴィンス「必要事項だ」


 嫌な空気が流れる、アスル自身も中身を検めなければならないのは十分承知しているしそれが職務であることも頭では理解している、ただ年端もいかないこの少女は感情が追いついてこないのだ。


ラヴ「はいはい其処まで!ヴィンスは言葉が足りなさ過ぎ!アスルは感情に押し流され過ぎ!これはアタシがやるから二人は外で頭冷やしてきなさい!」


 二人は部屋から追い出される様に閉め出されると各々違う方向へ歩き出した。


※※※


 アスルは部屋から出ると庁舎の階段を上へとあがる、屋上に出る扉を開くと山脈からの吹き下ろしの風が『ピッッ』とアスルの髪を乱した。

 アスルはため息をつきながら乱れた髪をかき上げると目の前に王都の夜景がキラキラと美しく輝いていた。

 丘の頂上にある王城からの夜景には劣るが丘の中腹にあるこの建物からの夜景も満更ではないと思っていた。


アスル(何やってんだろ……)


 自分が子供みたいに癇癪を起こしているのは解っている、だから叱られたり注意をされると何も言えなくなる。

 どうにもならない気持ちを綺麗な夜景で中和出来たらと考える。


 アスル(ダメだな……孤児院に居た時と変わらない……)


 孤児院では良い子を演じていた、年下の子供達の面倒を見ながら大人達の仕事も手伝った、褒めて貰うことで周りの人達に自分の価値を認めさせ自らの気持ちも保ち続けてきた。

 しかし時には上手くいかなかったり失敗する事もある、そんな時は頭では駄目だと分かっていても感情を爆発させてしまう自分が嫌だった。

 諜報局に入隊して1年間は身体強化や魔術の応用を仕込まれた、現場デビューすると部隊内での連携から各々の癖まで把握させられた。


アスル(教えは卒なくこなしてきたつもりだけど……)


 落下防止の柵に寄り掛かり夜景から星空に目線を移そうと顔を上げると視界の隅に人影が入る。


アスル「アンタ!(いつから?)」


 驚いた表情で一歩後ろへ引いたアスルにヴィンスが話し始めた。


ヴィンス「さっきは悪かった……」

アスル「あ……え……」


 いつもと対照的なヴィンスの謝罪の言葉に驚きどもるアスルにヴィンスは話し続けた。


ヴィンス「色んな事でお前なりに理解してる事は解っているしお前もローサも諜報局の任務にジレンマを感じながらも適応しようと努力しているのもみえてるからな」

アスル「あ……あの……アンタもアンタなりに私達の事を考えてくれようとしてる事は理解しているつもりよ!」

ヴィンス「俺なりに考えてはいても言葉が少なくお前達に伝えきれないのは俺の未熟さだ反省している、だがこれだけは解っていて欲しい」

ヴィンス「お前達は大事な仲間だ、諜報局では俺ですら一つの駒位にしか思われてないだろう、だが俺達の部隊は違う!お前達の替えは居ない、だから俺達はお前とローサには生き延びるための全てを伝えていかなければいけないと思っていると言うことを……」


 口下手なヴィンスが気持ちを伝えたい一身で早口でまくしたてた。

 アスルは黙っている、だがヴィンスの話しは理解しているし自分が間違っていた事も間違いに気づきながらも素直になれない自分の未熟さも……


 アスル「……それよりその両手に持った飲み物はくれないの?」

ヴィンス「あっ……どうぞ……」

アスル「なによそれ」

ヴィンス「うるせぇ」

アスル「冷たくて美味しい……アタシもごめんなさい」

ヴィンス「ああ……」


  いつの間にか気持ちが中和されていたアスルは冷えた紅茶を楽しみながら吹き下ろしの風を心地よく感じていた。




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