第2章 辺境の地で……ep1

ルシーダ辺境伯領、イリス王国西部の国境沿いにあるこの地は人口一万人余りで農業を主産業としている。

 五年前に大陸全土を飢饉が襲った、ルシーダ辺境伯領は他の領地よりも深刻な被害に見舞われ多数の餓死者を出す程の壊滅的打撃を受けたが領主を筆頭に領民一丸となり奮起し年々収穫量を増やし今年の収穫見込は飢饉前を越えるのではと言われていた。


農夫A「今年も問題なく収穫までいけそうだな」

アコース「ですね!この分なら去年よりも一層収穫が増えそうだ領主様のお陰だな」

農夫B「アコース!此処に居ったか!御者役のミソ爺が腰痛なんで代わって欲しいらしいんじゃが……」

アコース「代わる?王都までの定期便か?」

農夫A「おお!良い稼ぎになるな!お前んとこはもうじき子も出来るんだから一儲けしてこい!」

アコース「そだな良い話貰ったよ!嫁に報告してくるよ!」

農夫B「いやいや、ルシーダ様々じゃのぉ」

 

 辺境の地で農夫達は荒地を開拓し耕し沢山の実りを祈りながら毎日額に汗していた、五年前の苦い思い出を繰り返さない為に。


※※※


 王都の民も寝静まる深夜、アスルは王都の南エリアにあるひと際高い鐘塔の上にいた。

 夏の最中で真夜中とはいえ昼間に焼かれた石造りの建物からの熱気はまだまだ冷めずにいた。

 時折王都の北にある山脈からの吹き下ろしの風が唯一の心の和みになっている。


アコース(こいつ等いったい何なんだ?何で追われなきゃならんのだ?!)


 ルシーダ領のアコースは王都に居た、そして状況を理解出来ないまま追われる立場となっていた。

 

ヴィンス「アスル!ホシ二人は中央通りから東方面へ逃走中!捉えているか?」

アスル「ちょっと怒鳴んないで!今凄くいい風がきて和んでるとこなんだから!」 

 

 地上でホシを追走しているヴィンスから念話が届き少し苛つきながらアスルは応える。


アスル「イーグルアイで良くみえてるわよ!直線距離にして500メートル、ホシは二人共に息切れが激しくなってきてる様子よ!今なら狙えるわ!」


 アスルはこの一年で数多くの身体強化系スキルを仕込まれたがその中でもイーグルアイはひと際役に立っていた、鷹が高高度からでも小さな獲物を発見するが如く狙撃の際のスコープの様に小さな標的がクローズアップされるのだ。


ヴィンス「良いだろう、やれ!」


 ヴィンスのGOサインを受ける前から狙いはつけていた、50センチ足らずの銃身に照準具が付いているだけのただの棒に見えるこの鉄製の器具をアスルは右手の人差し指に装着している。

 

「ダァァァン!」


 アスルの人差し指から発射された黒弾は銃身の内側に施された螺旋状の溝によるジャイロ効果でより正確により遠くの標的をとらえることが出来る様になっている、D.I.O.の研究室がこの一年の試行錯誤の末にアスル専用として開発した代物である。


アコース「あがぁぁっ!」


 アスルの放った黒弾は逃走中のアコースの左太ももに着弾した。


アコース「うわぁぁ駄目だもぉ走れねえ!助けてくれ!おいてかないでくれ!」


 アコースが前を走る男に助けを求めるとその男は立ち止まりアコースを見て何かを考えていた。


男「手を貸せ!」


 男はアコースに手を貸し立ち上がらせると無言のままアコースの首にナイフを滑らせた。


アコース「ガガッ……ゴォッ……」


 喉を深く斬り裂かれたアコースは言葉を発する事が出来ず呻き声の様な音だけをたてながら膝から崩れ落ち息絶えた。


男(捕まって余計な事を言われても面倒だからな)


 男はアコースが死んだ事を確認すると再び闇の深い方を選んで走り始めた。


アスル「一人は観念したのか動きを止めた!もう一人はラヴさん!そっちに向かっています!」

ラヴ「オーケー!任せなさい」


 念話を受けると先回りしていたラヴはもう一人の男の前に立ち塞がる。


ラヴ「此処までよ!観念なさい!」

男(クソッ!こうなりゃ一か八か!)

 

 追い詰められた男は腰袋から小さな石を取り出すと徐ろにのみこんだ、組織の掟のようなものだ「捕まる位ならのめ!」


男「ガアァァ!」


 男は上手く呼吸ができないのか胸のあたりを抑えながらうめき声をあげ続ける。

 苦しむ男の身体はボコボコと音を立てながら膨らみだした。


ラヴ「こ……これは!」

 

 ラヴの眼の前で発光しながら人の倍程の大きさまで膨れたあがった男は次の瞬間オークに姿を変えていた。

 オークとは体長2〜3メートルある豚や猪に似た二足歩行の魔物である、動きはさほど速くは無いパワータイプの魔物で知性は乏しい。


ラヴ「人が魔物に変化した……」


 人が魔物化する事は珍しい事では無かった、例えばバンパイアが人を眷属化する際に同じバンパイアにする、アンデッドが対象者を殺害した際に同じアンデッドと化す等と。

 しかし今回はそれらとは大きな違いがあった、魔物化するのに魔族や魔獣の何かしらの力の作用を必要とせずに変化したからだった。


ヴィンス「ラヴ!呆けるな!」

アスル「援護します!」


 珍しく動揺のいろを隠せないラヴの前でアスルの狙撃による銃痕がオークの身体に一つまた一つと増えていった。

 

ラヴ「お前!一応聴くけど意識はあるのか?!」


 オークに変化したとはいえついさっきまでは何処にでも居る人族だった男に今もまだ話しが通じるかを確認したかったのだ。

 だがオークは返事を返すどころか反応すらせずに何処からともなく飛んでくる黒弾に我を忘れて暴れまわっていた。


ラヴ「やむを得ないわね……」


 一瞬の出来事だった、オークの正面に立ったラヴは右の拳を引き力をためる構えをみせた。


ラヴ「無双流 貫き!」


 只の正拳突きの様にみえたその一撃はオークの上半身を一瞬で消し飛ばしていた。


アスル(凄い……動きが目で追えなかった……)

ヴィンス「オークは片付いたか……こっちの奴は手遅れだった、ポーション類も効果はなかった」


 喉を斬られたアコースは駆けつけたローサが救命処置を施すも間に合わなかった様だった。


ラヴ「また手がかり無しか……」

ヴィンス「いや……喉を斬られた奴がこんな物を持っていた、王都内の住所だ」 

 

 喉を斬られて絶命した男の身元を知る為に持ち物を調べたところ一通の手紙が出てきたのだ。


ヴィンス「ビレイこいつ等のアジトからは何かしら見付かったか?」

ビレイ「なにもないわね!部屋にはテーブルセットと飲物だけ、今回も目ぼしい物を一切置かないパターンだったわ!」


 イリス王国では数年前から違法薬物による犯罪増加が問題視されている、数年前にチャールズ国王は薬物に対する刑法を見直し違法薬物の製作・売買・所持・密輸入を重犯罪として取り締る事を自国民だけにとどまらず諸外国へも宣言していた。

 王都内での犯罪は王都警護隊と言う組織が取り締まる、警護隊は各々の都市に拠点を持ち王都なら王都警護隊と言いマリチュードならマリチュード警護隊と呼ばれていた。

 本来ならば王都内での犯罪に外交省のヴィンス隊が出張ってくることは警護隊への縄張り侵害とクレーム問題に発展しかねないのだが今回は違っていた。

 今回追っている密売組織が扱っている麻薬からはイリス王国では採取不可能な植物の

成分が抽出されたのだ。


ヴィンス(手紙が一通か……)


 いつもと勝手の違う任務に苛立ちながら隊員達に解散の念話を送るヴィンスだった。

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