ep002.「月城花咲里と安神沢」

 駅の外に出て、ロータリーを見回す。長年過ごしていた東京の下町とは打って変わって背の高い建物はあまりなく、うらぶれた街並みの中にリノベーションされた建物や、石造りの建築が混じっている。ロータリーの視線の左側には割と最近建ったであろうガラス張りの現代的な図書館があった。「『地方』に来たんだなぁ」という実感が茉莉の頭の中を駆け巡った。


 ロータリーを見回していると、図書館の前庭に手を振っている少し日に焼けた長髪の女性が見えた。その女性は黒のオフショルダーワンピースを着ており、胸や二の腕など出ているところが出ている健康体かつ肉感的なボディーで、茶色に染めた長い髪を指で掻き分けた耳には、ピアスを開けている。絵に書いたような「女子大生」を具現化したような人だ。茉莉はその女性がいるところまでかけてゆく。茉莉が目の前まで来ると女性はゆっくりとベンチから立ち上がる。


「ごめん茉莉ちゃん、待たせちゃったね」

 とその女性は言う。

「いえいえ、花咲里...さん?でいいのかな。始めまして」

 と茉莉は答える。


 花咲里と呼ばれた女性は立ち上がると、左肩がかなり下がっているのが分かった。体もやや左に傾いていたが、それなのに黒のオフショルダーワンピースを着ているので余計に目立ち、正直目のやりどころに困る。


「一応君は私の先輩だから、花咲里”先輩”と呼んで欲しいな」

「は、はい。花咲里先輩」

「それでよし」

 花咲里は誇らしげに胸を張る。


「そうだ。せっかく安神沢に来たなら知り合いがいい喫茶店やってるから、紹介してあげるよ」

「喫茶店って私行ったことないので気になります…」

「それなら尚の事おすすめだよ、深くは聞かないでおくけど茉莉ちゃんが東京にいた時に辛い事が沢山あったのは知ってるから。」


 そう言って花咲里は図書館に向かって歩き出した。茉莉も少し遅れてついて行く。


「凄いですねこの図書館…最近出来たんですか」

「そうだね、凄いでしょ。5年くらい前に出来たけど流行病で少し開業が遅れてね、それでも観光客とかここ目当てで来る人も多いんだよ」


 ガラス張りの幾何学的な外観が目を引くその図書館は目の前に芝生のちょっとした広場がある。正面が一面の透明な窓ガラスなので館内の様子が伺える。入口からすぐ2階部分へと伸びる木製の階段は、螺旋階段のようにうねっており、上部に余分なスペースが設けられ座れるようになっている。


 一階の通路を二人で通っていく。花咲里が歩く度に肩が揺れ、くびれがあり肩が下がっている方へ傾いていく。側弯症患者特有のぎこちない歩き方が通行人の目線をちらちら集めている。天井まで続く書架には芸術家や詩人のポエムがでかでかと飾られており、その下に、本がジャンル別に陳列されている。どうやらポエムもジャンルに即した内容になっているようだ。


中心部には円形のカウンターがあり、カフェ・スペースとなっていた。周囲の席で借りた雑誌や本を読みながら、ソフトクリームやプリンパフェを食べてくつろいでいる人を見かける。


 歩いているうちに図書館の反対側の入口に出る。線路に面した場所に公営の駐車場があり、花咲里はそこに停めてある黒のSUVの鍵を開け、エンジンをかける。エンジンがかかるとディスクの回転する音がしてカーステレオから音楽が流れてくる。


「先輩、この曲って?」

「PRINCESS PRINCESSって80年代のガールズバンドでね。もうとっくの昔に解散したけどこのバンドの曲を聴くと、肩が下がってることなんかどうでも良くなるくらい、元気がもらえる」


「肩が下がってるの、一応気にしてるんですね。」


「大学の健康診断で見つかってね、背骨が曲がってるって。最初は周りの人と違う自分の身体が嫌だった。でもよくよく考えてみたら他の人に無い個性だな〜ってさ。それに肩が少し下がってるくらいが色気があって男どもが寄ってくんだよ?」


「そ…そうなんですね…」

 茉莉はどうリアクションしていいか分からなかった。


 車は駅前の通りを走っていく。無電柱化されたその通りには年季の入ってそうな蔵や商店が軒を連ねているが、シャッターの閉まっているものも多々見受けられる。通りの終点にあたる地銀の交差点で右折し、旧国道に入る。


 地銀の右隣には個人経営の薬局と精肉店と閉店した寝具店があり、どれも時代を感じる重厚な作りに息を呑んだ。車は左折し、寝具店から2軒離れた駐車場と眼鏡店の本社ビルを挟んだ狭い通りに入っていく。眼鏡店のビルを横目に400mほど進んだ先にある美容室の脇を右折し、民家のブロック塀に囲まれた路地裏の道に入る。


 例の喫茶店は美容室から2分もかからない距離にあったが、如何せんあまりにも狭い路地なのでSUVのギリギリの車体で抜けていくには慎重に進まなければならなかった。駅からは徒歩十二分の距離だが、周囲を築年数の古そうな民家に囲われ、目だたない場所にあるため、注意していないと見逃しそうではある。


 とはいえ、赤レンガ造りの外壁や煙突、ボウウインドウ式の出窓に加え、一面をツタがびっしりと覆っているその外観は異様である。英字で店名がプレートに刻まれた木製の扉が構える、入口らしき場所の足元には業務用コーヒー大手「TOYO COFFEE」の電工看板が置いてあるが、コンセントに繋がれておらず電気はつかなそうだ。


花咲里は店の近くの路上で茉莉に降りるように促し、店の前にある申し訳程度の駐車スペースに車をバックで停める。


 店名は「Lilienthalリリエンタール」と読むらしい。飛行機開発の父オットー・リリエンタールは茉莉も何となく知ってはいるが、それが由来なのかは分かりかねた。茉莉は緊張しつつ立派な木製の扉を手で押し開ける。







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