第26話 波乱の東京デート
「こりゃまたダンジョンなこって」
俺の嘆きは人混みに消えていく。
東京に着いて、人の波に乗って新幹線を降りて行くと、そこにはダンジョンが広がっていた。
大阪もダンジョンと呼ぶに相応しいんだけど、慣れていない東京の駅は俺からするとファンタジーのダンジョンそのものだ。
それにプラスして、土曜日ってこともあり人の多いのなんのって。
つうかさ、東京の人達ってオシャレな人多くない? 俺、浮いてない?
いや、強気でいこう。大阪で培ったシティボーイ感出して行こう、ドヤ。
「あ……」
やべ。逸れた。八雲と逸れた。明らかに俺から逸れてしまった。スマホを取り出して連絡を入れようとしたところで、彼女がキョロキョロと俺を探しているのが見えた。
手を伸ばす。
ガシッと彼女の手首を掴んでおく。
「八雲。大丈夫か?(東京のイケメン風味な声)」
「……」
ジトーっと睨まれる。
「どうして私が逸れた側になってるのよ。逸れたのは世津でしょ」
「全く仕方ない。もう俺の側から離れるなよ(ドラマの役者風味な声)」
「もしかして、ここが東京だからって意識してる?」
「意識してる」
「してんかい。そんなくだらないこと気にしないでよ」
「こんな服装だったら田舎者とか思われそうだから、せめて声だけでも」
「誰も世津のことなんて気にしてないわよ」
「そりゃそうだ」
「あ、訂正」
そう言って掴んでいた手首を解かれると、俺の手が握られる。
「私は気にしてるわよ」
「へ……」
こちらの間抜けな声など気にすることなく、八雲は歩みを早めた。
「ほら、さっさとタクシー乗り場行くわよ」
そう言って急足で進む彼女の手は少し汗ばんでおり、震えているのがわかった。
緊張しているのだろう。
そんな彼女の震えが少しでもおさまるように、俺は包み込むように手を握り返した。
♢
流石は東京に行き慣れている八雲。あっという間にタクシー乗り場に着くと、颯爽と乗り込む。行き先を告げてタクシーが走り出す。
東京といえど、タクシーの内装は同じみたい。そりゃそうか。だったら俺は経験あるもんね、ドヤ。っとしていると、八雲が、くすくすと笑ってきやがる。
笑いたければ勝手に笑え、こちとらシティボーイ成長期だってんだ。
とか内心で強気のことを思う反面、
初めての日本の首都なもんで、キョロキョロとタクシーから見える窓の景色を眺める姿を見られて、更に笑われちまう。
さて、タクシーから降りて目の前のビルを見上げる。
これが大手芸能事務所か。見た目は大阪にもありそうな巨大ビル。だけど、芸能事務所って聞くと足がすくんでしまうな。
「ここにアポなしで行くのか」
自分のことではないのに緊張しちまうな。ゴクリと生唾を無意識に飲んでしまう。
「だから、メールなら送っているって言っているでしょ」
呆れた声を出しながら八雲が隣に立つ。
清算は相変わらずアプリ内で済ましているようで、後ろのタクシーは東京駅へと戻って行った。
「今日は事務所に行かないわよ。話はそこでするから」
言いながら彼女が指差したのは、ビルの一階にある大手チェーンのカフェ。関西にもあり、なんなら先週の神戸デートで飲んだ。
「そ、そうなんか」
しかし、元マネージャーと話をすることには変わりない。
「さ、行きましょ。おそらく、もう元マネージャーは来てくれているはずよ」
こちらの答えを待たずして早歩きで中に入って行く彼女の姿は緊張を隠しているように思えた。
そりゃ緊張するわな。俺が緊張してどうする。
八雲は俺を東京までの暇つぶしで呼んだだけかもしれないが、彼女をサポートするくらいしろ。最推しの歌姫の今後が関わっているんだぞ。
心の中で気合いを入れて、俺も彼女へと続いてビルの中へと入って行くと、すぐに大手チェーンのカフェへ入店。店内にいるのはほとんどが大人。学生の姿は一人も見当たらない。
「ほら、やっぱりいたわ」
そう言って視線で差した先には、一人でパソコンんをいじっているスーツ姿の女性。年は二〇代後半くらいだろう。時折、コーヒーを口にする姿が東京のキャリアウーマンを彷彿とさせる。
「彼女、絶対に遅刻しないから」
「なるほど。八雲の早すぎる行動ってのはマネージャー譲りか」
「そうゆうこと」
八雲は安堵したような笑顔を浮かべていた。元マネージャーがいてホッとしたんかな。そりゃ無視されても仕方ない案件だもんな。元マネージャーが良い人そうで安心した。
八雲は気持ちが焦っているみたいで、早歩きで彼女の下へと歩んで行く。
「お久しぶりです、佐藤さん」
彼女の前で立ち止まり、丁寧に頭を下げる八雲の姿は社会人って感じがして、大人だなぁと思ってしまう。
対してキャリアウーマン風の佐藤さんと呼ばれた元マネージャーは八雲を見て固まっていた。
あれ、芸能人はあいさつ命じゃないの? とか内心で思っているところに、佐藤さんが眉をひそめて言ってくる。
「どちらさまでしょうか?」
「え……」
八雲は予想外の返しに硬直してしまった。
「や……あの、日夏八雲です」
彼女は焦りのあまりに、自分の手を胸に置いて本名を名乗った。
「日夏、八雲さん?」
対して佐藤さんは、本当にわからないと言った様子を見せる。もしかしたら仕事相手なのかもと思ったのか、パソコンをいじるが、答えが出ないと言った様子で困惑していた。
「すみません。この人は出雲琴です」
俺が口出しして良いものかわからなかったが、八雲は放心状態でこれ以上の説明は無理だろうと判断。横から会話に入らせてもらう。
「出雲琴……? 芸名ですか?」
「以前、佐藤さんがマネージャーをしていた芸能人のはずですが」
佐藤さんはこちらの言葉に少し悩む素振りを見せた。
「そんな方のマネージャーを務めた記憶はございませんよ」
「っ!?」
八雲の目は驚愕に見開かれた。瞳からわかるように、かなりの動揺が見られる。
「いや、おかしいだろ……!」
佐藤さんは冗談を言っている様子ではない。だからこそ俺は感情的に声を荒げてしまう。
「出雲琴だよ! あんたらが散々使いまくって捨てた歌姫だろうが!」
「そんな芸能人はウチにはいません。なんですか、これ。なにかのドッキリ?」
「ドッキリなんかじゃない!」
こちらの煮えたぎる感情とは裏腹に、佐藤さんはより一層冷静になっていく。
「もしかしてウチの事務所に入りたいとかですか? だったら私ではなく、事務所が開催するオーディションに参加してください」
「いや、だから……」
相手の大人な対応と言葉使い。子供が喚き散らすのを愚かだと語る目。だめだ。この人は冗談を言っているつもりはない。俺がいくら感情的になろうが、向こうは大人だ。喧嘩をしに来たわけじゃない。冷静にならなければならない。
「失礼しました」
頭を下げると、昇っていた血が下がって行くかのように思い出す。
「そうだ、メール……。今日、ここに来るメールが出雲琴から来ていますよね? だから佐藤さんはここにいるんですよね?
「メール……。ええ、受け取っていますよ。このメールですよね」
言いながら、テーブルに置いていたスマホを手に取って操作すると画面を見してくる。
八雲のスマホから佐藤さんへパソコンへのメールをスマホで表示している。しかし、差出人のところが、アルファベットの文字だけが並んであった。
その本文は、
『お疲れ様です。土曜日の一二時にいつものカフェで大事なお話がありますので会えますか?』
と簡単な内容が記載されている。
「しかし色々と不思議ですね。こんなメールをもらっても普段ならイタズラだと無視するのですが、きちんと予定を入れていました。どういうことでしょう」
「どういうことって、それは佐藤さんが──」
「すみませんでした!」
大きく頭を下げる八雲が頭を上げると、にっこりと笑って口を開く。
「人違いでした。私の知り合いの佐藤さんに似ているので、つい……」
「おい、八雲……」
「ほら、行くわよ」
こちらの言葉は届かずに、八雲は俺の腕を引っ張って連行しようとする。
「待てって、おかしいだろ」
「……お願い。もう、やめて」
消え入りそうな声に、ゾッとしてしまう。そこで俺の行動が彼女を傷つけてしまっていることに気が付いて頭を冷やす。
「ごめん」
彼女へこちらの謝罪は届いているのかどうかわからない。ただ、彼女の作り笑いを見ていると心が締め付けられる思いであった。
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