第12話 屋上のセイレーン
担任の先生の簡単なホームルームが終了し、放課後へと突入した。
部活組はさっさと部室に向かい、それ以外の人達はだらだらと帰りの支度をしている。俺は後者だ。
「おつかれー、世津」
部活組の淳平が、わざわざ窓際の一番後ろである俺の席まで帰りの挨拶をしに来てくれる。
「おつかれさん」
「今日はバイトか?」
「んにゃ、今日は休み」
「なんだ。帰りに寄ろうと思ったのに」
「お前のツケはたんもりあるぞ」
「あっはっはっ。将来はガンバのエースストライカーになる男だ。そんなものは一瞬で返済してやるから、ちょっと待ってろ」
「その時には利子が膨らんで、Jリーガーの年収じゃ足りねぇよ」
「まじかよ。利子えぐすぎぃ。じゃあ、将来はマンチェスターでエースストライカーになるわ」
「発言が軽すぎるぞー」
「最近、体重は増えたぞ」
「体重の話なんて一度もしてねぇわ」
いつも通りの内容のない会話を終えて、「また明日」と言い合って淳平は教室を出て行った。
さて。俺は未来から与えられたミッションを遂行しなければならない。
もし、ミッションが失敗で終わったら、おそらく今日の晩御飯はピーマン祭りになるだろう。
いや、別にピーマンでも良いんだけどね。鉄分豊富だし。だけど思春期男子としては肉を所望したいところだ。
今回のターゲットである日夏八雲は、淳平との会話をしている隙に教室を出て行ってしまったようだな。しまった、いつものノリが仇となったと後悔しながらも、検討はついている。
教室を出て行くと、放課後になるといつもは下る階段を、今日は上へと駆けあがる。屋上は立ち入り禁止。そのため、屋上へ続く階段は埃っぽく、歩く度に鼻がむずむずしちまう。
はっくしょん!
くしゃみを一つかまして辿り着いた先には屋上へ出る扉の前。いつもは施錠されているはずのドアに手をかけ、ドアノブをくるりと回す。
カチャリ。
ドアが開くと同時に、校内は負圧になっているのか、強い風がこちらに吹き荒れる。夏の熱い風。その風の中に歌声が混じっていた。
♪~♪~♪♪~。
その歌声は間違いなく俺の大好きな歌手である出雲琴の歌声であった。まるでセイレーンの歌声に導かれるように屋上へと足を踏み入れる。
屋上はなにもない空間が広がっているだけだ。頼りない金網のフェンスで養生されただけの屋上なんだけど、出雲琴が歌うだけで、そこは豪華なステージへと切り替わる。
彼女はこちらには気が付いていない。アカペラで歌い続ける。コツコツと足音を立てて近づくが、まだ彼女は気が付いていない。
彼女の前に立った時、歌が止んだ。その時に、やっぱりセイレーンの歌という表現で当たっていたことを思い知る。
出雲琴が俺を睨んでいた。変装用の三つ編みは解いており、屋上に吹く強い風に靡いている。眼鏡を外したおかげで、彼女の鋭い眼光が俺を突き刺す。
俺はまるで蛇に睨まれた蛙。甘い歌でおびき寄せられたセイレーンの餌って感じ。
「悪いな。別に関わる気はないんだよ」
関わるなって言ったのに絡みに来たと思っているだろうから、先にそう言って相手の警戒を解こうとするが、あまり効果は得られなかったみたい。
「このままじゃ俺の晩飯に大きな影響が起こるだろうから仕方なく来たんだよ」
「どうして、屋上に来ることと、あなたの晩御飯が関係するのよ」
「屋上の鍵。生徒会長様から返してもらって来いって言われてるんだよ」
「あ……」
そう言うと、彼女はスカートのポケットに手を突っ込んで屋上の鍵を取り出した。そして、それをこちらに手渡してくれる。
「ん……?」
彼女は首を捻って尋ねてくる。
「これがあなたの晩御飯にどう影響するって言うの?」
「実はあの生徒会長様は俺の従姉様でね。両親が北海道に単身赴任している間、家のことをしてもらっているんだ」
「あの完璧生徒会長の加古川先輩が、あなたと親戚?」
疑うような目で見られてしまっている。
「でもまぁ、お昼休みにふたりで一緒にいたところを見ると、本当なんでしょうね」
「そういうわけで、俺の用事はそれだけだよ」
しつこいお節介のことを謝ろうとしたけど、関わるなと言っている相手からの謝罪なんて必要としていないだろう。
屋上で出雲琴の歌が聞けただけでもラッキーと思いながら、俺は相手に背を向けて立ち去ろうとする。
「四ツ木くん」
背中に声をかけられて足をピタリと止めた。
「あの……。この間はごめんなさい」
振り返ると、彼女は大きく頭を下げていた。
謝るのはこっちの方だと言おうとした矢先に、相手が続け様に言ってくる。
「ファンの人にあんな言い方して私は歌手失格よね。でもね、これ以上四ツ木くんに迷惑かけたくなくて。四ツ木くん、私のために色々調べてくれて……。でも、やっぱりそれは私の人気が落ちただけだから。惨めな自分をこれ以上曝け出したくなくて。それに、四ツ木くんの時間を奪うのも嫌だって思って。だから突き放すためにあんな言い方してしまった。本当にごめんなさい」
「……ショックだったな。デート中に冷たい言葉投げられた上に帰られてさ」
「うっ」
言い返せないと言わんばかりの声を出す彼女がちょっと可愛く思ってしまう。
「許せない?」
心配そうに見つめてくる彼女へ、いたずらを思いついた少年のような笑みで返してやる。
「デートの続きをしてくれたら許せそう」
「デート……」
彼女は不安そうに視線を伏せる。あー、普通に自分のことを知ってもらいたいから話をさせてって言えば良かったな。
「ごめん、日夏。もう前みたいにシンデレラ効果のこととか、なんか違和感があるとか言わない。日夏の嫌なこと調べたりしない。だから、デートの続き、してくれないか?」
「デートの続きしたら、許してくれるの?」
「もちろん」
「わかった」
頷くと、彼女はスカートのポケットからスマホを取り出した。
「今度の土曜日にデートの続きしましょう。これ、私の連絡先」
「そんなに易々と連絡先を教えて良いのか?」
「これで四ツ木くんが許してくれるなら良いわよ。この間の言葉、私、めちゃくちゃ反省しているんだから」
「そっか……」
芸能人と言えど、やはり高校生。一時の感情で放った言葉を後悔するのは同じか。そりゃ、同じ思春期だもんな。
「土曜日。どこか行きたいところある?」
聞くと彼女はいたずらをする少女のような笑みで言ってくる。
「それは男の子の仕事でしょ。土曜日、どこに行くか楽しみにしてるわね」
「もし、お眼鏡にかなわなかったら?」
「もちろん、帰るわよ」
「きびしー」
「ふふっ。当日はしっかりエスコートしてね」
彼女はどこか楽しそうに屋上を出て行った。
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