第10話 客観的に見たらわかることも、主観的になると難しい

 どうやら俺はかなりのお節介を焼いてしまったようだ。


 日夏からすれば、あんまり仲良くもないクラスメイトが、自分の正体を知った途端に絡んで来るってことだもんな。


 そりゃ気持ち悪いって話だ。


 実際、本人の口からも出たセリフだったよな。俺は俺で、出雲琴をどうにかしたいって本気で考えていた。


 でもそれは、相手の心境を深く考えていない。自分だけの気持ちが先走ってしまっていた。


 客観的に見ればウザいとわかる行動も、主観的になるとどうにも気が付かない。もっと気を付けないといけなかった。


 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。あれから日夏とは喋っていない。というか、相変わらず休み時間はどこかに行ってしまっている。


 謝りたい気持ちがあるんだけど、


『私には関わらないで』


 って言われちまったもんな。


 謝りたいってのも俺の自己満足に過ぎない。相手は謝罪を求めているんじゃなく、関わって欲しくないんだよな。もう歌うことをやめるつもりだから……。


「こんなにも良い歌を歌っているのに」


 気だるい朝の教室内。耳に付けたワイヤレスイヤホンからお気に入りの曲が流れる。出雲琴の、『シンデレラ覚醒』だ。


 この曲を聴くといつも元気が出る。ま、出雲琴のことで悩んでいて、出雲琴の曲で元気が出るってのは皮肉なもんだけどな。


「せーつ、くんっ」


 イヤホンの向こう側から、小さく俺の名を呼ぶ声が聞こえて来たかと思うと、スポッとワイヤレスイヤホンが抜かれる。


「おっはー」


 清楚系なのに犬っぽい、秋葉楓花が朝から元気に挨拶をしてくれる。


「おっはー」


 挨拶を返すと首を傾げて聞いてくる。


「朝から病んだ顔してなに聴いてんの?」


「俺、病んだ顔してた?」


「あ、いつも病んでるか」


「あっれ。酷くない?」


「世津くんは中二病だからなぁ。『病んでる俺、カッケー』みたいな?」


「実際、病んでる俺はカッコいい?」


 トントンと背中を叩かれる。


「おいごら。『ドンマイ。来世で頑張ってこ』みたいな感じを出すな」


「すっごーい。流石は世津くん。あたしの心の中を読んだ」


「ふっ。楓花如きの心など容易いものよ」


「じゃあさ、これは?」


 ジッと俺を見つめてくる。


 なんだかんだ、こいつって美女だから、そうやって見られると照れちまうんだよな。ついつい顔を背けてしまう。


「『世津きゅーん。僧帽筋が複雑骨折したよー』ってか?」


「ぶっぶー。残念でしたー。てか、僧帽筋ってなに?」


「ここだよ、ここ」


 言いながら、よく世のお父さんが肩を揉んで欲しいと願うところを指差す。


「へぇ。ここって僧帽筋って言うんだ。勉強になる」


「んで、さっき楓花はなんて思ってたんだ?」


「正解は、『なんの曲聴いてるの? あたしも聴いて良い?』だよ」


「まともなことをテレパシーしようとしてたんだね、キミ。どうぞ。間接耳で良ければ聴いて良いよ」


「それじゃ遠慮なく」


 こいつはなにも気にすることなく、ワイヤレスイヤホンの片方を自分の耳に装着した。


「世津くんも一緒に聴こっ」


 そう言って、片方を返してくれる。


 ワイヤレスイヤホンを装着すると、丁度サビに入っていたみたいで、曲が盛り上がっていた。


「良い曲だね。誰の曲?」


「出雲琴のシンデレラ覚醒」


「イズモコトのしんでれらかくせい?」


 どうやら楓花も忘れてしまっているみたいだ。中学の時に、出雲琴のことでめちゃくちゃ話をしたってのに。


「……」


 楓花も出雲琴のことを忘れているとなると、やっぱり怖いことを考えてしまう。


「なぁ、楓花。日夏は知ってるよな?」


お節介かもしれないが、本人には言うつもりもない。ただの確認だ。


「え……」


 その反応がやっぱり怖い。ドキッと心臓が鳴った後に楓花が口を開く。


「日夏さんがどうかしたの?」


 はぁと心の中で大きく息を吐いた。


「んにゃ、なにも」


「もしかして世津くんったら日夏さん狙い? やめときなって。世津くん如きじゃ無謀だよ」


「俺如きってのは後で詳しく話し合うとして、楓花が日夏のことを忘れていないなら良いんだ」


「んー? クラスメイトの人のことなんて忘れないけど?」


「そうだよな。あはは」


「変な世津くん。あ、いつものことか」


「その嫌味に対しても後で話し合うとしようか」


「えー。面倒くさいなぁ」


 ぶーと唇を尖らす楓花は思い出したように手を合わせる。


「そういえば、日夏さんって意外と加古川先輩と仲良かったんだね」


「え? そうなん?」


「休み時間に日夏さんと加古川先輩が喋ってるのを見たよ」


「ふぅん」


「いやー。美女二人が喋っているのは絵になりましたねぇ」


 お前も負けず劣らずの美女だよと言いそうになったが、つけあがるだろうから言わないでおいた。

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