第8話 推しを自分のペースにはめるのが得意みたい
放課後の体育館裏だなんて告白スポットと呼んでも差し支えないんじゃねぇかな。抑えられない自分の思い。溢れ出す思いを勇気に変えて告白をする。すげぇ青春だ。
「こうかな?」
「ちげーよ。こうだよ」
「やっぱ、こうじゃない?」
現実はそんな甘酢っぱい構図を見せてくれやしねぇや。体育館裏に広がる光景は、告白だなんて青春の一ページとは真逆の汗くさい野球のユニフォームを来た野郎共の集団。
ま、うん。ある種ではこれも青春の一ページと呼べるのかな。
「あ、四ツ木が来たぞ」
「おーい! 四ツ木―!」
先程から自分達のスイングをみんなで、あーだ、こーだと言っていた野球愛好会の三年生の先輩達が俺を見つけると、フレンドリーに手をあげてくれる。軽く頭を下げて先輩達へ挨拶をする。
「こんにちは。先輩方」
「四ツ木。早速なんだけどこのスイングさ──」
来て早々に先輩が俺へと質問を投げてくる。どうやら打撃フォームで少し悩んでいる様子だ。
「俺も教えてくれ」
「俺も、俺も」
他の先輩達からも質問が飛んできて、俺は彼等にも打撃フォームの相談に乗る。
しばらくして、ブンブンと素振りを披露してくれる先輩にストップをかけてから指導をする。
「違います。今のスイングじゃ泳いでしまうので、しっかりと踏み込んで──」
そこでハッとなり、すぐに頭を下げた。
「すみません。後輩の分際で偉そうに言っちゃって」
すると、指導していた先輩が、ニコッと笑顔を見してくれる。
「なに言ってんだよ。四ツ木は俺達のコーチなんだから、むしろもっと偉そうで良いんだって」
そんな先輩の言葉を皮切りに他の先輩も声に出して言ってくれる。
「だよな。たかだか一年違いで先輩とかってのもどうかと思うし」
「四ツ木が教えやすい喋り方で良いっての」
「そんなことよりも四ツ木。これはどうだ?」
どうやら俺の態度なんて些細なことだったらしい。そんなことよりも指導してくれとのこと。しかし、今日はまた偉く張り切っているな。
「みなさーん。水分補給はしっかりしてくださいね」
野球愛好会マネージャーの楓花が体操服姿でご登場。
両手で持っていたウォータージャグを体育館裏の開くことがない大扉の前に置いた。ウォータージャグの上に置いてあった紙コップから人数分の紙コップを取ると、それぞれに配った。水分補給をした先輩達はすぐに素振りを開始する。
「はい、世津くんもどーぞ」
そう言ってお茶の入った紙コップを渡してくれるので、遠慮なくもらう。ゴクゴクと市販の麦茶の味が広がるけど、美女が入れてくれたお茶だからなんとなく美味しい気がするな。
「それにしても、なんで先輩達はあんなにやる気なんだ?」
ブンブンとバットを振り回す先輩達を指差して問う。
「次の日曜日に練習試合があるからね」
「へぇ。相手してくれる学校があんだな」
「ま、おじさんの草野球チームなんだけどね」
「そっか。でもまぁ……」
先輩が必死に素振りをしている姿を見て目を細める。
「野球ができたらなんでも良いよな」
「うん。こんな機会はあんまりないからね。先輩達には全力で楽しんでプレイして欲しいよ」
あ、そうだ。なんて手を合わせて楓花がこちらを見る。
「世津くんも試合見に来てよ」
「試合かぁ。見てるとやりたくなっちまうからな」
そう言いながら右肩を上に上げて見ると激痛が走った。
「ッ……!」
「世津くん!?」
「大丈夫。やっぱ、肩上がんねぇからさ。やりたくてもできない生殺しになっちまうから見に行くのはやめとくよ」
「ごめんね。変なこと言っちゃって」
「気にすんなって。俺はこうやって、ゆるゆると野球と付き合えるのも悪くないって思ってんだからさ」
楓花を気遣うウソをついてしまった。
付き合いの長い楓花はこちらのウソに気が付いていると思うが、指摘することはなかった。
「よぉし。だったら次の試合に勝てるように徹底的にコーチしてもらおうかな」
先輩方―!
楓花が大きな声を出して先輩達を呼びつける。
「今日は世津くんが徹底的に教えてくれるみたいなので、みんなで質問しまくりましょー!」
おおー! と流石は運動部。愛好会だろうがなんだろうがノリが良いこって。
♢
試合ができるから先輩達も、楓花も、なんだかやる気に満ちていたな。おかげで随分と遅くなっちまった。
「完全下校の時間まで待たせちまって、まだいるかな」
これで帰られても文句は言えねぇな。
そんなことを思いながら二年六組の教室に入る。
「……そりゃそうだわな」
こんだけ女の子を、それも出雲琴なんて芸能人を待たせて、いているはずもなし。
「楽しみにしていたんだけどな」
ポツリとこぼしてから回れ右をする。
「ふぅん。私とのデート、楽しみだったんだ」
「うお……! びっくりしたー!」
回れ右をした先に、日夏の姿があって、ドキッとしてしまう。振り返ると誰かいるのってめっちゃ怖いよね。
「そんなに驚かないでよ」
「いや、流石に遅すぎて、帰ったと思ったからさ」
「ほんとよ。遅すぎ。誰をこんなに待たせてると思っているのよ」
そんな嫌味を言いながら、「はぁ」とため息を吐かれる。
「でも、あんだけ一生懸命に教えている姿を見たら、なにも言えないじゃない」
「あ、見てた?」
「そりゃね。流石に遅すぎるから覗きに行ったら、野球部……じゃなくて、野球愛好会だっけ? の人と楽しそうにしてたから。口出しするのも悪いし、素直に待っとこうと思ったのよ」
それに、なんてちょっとイタズラっぽい顔をしながら言ってくる。
「私とのデートを楽しみにしていたみたいだし? 仕方ないから今回は見逃してあげる」
「今回ってことは次もデートしてくれんだ?」
「なっ……!?」
揚げ足を取ると、ちょっとばかし怒った顔をしてみせる。
「言葉のあやよ!」
「俺としては次もデートしてくれると嬉しいんだけどな」
本心ながらも、からかうように言ってしまうのは、好きな女子に素直になれない男子の心境に近いのかもしれないな。大ファンだし。
「知らない。帰る」
からかい過ぎて、日夏が怒って教室を出て行ってしまった。
やっべ。女の子との会話って楓花とばかりだから、つい、いつものノリで接してしまったな。
でもあいつ、手ぶらで教室出て行ったけど、カバンはどこに置いているんだろうか。
「あ、やっぱりここか」
教室の真ん中の席。日夏の席にカバンが置いてあるのがわかる。それを手に取ると、廊下の方から、タッタッタッと足音が聞こえてくる。
「ちょっと! 追いかけて来なさいよ!」
「おかえり」
「え? ただいま!」
おかえりの言葉に、反射的にただいまと言えるって、この子めちゃくちゃ良い子なんだな。
「じゃなく……!」
「日夏。カバン忘れてんぞ」
そう言いながら彼女へカバンを渡す。
「あ、忘れてたわ。ありがとう、四ツ木くん」
「いえいえ。そろそろ行こうぜ。下校時間過ぎてるから、先生に見つかりゃ怒られちまう」
「それもそうね。行きましょう」
こうして、俺と日夏はふたりで教室を出て行った。
「──じゃ、なーい! だから……!」
「まぁまぁ。落ち着けよ日夏。ほらほら、行くぞ」
「……くっ。この私が四ツ木くんのペースにはめられている気がする」
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