第7話 推しとしてではなく、クラスメイトとして
楽しく昼の食事を終えた後、楓花が俺へ、
「今日、野球愛好会に来られる?」
なんて聞いてきた。
今日は日夏に、『シンデレラ効果』のことを伝えようと思ったんだが、あいつ、休み時間は教室にいないから伝えるタイミングが中々見つからなかったんだよな。連絡先も知らないし。
しゃーない、今日は野球愛好会に顔を出すことにすっか。日夏へはまた明日にでも伝えよう。休み時間消えてるから、見つかるか知らんけど。
そんなわけで、放課後。国語の田中先生の下へとスマホを回収しに職員室へやって来た。
教室とは違った雰囲気。
大人だけの空間。学内は禁煙のはずなのに、どこかヤニ臭く、コーヒーの匂いと混ざってあんまり良い匂いとは言えない。
田中先生のデスクへ向かうと、こちらの顔を見て察したみたい。サッとスマホを出して、「もう授業中は触ったらだめよ」とのお言葉をもらい、素直に、「すみません」と頭を下げる。
さ、用が済んだため、さっさと出て行きますか。ここは大人の職場。高校生の俺には居心地が悪い。
「失礼しやしたー」
「失礼します」
俺が職員室を出て行こうとした時、出会い頭に誰かとぶつかりそうになる。そこは我ながらの反射神経で、なんとかぶつからずに立ち止まる。
「っと、ごめん」
「ごめんなさい」
お互い誤った後に顔を見てみる。
「あ。やっと見つけた」
ぶつかりかけた人は、偶然にも日夏八雲であった。
「え、なに?」
「ちょっとだけ話があるんだけど、良い?」
こちらの誘いに日夏はちょっぴり不機嫌そうな顔をしてみせた。
「今まで日夏八雲には興味なかったのに、私が出雲琴だと知ったらデートに誘うだなんて、流石は私の大ファンを自称しているだけのことはあるわね」
「いや、デートとは言ってなくない?」
「女の子に話があるのなんて、デートか告白の二択でしょ」
極端なやっちゃな。
「ま、確かに、デビューからずっと大好きな歌手が目の前にいたらお近づきになりたいってのは事実だな。だから、デートしたいと言うのはあながち間違いでもないのか」
「あら、素直にデートしたいって言えるのね」
「俺の長所は素直なところです」
「面接じゃすぐに落ちるタイプね。不採用です」
「お祈りメールじゃなくて、ダイレクトで不採用を頂きましたか」
「私、デートなんて……」
歯切りの悪い言葉に察してしまう。
「それもそうか。出雲琴が俺なんかと一緒のところなんて撮られたら大騒ぎになる」
「いや、そういう意味じゃないんだけど……」
「だったら、日夏八雲としてデートしてくれよ」
「え……?」
こちらの言葉に面食らったような顔を見せる。
「あはは。だめか。日夏にも男を選ぶ権利があるもんな。俺みたいなどこの馬の骨かもわからん奴とデートだなんてできないわな」
別に明日でも良かったんだけど、伝えるならできるだけ早い方が良いと思っただけだからな。
職員室の前で話す内容ではないし、シンデレラ効果については明日伝えることにしよう。
フラれた男はさっさと去るぜ。
「四ツ木くん」
呼び止められて振り返る。
「わかった。特別にデートしてあげる」
「ありゃ。予想外の内定通知が来たわ」
「面接官なんて気まぐれなものなのよ」
大人っぽく言ってのける彼女の言葉には少し重みがあった。色々経験しているから出る言葉なのだろうな。
「ただ私、これから授業で聞くことがあるのよ」
「そんな優等生が本当に存在したんだな」
「優等生ねぇ」
彼女は微妙な顔をして視線を逸らした。
「長くなるから結構待つことになるけど、それで良い?」
「丁度良い。俺も今から野球愛好会に顔を出すんだ」
「野球愛好会? 野球部じゃなくて?」
「条件を満たしてないから部として成り立ってないんだとさ。だから野球愛好会」
「へぇ。野球なんてメジャーなスポーツなのにね」
「珍しいよな。野球愛好会は日々、体育館裏で練習しているんだとよ」
「他人事みたいな言い方ね。四ツ木くんも所属しているんじゃないの?」
「んにゃ。俺は、まぁ、コーチみたいなもんかな」
「コーチ? なんでコーチなの? 顔を出すくらいなら入ったら良いじゃない」
「まぁ……。そうだよなぁ」
彼女の言葉に、次は俺が微妙な顔をして顔を逸らした。
「とにかく、後でデートの約束だからな」
「わかったわよ。教室で待ち合わせましょ」
「りょーかい」
そんな約束を交わして、日夏は職員室へ入って行った。
放課後に職員室へわざわざ勉強のことを聞くなんて頭も良いんだな。
美人で頭も良くてプロの歌手。世の中には才能に恵まれた人間がいるんだと実感させられる。
考えるのはやめやめ。敵いやしねぇや。
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