第5話 シンデレラ効果
淳平と教室に入り、互いの席を目指す。
自分の席である、窓際の一番後ろの席に腰かけて、教室の真ん中の席に座っている三つ編み眼鏡の日夏八雲へ視線を向けた。
「目立たないというか、やっぱ高嶺の花って感じになってるよな」
変装のための三つ編みと眼鏡。それでいて、口数少なく一人でいることが多い。
結果としてはクールで知的な高嶺の花の美女になっちまったてるぞ、日夏。
ま、あいつの目的が出雲琴という正体を隠しているみたいだから、目的は達成できているんだがな。
しかし、さっきの淳平との会話は妙だった。
淳平が出雲琴のことを知らないはずがないんだ。忘れるはずもないほどに奴に布教してやったからな。だけど忘れている。
だが、日夏八雲のことはわかっている。そりゃクラスメイトのことをいきなり忘れたりはしないわな。
出雲琴のことは忘れているが、日夏八雲のことは覚えている。本当にただ単に淳平の頭がニワトリで、出雲琴のことを忘れているだけなのか。
「おはよう。世津くん」
そんな高嶺の花の眼鏡美女をこっそりと眺めながら考えていると、目の前にはこれまた違ったベクトルの美女がお出ましになった。
ストレートロングの髪型をハーフアップにしているのが天使の輪に見える。どこかの令嬢を思わせる顔立ちをしているが、人懐っこい犬っぽさも感じる。元気なお嬢様ってイメージの美女だ。
「おはよう。
彼女はクラスメイトの
小学生の頃からの付き合いで、野球愛好会のマネージャー。
この学校は昔に人数不足で野球部は廃部になっちまったらしいが、今の三年生が一年生の時に部を立て直そうとしたらしい。
でも、やっぱり人数不足で部としては成り立たなかったとかなんとか。現在、三年生が六人。楓花を含んで七人が愛好会に所属しているらしい。基本的には体育館裏で、ひそひそ練習しているみたいだね。
「ね、世津くん。『シンデレラ効果』って知ってる?」
「なんだ、それ?」
いきなり聞き慣れないワードをぶっこまれ、首を傾げてしまう。
「あたしも詳しくはないんだけど」
そう前置きをして、その、なんたら効果ってのを教えてくれる。
「なんか、ネットの掲示板の書き込みらしくてね。例えば、メディアの露出が減った芸能人のことで、『あの映画に出ていた』とか、『あのドラマに出ていた』とか書かれていたりするんだけど、みんな、その芸能人の名前が出てきそうで出ないって感じなんだよ」
「なんだよ、その、アキネーターの逆バーションみたいなの」
こちらの返しに、「確かにだね」と軽く笑ってくれて、彼女が説明を続けてくれる。
「それでね、名前が出た人はまたテレビとかで見たりするんだけど、誰もその人の名前がわからなかったら、消えちゃうんだって」
「消えるだなんて、こりゃまた物騒だな」
「華々しく有名になった人が、気が付けば忘れられる。まるでシンデレラの魔法が解けたみたいだから、『シンデレラ効果』なんだって」
彼女の説明が終了し、軽く笑いながら言ってやる。
「意外だな。楓花ってそういうオカルトみたいな類が好きだったっけ?」
「いや、そこまでだけど……」
「隠さなくても良いって。ただ、意外だと思っただけだからさ」
「違うよ。そのサイトに世津くんのことが書かれていたからさ」
「俺の?」
「うん。『野球のU―15のエースで、肩を壊してやめた人って誰だっけ』みたいな書き込みがあって、明らかに世津くんのことなのに誰も答えないから、ムカついてきて、あたしが答えちゃった」
その時の感情が出ているのか、若干、不機嫌そうな顔をしている。
「どうして俺なんかのことが書かれているのやら。ちょっと野球の上手い中学生なだけだったのにな」
「やっぱり心当たりとかないよね。世津くんのことが書かれていたから、もしかしたら知ってると思って」
なるほどな。だから俺に、『シンデレラ効果』の話を持ち掛けたってわけか。
「書いてあるのはほとんどが芸能人のことだけどね。でも、世津くんみたく、アマチュアのスポーツ選手とかも話題になっていたりしているみたい」
「とんでもねぇ掲示板だな。俺如きのことも書かれたりしてさ。なにか。楓花が俺の名前を書かなければ俺も消えちまってたってか」
「どうやらあたしは命の恩人みたいだね」
えっへんと大きな胸を張って威張るもんだから、大きな胸が象徴されて目のやり場に困る。
「つうか、その掲示板の噂もなんつうかイージーというか、敷居が低いというか。名前が出れば復帰出来て、名前が出なかったら消えるってさ。俺如きでも名前が出るんだ。芸能人様なら誰か一人くらいは名前が──」
自分が口走っている中で、昨日の出雲琴のストリートライブの光景がフラッシュバックした。
バッと教室の真ん中の席に一人で座っている日夏の方へ視線をやる。
「もしかして……」
その掲示板には出雲琴のことも書かれているのではないだろうか。そして、その掲示板に出雲琴のことを答えられる人がいない。
馬鹿らしいとは思う。非現実的過ぎるとも思う。
だけど、可能性としてはあるかもしれない。調べてみても良いと思える。
「な、楓花。その掲示板のこと、もっと詳しく聞かせてくれないか?」
バッと立ち上がり、つい彼女の手を握ってしまう。
「え、あ、え?」
「頼む。一生のお願いだ」
「さっきまで興味なさそうだったのに、急に好きになっちゃったの?」
「急に好きになっちゃった」
「じゃ、じゃあ、交換条件」
「なんでも言ってくれ。服も脱ぐぞ」
「それは遠慮しておく」
乾いた笑いを出されてしまって、彼女が交換条件を提示する。
「また、野球愛好会に野球教えに来てくれる?」
「なんだ。そんなことかよ。もちろん、良いぜ」
「やた。ふふ」
嬉しそうにする楓花を見て、そんな簡単なことで良いのかと思っちまうが、それで良いのなら良いのだろう。
交換条件を満たしたため、彼女からその掲示板のことを聞くことができた。
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